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観字紀行

塩はどこに~会津若松巨木の旅(3)

森 ちさと

 これまでの2回は福島県会津若松市内の「蠶」をたずねて歩きました。今回は、海から遠く離れた場所なのに「塩」とつく、同市の大戸町上三寄(かみみより)香塩(かしゅう)を訪ねてみようと思います。

拡大新緑の種まき桜

 取材のスタートは大戸町石村のあるお屋敷と決めていました。地元では種まき桜と呼ばれる、樹齢300年以上の大きな桜があるお宅で、4月の「昔の新聞点検隊」で100年前の桜の巨木100選を取り上げた時、85位だった「香塩の御所(ごしょ)桜」は焼けてなくなってしまったと教えてくれた方がいたからです。

 きっと、「香塩」の由来とされ、塩が出ると言われた弁天池についても知っているはずと白羽の矢を立てました。さっそくお宅を訪ねると、今回も快く取材に応じていただきました。

 「御所桜のあった香塩についてですが……」
 「御所? それ、『御殿(ごてん)桜』のことじゃないですかね」

 なんと! いきなり100年前の記事が間違っていたことが判明しました。
 昔、参勤交代の道沿いに殿様が身支度などで使った御殿屋敷があり、そのすぐ近くにあったのでそう呼ばれたとのこと。大戸町には「大戸の5大桜」と呼ばれる巨木があり、こちらの種まき桜とともに数えられていたそうです。

 そして、今回の本題、弁天池についても、やっぱり場所をご存じの方がいました。
 ただ、周囲には目印になるようなものはなく、ちょっと離れたところに小学校がある程度だとか。慣れない土地で、無事たどり着けるかどうか……ちょっと不安になってきました。ちなみに今でも塩が出るという話は……「いや、聞かないですね。以前は学校のプールの水に使っていましたよ」

拡大御殿屋敷の跡地。左手に下る坂は「御殿坂」
 石村地区から国道118号を4キロほど南下すると香塩地区です。1948(昭和23)年、2日間にわたって香塩を焼き尽くす大火があり、御殿屋敷も桜も燃えてしまったそうです。

拡大矢印の先の細い幹が、御殿桜の後継ぎ候補
 かつて御殿桜があったという北向きの斜面には、他の草木に紛れそうな細い枝ぶりの若い桜の木が1本、どこか頼りなげに立っていました。樹齢300年とも言われた桜の後継かもしれないそうです。先代のような立派な巨木に育ちますように。