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文字@デジタル

朝日字体の時代 5

比留間 直和

 朝日新聞が「表外漢字字体表」(2000年12月国語審答申)に基づいて字体方針を大幅に変更したのは2007年1月15日付からですが、JIS2004に対応して字体が変わった「Windows Vista」の一般発売も2007年1月だったことから、「朝日はVistaに合わせて字体を変えたのか?」といった臆測も一部にはあったようです。

 実は、表外漢字字体表の趣旨に沿って紙面の字体を変更するという方針そのものは、実施の約5年前には内定していました。ただ、ちょうど新聞製作システムの全面更新を控えていたことから、「字体変更はシステム更新が済んだあとで」ということになり、もろもろの準備がととのったのが結果的にこの時期だったのです。Vista発売に合わせて慌てて変更したわけではありません。

 とはいえ、表外漢字字体表が一般にどの程度影響を及ぼすのか、特に「パソコンの文字がどうなるのか」を強く意識していたのは事実です。筆者自身、JIS漢字の2004年改正に委員の一人として関わっていたということもあり、新しいJISがいつごろ普及するのか常に気にしていました。

 その意味では、Windowsの新バージョンに「合わせた」わけではないにせよ、「横目でにらみつつ」作業を進めた、というのは間違っていないと思います。

         ◇

 では引き続き、社内資料「統一基準漢字明朝書体帳」の第3版(1960年)に沿って、当時の朝日新聞の活字字体を見ていきましょう。

 

拡大p8

 今回は8ページから。最初の【マ】と【メ】はいずれも康熙字典にない新設部首です。

 【メ】のところにある は「まないた」。康熙字典体は「俎」で、「爼」はその俗字です。当用漢字の新旧字体差にはこのパターンはないため、いわゆる拡張新字体には当たりません。この「爼」は戦前から活字でもよく使われており、「その時点で身近な字体」を採ったものと思われます。JIS第1・第2水準内に「俎」「爼」の両方があるため、新聞製作システムにも両方搭載されていますが、現在は「俎」を使うことを原則としています。

 次の【口 くちへん】の表外漢字には、コメントしたい字がたくさんあります。根気よくお付き合いください。

  は、「のむ」や「併呑」のドンとしてよく使われる字ですが、「ふだん見かける字とどことなく違う」と感じるのではないでしょうか。康熙字典に掲げられているのは下の横棒のほうがやや長いですが、この書体帳の字は上が長い形。当用漢字の「天」や「蚕」は上が長いため、それにそろえたものと思われます。
 19世紀から当用漢字直前までの主な活字見本帳を集めた資料「明朝体活字字形一覧」(1999年・文化庁)を見ると、23種の活字見本帳のうち21種で、上が横棒でなく左払いのになっています。JIS漢字(第1・第2水準)でも例示字体はですが、表外漢字字体表では康熙字典体のが印刷標準字体とされた(はデザイン差)ことから、2004年のJIS改正で第3水準にが別途追加されました。そのため最近のパソコンでは、付属の仮名漢字変換ソフトで両方の字体が候補に出てきます。
 朝日新聞では、上と下の横棒の長さを変え、表外漢字字体表が掲げたにしてあります。

  は、下の「ヰ」の部分を当用漢字の「違」「偉」などに合わせています。康熙字典はですが、活字は明治以来が多く、また書体帳のような形も当用漢字以前からありました。「ヰ」のバリエーションは表外漢字字体表でデザイン差とされ、一般にもほとんど問題視されないことから、朝日新聞では今も書体帳のときと同じ字体を使っています。

  は、書体帳ではごらんの通り、つくりが「左払いで、しかも突き出ない」形です。このシカルという字については、だいぶ前の文字@デジタルに書きましたのでそちらをご覧ください。

 その後は典型的な拡張新字体が続きます。 はそれぞれ当用漢字の「区」「包」「肖」の形にあわせたもの。

  は「啞」の拡張新字体ですが、これは「侠(俠)」などと同様、JIS第1・第2水準内に略字の「唖」しかなく、康熙体の「啞」は第3水準にあるため、第1・第2水準にしか対応していない環境では「唖」を使うほかありません。

