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朝日字体の時代 4

比留間 直和

 引き続き、朝日新聞が戦後、活字整備のために作成した社内資料「統一基準漢字明朝書体帳」を見ながら、2007年1月まで使っていた「朝日字体」を中心にあれこれ振り返っていきます。「書体帳」の四つの版については、前々回をご参照ください。

 「書体帳」が作られた昭和30年代前半は、当用漢字の音訓や字体が定まってからまださほど経っていないころ。当用漢字以外で子の名付けに使える「人名用漢字」も、最初に制定された92字しかありませんでした。戦後の主な漢字政策のなかで、「書体帳」がどんなタイミングで作られたかを簡単に示してみたのが下の年表です。

 

 

 「常用漢字表」以降の状況にすっかりなじんでいる今の私たちが「書体帳」を見ると、「あれっ?」と思うことがしばしばあります。そんなとき、当用漢字と常用漢字のちがいを思い出してみると、背景にある事情が見えてきたりします。

 

■1本足りない「具」

 

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 さて、前回は4ページ目まで見ました。今回は5ページ目からです。

 1行目は、前ページからつづく【几】の表外漢字です。いちばん下の は、「颶風(ぐふう)」のグ。強烈な風を指します。康熙字典体は ですが、前回出てきた「倶」と同様、当用漢字で となったのにあわせて、つくりの具の縦棒が横棒から離れた形にしました。表外漢字字体表(2000年国語審答申)でも「具」の新旧はデザイン差とされ、一般にもあまり問題にならないため、2007年1月に本社の表外漢字字体を大幅に変えた際にも「離れた形」のままとしました。
 余談になりますが、戦前は康熙体の ばかりだったかというと、そうとは限りませんでした。縮刷版で見出しの大きな活字を追っていくと、大正期から太平洋戦争中にかけ、康熙体でもなく、のちの朝日字体でもない形が散見されます=下の画像

 

 

 つくりの「具」の縦棒が下の横棒にまで伸びているので、康熙体であるかのようにも見えますが、なにか物足りません。よく見ると、囲まれた中に横線が3本あるべきなのに、2本しか無いのです。
 これは朝日新聞が独自にこしらえた字ではなく、一般にも使われていました。19世紀から当用漢字直前までの活字字体を集めた資料「明朝体活字字形一覧」(1999年・文化庁)所載の活字見本帳23種のなかで、この漢字を収録していた見本帳は18種ありますが、そのうち実に6種が「1本足りない」字体になっています。
 「明朝体活字字形一覧」を参照するかぎり、同じような例は「倶」などには見られず、「颶」独特のものではないかと思われます。
 康熙字典や大漢和辞典には、「颶」のつくりの「具」が「貝」になった字が「颶の譌字(誤字のこと)」として載っています。上に示した「1本足りない颶」は、そこまではいかない“中間地点”の字体といえそうです。

 【刀】の最後にあるは、当用漢字「剣」の異体です。この時代の新聞の原則からいえば「剣」に統一するのが筋でしょうが、「剣」には「劒」「劔」「剱」のように、つくりに「りっとう」ではなく「やいば」がつく異体字が多くあり、実務上「剣」だけでは済まないとの判断があったのでしょう。「やいば」系の代表として、へんもつくりも新字体にして入れておいたということでしょうか。

 【刂】のなかにある(ケイ、くびきる)は、康熙体のままです。表外漢字のうち「脛」「痙」などは「經→経」と同様に略していたのですが、「巠」が左側にある字については略していませんでした。
 書体帳では、だいぶ後の方のページに「頸」が出てきますが、やはり康熙体のままで、略字の「頚」ではありません。当用漢字には「巠」や「圣」が左側にくる字はなく、また当時の人名用漢字にもこれらを部品として含む字はありませんでしたから、「左側なら略さない」というのはこの時点の国語施策から導き出されたものではなく、朝日新聞としての判断だったと思われます。
 その後、1990年に「勁」が人名用漢字に入りましたが、左側の「巠」が略されることはなく、康熙体のままでした。

 同じくりっとうの は、略字かどうかというものではありませんが、現在朝日新聞が使っている字体はこれとは違う 。りっとうが全体にかかるか、草かんむりが全体にかかるか、という違いです。
 康熙字典ではこの字は「刀部」ではなく「艸部」、つまり草かんむりのところにあるのに、字体はりっとうが全体にかかる形。しかし活字では戦前から草かんむりの も使われていました。
 JIS漢字の例示字体は、1978年の規格ではでしたが、83年以降はに。「表外漢字字体表」でもこの字体が印刷標準字体欄に掲げられたため(は「デザイン差」)、最近の漢和辞典ではが親字になっています。

 その下の は、康熙体の を当用漢字の などに合わせて略したものです。表外漢字字体表で康熙体が印刷標準字体となり、さらに2010年の改定常用漢字表にもその字体で入りました。しかしJIS第1・第2水準内には1983年以降は略字しかなく、康熙体は第3水準にあり未対応の機器も少なくないため、改定常用漢字表では、情報機器に搭載されている印刷文字字体の関係で「剥」を使っても差し支えないことが注記されています。
 朝日新聞の現行システムには、一般のパソコンと同様、略字体と康熙体の両方が実装されていますが、2007年1月からは康熙体を使うことを原則にしています。

 

