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観字紀行

2頭の蚕~会津若松巨木の旅(1)

森 ちさと

 4月の昔の新聞点検隊で、福島県会津若松市の桜の巨木を2週にわたって取り上げました。そのうちの一本、峰張桜について取材するため、桜がある蚕養国(こがいくに)神社(蚕養町)を訪ねたときのことです。

拡大鳥居の額には「蠶養宮」とある
 まだ所々雪が残る3月の終わり。神社は大きな木々に包まれてとても寒そうに見えました。「日当たりの良い場所じゃないから、ここは咲くのがいつも遅いんですよ」とタクシーのドライバーさんに言われながら、高さが4、5メートルほどあろうかという立派な鳥居をくぐろうと見上げてみると、神社の名前が記された額に見慣れない巨大な漢字が!

 「蠶養宮」の「蠶」は「蚕」の異体字です。恥ずかしながら、こんな漢字があることを知りませんでした。小さくて軽い実際の蚕とは正反対の、重々しく風格のある文字です。

 「蚕」は「虫」が一つですから、「蠶」は2頭分? 「蠶」が先に漢字としてできて、書くのが大変だから半分になったのか? それとも「蚕」が先にあって立派そうに見える文字を作りたくて2倍したのか?……などと勝手に想像がふくらんでいきました。

拡大樹齢600年と言われる石部桜は満開

拡大大河ドラマ館前の高遠桜も満開
 この日は時間がなかったので調べるのを断念し、3週間後、再び会津を訪れました。3日ほど暖かい日が続き、市の中心部では開花から一気に8分咲きや満開まで到達。どこも見事です。

拡大拝殿脇の見事なケヤキ(5月撮影)
 「蠶」探しの旅の第一歩は、やはり蚕養国神社です。鎮座は1200年前ととても古く、本殿や拝殿の他に神楽殿などもあり、広い境内には大木が何本もあります。特に拝殿前にあるケヤキはものすごい大きさで、拝殿のはるか上までねじ曲がるように伸びています。
 江戸時代初期、衰退して社殿のあった位置が分からなくなってしまった時、「大きなケヤキが2本ある」という文献をもとに、目印にして再建したといいます。今あるケヤキが再建当時のものかは分からないようですが、相当な樹齢であることは確かだそうです。

 取材の数日前、訪問予定の4月19日にちょうど「桜花祭」が行われる、ときいていました。峰張桜の開花に合わせて行われる春の大祭です。「神社で作ったどぶろくも出てきますよ」と言われ、わくわくしながらやって来ました。

 もともとは養蚕振興を願って行われていた「講中祭」という祭りで、昭和初期ころには全国から養蚕講の人たちが3万人も訪れたという記録があるそうです。しかし、養蚕業の衰退とともに祭りは廃れていってしまいました。ただ、神社にとっては非常に重要な祭りだったので、断絶したままというのは忍びないということで復活させ、今年が復活後11回目となります。

拡大参道の入り口
 表参道には祭りの看板も出ています。こちらは「蚕」。すぐ隣にある石柱には「県社蠶養国神社」とあります。ただ、「蠶」はだいぶ崩れた字になっていて、下の「虫」は一つになっているように見えます。奥の石灯籠のあたりには石造りの鳥居がありましたが、大震災で被災し、まだ修復できていないそうです。

拡大繭文字の奉納額
 儀式で参加者が座る拝殿の外側にはいくつか奉納額が掲げられていますが、なんと繭文字の額が! さすが、養蚕守護の神社です。