  は、大漢和辞典などは点々が「ン」型のを掲げていますが、康熙字典も戦前の活字もの形でした。朝日としてもこの形のままです。

 

■チクチクと考えた末に

 

 次の  は啄木のタクですが、事情がいささか複雑です。現在のパソコンフォントでは、(お手元でもそうだと思いますが)つくりは点のない「豕」になっています。

 書体帳の四つのバージョンでこの字がどんな形だったか並べてみましょう。

  

 二つ目の版である「初版B」で、つくりの点がいったん消え、その後復活しています。(点の有無のほかに「豕」の最終画の出発点が初版Aとそれ以外とで異なっていますが、「豕」を部品として含む他の字についても同様であり、また字体差というよりデザイン差なので、ここでは省きます)

 どういうことでしょう。
 つくりのは「豕(=ぶた)が足を縛られた姿」の象形文字で、「チク」や「タク」という音符になります。点のない「豕」(シ、いのこ)とは、音も意味も異なります。

 では当用漢字には、旧字体にを含む字はあったのか。
 現行の常用漢字には「塚」(旧字は点つきの「塚」)がありますが、これは1981年の常用漢字表で加わった字で、当用漢字には入っていませんでした。

 ただ、当用漢字には、ちょっと微妙なものがありました。「逐」(チク)という字です。古くから「しんにょう+豕」で書かれてきたのですが、チクという音から、「本来は豕ではなくのはずだ」という考え方がありました。かつて国内でよく使われていた「大字典」(講談社)も、つくりがの字を「本字」としています。
 この字が「しんにょう+豕」の「逐」でよいのであれば、ほかの字についても、豕に点を付ける必要はないのかもしれない。担当者は、そのように考えたのかもしれません。

 では、途中の版で点を外したのに、また復活させたのはなぜか。詳しい経緯はわからないのですが、この「啄」に似た変遷をたどった字があります。王へんの「琢」です。
 「琢」は、1951年に初めて定められた92の人名用漢字のひとつですが、このとき示されたのは、現在のパソコンフォントとは異なる、点つきの字体でした。
 1980年代や90年代には、人名用漢字は一般の印刷文字においても事実上の字体基準として扱われるようになっていましたが、当初は字体の面ではさほど重くは見られていなかったようです。この書体帳では、王へんの「琢」も、口へんの「啄」と同じく最初の版(初版A)は「点つき」でしたが、次の版(初版B)で「点なし」に変わりました。当時の人名用漢字とは異なる字体です。
 口へんの「啄」が第2版と第3版では「点つき」に戻っていたのに対し、王へんの「琢」は第3版まで「点なし」のままでした。しかし実際の紙面を見てみると、その後10年もしないうちにこちらも「点つき」に戻っています。当時の人名用漢字「点つきの琢」をどうとらえるべきか、朝日新聞の考え方がなかなか定まらなかったのでしょう。同じつくりをもつ「啄」の活字設計にも、そのことが影響を及ぼしたのではないかと思います。

※当初、王へんの「琢」について、口へんの「啄」と同じく書体帳で「『点つき→点なし→点つき→点つき』と揺れがあった」としていましたが、正しくは「点つき→点なし→点なし→点なし」で、朝日新聞の「琢」が点つきの字体に一度戻ったのは書体帳作成よりもあとの時期でした。訂正します。当該箇所と前後のくだりを修正しました。(2014/04/27)

 その後、王へんの「琢」は1981年の人名用漢字改正の際に点なしに変わり、それを受けてJIS漢字も1983年の改正で点なしになりました。(点つきも引き続き「許容字体」として名付けに使えるとされ、さらに改正を経て現在は点なしも点つきも同格の人名用漢字になっています)
 また、口へんの「啄」は1990年に点なしの形で人名用漢字に入りました。JIS漢字は1990年から点なしです。こちらは点なししか名付けに使えません。
 朝日新聞では王へん、口へんとも、人名用漢字を後追いする形で点なしの字体に変更しました。いわば、人名用漢字に先を越されたわけです。