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 次は、6ページ目。

 部首字でもある は、「匕首(ひしゅ、あいくち)」で使われる字。書体帳の四つの版のうち、最初の「初版A」だけは1画目が左に突き抜けた でした。この二つは辞書的には別字で、突き抜けた字体は「化」(カ)の異体とされていますが、実際には「ヒ」のほうで混用されてきました。書体帳には個々の字の読みや意味は記されていませんが、需要の有無を考えれば、「初版A」の突き抜けた形も、「カ」でなく「ヒ」の字として用意されたものとみてよいでしょう。
 書体帳は「初版B」以降突き抜けない形になりましたが、この設計変更は「カでなくヒなのだから突き抜けない形が正しい」と考えたのか、それとも当用漢字で などとなったことに合わせたのかは、はっきりしません。
 朝日新聞では今もこの字については「突き抜けない形」を使っています。

 【十】のところにある は、「花卉」(かき)のキ。康熙体は下の横棒が真ん中で切れている ですが、下の横棒がつながった字体も康熙字典に載っており、活字でもかなり前から両方使われてきたようです。戦前の朝日新聞でも両方が登場していますが、この字の下半分は字源的には「草かんむり」と同じということもあって、書体帳ではつながった字体にしたのでしょう。
 表外漢字字体表でもつながった字体が印刷標準字体とされたため、現在も朝日新聞ではその形を使っています。

 このページの最後、【卩】の末尾の は、「枢機卿」や「ダース・ベイダー卿」のキョウ。康熙体の  を、当用漢字の  などに合わせて略していました。
 2007年1月以降は康熙体にしています。

 

■当用漢字ではまだでした

 

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 7ページ目です。

 略字とは別の話ですが、【厂】の表外漢字のなかに、どちらも「くちびる」である が並んでいます。1981年に「唇」が常用漢字に入ってからはこれが標準の字体とされていますが、当用漢字にはどちらの字も入っていませんでした。
 「脣」がもともと「くちびる」を意味するのに対し、「唇」は本来「ふるえる」という意味の別字でしたが、古くから混用されており、明治期の朝日新聞でも「唇」ばかりが目につきます。もし当用漢字に「唇」が入っていれば、「脣」を書体帳の4000字に残しておく必要はおそらくなかったのでしょうが、当時はまだ国語施策によって「『くちびる』は『唇』でよい」と保証されてはいませんでした。

 【又】にある は「蚤」(のみ)の朝日字体。「騷→騒」のつくりの略し方を適用したものですが、書体帳の「初版A」と「初版B」では康熙体の で、点々を省いたのは「第2版」以降でした。「点々がないとピンとこない」という声があったのでしょうか。
 ノミの字体はその後も揺れ、1970年代の紙面には康熙体が登場しました。また1980年に東京本社がコンピューター製作に移行した直後の紙面では、見出しが康熙体、本文が略字体という事態も発生しています。コンピューターへの移行に際し、若干の混乱があったのでしょうか。
 しかし間もなく康熙体で落ち着いたため、表外漢字字体表に対応した際も、この字は字体を変える必要はありませんでした。

 すぐ下の は「三番叟(さんばそう)」の「叟」の朝日字体で、「搜→捜」と同じ略し方です。実はこの字も書体帳の「初版A」と「初版B」は で、略字にしたのは「第2版」以降。その後、2007年1月に康熙体に変えるまで略字を使っていました。なお、現在使っているデザインは、「臼」のいちばん下が切れたです。

 さらにその下のは、の点の向きを当用漢字にならって「ソ型」に変えた朝日字体です。書体帳の「初版B」だけはなぜか、へんの横棒が2本とも水平の になっているのですが、「初版A」と「第2版」「第3版」は2本目の横棒が右上にはね上がっています。
 2007年1月の字体変更で、康熙体の「ハ型」に変更しました。

 「のいち」という部首が見えますが、この呼び名はカタカナの「ノ」と漢数字の「一」を組み合わせた形であることから。康熙字典や多くの漢和辞典には採用されていない部首です。
  は、当用漢字「欠」の旧字体で、本来なら新聞では使わない字ですが、書体帳には入っています。
 「欠」は、もともとはケンと読み、「缺=ケツ」とは別の字ですが、歴史的に「缺」の俗字として使われてきたことから、当用漢字では「缺」の新字体とされました。しかし法律用語の「欠缺(けんけつ)」は別。「欠」と「缺」を別の字として用いているため、「缺」を新字体の「欠」に書き換えることなく使われています。新聞にはあまり出てこない言葉ですが、さすがに「缺」の字を活字棚から片付けてしまうわけにはいきませんでした。

 同じ行にあるは、康熙体の「罐」を、「觀→観」「權→権」などと同じように略したものです。しかし「罐」は「缶」の旧字体。「缶」を使えば済むはずなのに、なぜわざわざ略字に?
 答えは「唇」と同様で、「缶は当用漢字にはなく、1981年の常用漢字表で追加された字だから」。もともと「缶」と「罐」は別字で、「缶」の本来の読みは「フ(フウ)」。私たちがよく知っている、食品などを入れる金属製の入れ物の「カン」は外来語で、当て字で「罐」と書かれていましたが、日本では「缶」が「罐」の略字として使われてきたことから、81年の常用漢字表で「缶」が「罐」の新字体とされました。
 しかし書体帳が作られた当時、まだそうした位置づけは正式にはありませんでした。そのため書体帳では「缶」と「罐」を両方収録したうえで、「罐」は朝日字体の方針に沿ってつくりを略したのでした。
 ただしこの略字は朝日新聞の発明ではなく、1942年の国語審答申「標準漢字表」のなかで、準常用漢字「罐」の簡略字体として全く同じ字体が掲げられていました。

(つづく)

(比留間直和)