 

■「康熙字典と同じ略字」も

 

 さて、どんどんいきましょう。 は1981年にこの字体で常用漢字に入りましたが、この時点ではまだ表外漢字。掲や渇などにならってつくりの曷を略した朝日字体です。

  は「喩」のつくりを当用漢字の「愉、諭、輸」に合わせた朝日字体。2010年には康熙体で常用漢字入りしました。

  は、康熙字典に近い設計をすれば  ですが、書体帳ではつくりを当用漢字の「華」にそろえています。前出「明朝体活字字形一覧」を見ると、当用漢字以前の活字字体もほとんどが書体帳と同じ新字体型。表外漢字字体表でもこれが印刷標準字体とされ、2004年にはそのままの形で人名用漢字に入りました。

  は康熙字典体はですが、書体帳では当用漢字の「食」と同じように、「良」の最初の点が縦になっています。この形の活字は当用漢字以前にも存在しており、表外漢字字体表ではデザイン差とされました。朝日新聞では現在もこの形を使っています。

  は、当用漢字の「臭」の新字体に合わせて「犬」の点を省いた朝日字体です。表外漢字字体表では点つきの  が印刷標準字体とされ、2010年には常用漢字になっています。

 次の 、そしてその三つ下の  は、それぞれ「囁=ささやく」「囀=さえずる」をこのように略しました。当用漢字の「攝→摂」「轉→転」の略し方を当てはめたもので、朝日字体の考え方からすれば不自然ではないのですが、かなり字の印象が変わり、しかも実際に使われるのは文芸作品が多かったこともあって抵抗が大きく、近年は紙面での略字使用があまり徹底されませんでした。個別の検討を経て、2002年から康熙体の「囁」「囀」に切り替えました。

  も当用漢字の「虚」に合わせた朝日字体ですが、康熙字典に掲げられているのは実はこの形。ただし「うそ」ではなく「ゆっくり息を吐く」といった意味の字として載っており、この字を「うそ」として使うのは日本語独自の用法です。つくりの「虚」だけだと康熙字典もだったので、それに合わせて活字ではが使われていました。常用漢字表や表外漢字字体表などが伝統的な活字字体を「いわゆる康熙字典体」と呼んでいるのは、このように康熙字典の字そのものとは違う場合もあるためです。のような字を「拡張康熙字典体」と呼ぶ人もいます。
 JIS漢字の第1・第2水準内には、略字体(だけど康熙字典に載っている形。ややこしい)の「嘘」だけがあり、2004年改正で印刷標準字体(康熙字典とは異なる、「いわゆる康熙字典体」。ややこしい)が第3水準に追加されました。朝日新聞の現システムでも両方搭載していますが、紙面では後者を使うのを原則としています。

  は「肅→粛」、 は「增→増」などに合わせた朝日字体。

  は、ちょっと画像がかすれていますが、つくりは当用漢字の「朝」と同じ形です。印刷標準字体(その後常用漢字入り)は月の横棒が点々になったですが、点々ではない横棒の形の活字も明治期から使われていました。

 

■“聖王の名”でためらい?

 

拡大p9

 9ページ目です。

  は当用漢字「尊」に合わせてつくりの上部を「ソ」にした朝日字体。
  も「齒→歯」をあてはめた朝日字体ですが、「侠」や「唖」と同じくJIS第1・第2水準内には略字の「噛」しかなく、康熙体の「嚙」は第3水準に含まれるため、一般には略字の「噛」も根強く使われています。
 (はやす)は「雜→雑」を当てはめたもの。 は「叮嚀(=丁寧)」のネイで、「寧」の新字体にそろえて「皿」の下の横棒を左右に出ない形にしたものです。

 (くしゃみ)は略字というわけではありませんが、「嚔」と「嚏」の2字体が以前からあり、康熙字典は前者ですが、書体帳では後者になっています。現在は「嚔」を使うことにしていますが、出てくるのは歌壇俳壇の投稿作品にほぼ限られ、一般記事にはほとんど登場しません。

  も略字ではないのですが、書体帳の途中の版までは微妙に設計が異なっていました=下の画像

 

 「北」などを手で書くときはこのように書きますが、書体帳の「北」や「燕」にはこうしたデザインは見あたりません。たまたま不整合が生じ、途中で気がついて直したということでしょう。

  は「爵」の新字体にそろえたもの。康熙体はです。

 口へんの最後の  は、鹿児島県「曽於(そお)郡」の旧表記「囎唹郡」で使っていた字の朝日字体です。国字なので康熙字典には載っていないのですが、いわゆる康熙字典体は。囎唹郡は1972年に「曽於郡」に改められたため、最近はほとんど紙面に登場していません。
 「唹(お)」のほうは先ほど取り上げたのですが、わざと用途を書かずにおきました。どちらの字も、この地名が無かったら書体帳の4000字に選ばれることはなかったのではないでしょうか。

 ようやく【囗 くにがまえ】です。ここにある字では、 の「匕の払いが左に出るかどうか」、 の「下の縦棒がはねるかはねないか」といった点が挙げられますが、どちらの字も、この書体帳と同じ字体の活字も当用漢字以前から一般に使われていました。
 現在の朝日新聞では、「囮」は相変わらず「出ない形」を使っていますが、「圜」は「はねる形」が一般的と考え、そちらに変えました。

 次の【土】の表内字のところにある  は、本当は当用漢字表には入っていないのですが、1954年に国語審議会漢字部会が作成した「当用漢字補正資料」で「当用漢字に加える」とされた28字の一つです。新聞界はこの補正資料を先行実施したため、社内的には「壌」は表内字扱いでした。
 康熙字典体の「壤」ではなく既に略字になっているのは、補正資料に従ったものです(もし補正資料に入っていなくても朝日は独自に略したでしょうけど)。1981年の常用漢字表にこの形で追加され、正真正銘の表内字になりました。

  は「白堊」のアの朝日字体。現代表記は「白亜」なので、登場機会は多くありませんでした。

  は「堯」の朝日字体で、「暁、焼」のつくりの略し方を単体に適用したものです。ただ、これには若干のためらいもあったようで、最初の「初版A」だけは康熙体の  になっていました。「堯」といえば中国古代の伝説の聖王の名。簡略化してしまうのはちょっと心苦しかったのでしょうか。しかし二つ目の「初版B」以降は、略字を掲げています。
 1981年に朝日字体と同じ「尭」で人名用漢字に入ったため、それ以降は辞書類もこの新字体を使うようになっています。

  は「埒」の点の方向を当用漢字ふうにしたもの。 は「者」にならって康熙体から点を省いた朝日字体です。

  は1981年にこの形で常用漢字に入りましたが、当時は表外漢字。旧字体はですが、国字なので康熙字典には載っていません。実際には、戦前から新字体の活字も使われていました。

  も、先ほど少し触れましたが、1981年に常用漢字入りした字です。康熙字典体は点つきの「塚」ですが、書体帳では先に取り上げた「啄」などとは異なり、最初の版から点を省いています。のちにその形が常用漢字になりました。

  は「補塡」のテンの朝日字体。2010年に康熙字典体の「塡」が常用漢字になりましたが、この字体はJIS第3水準に含まれるため、改定常用漢字表では、情報機器に搭載されている印刷文字字体の関係で「填」を使うのは差し支えない、とされています。朝日新聞の紙面では「塡」を使うことにしています。

  は「唐」の新字体に合わせています。「唐に新字とか旧字ってあったっけ?」と言われそうですが、康熙字典体だとのように縦棒が少し下に突き出ます。当用漢字では突き出ない形になったため、書体帳では「塘」も突き出ない形にそろえました。現在は突き出た形のにしてあります。

  は「廃墟」のキョの朝日字体。当用漢字以降、新聞では原則として「廃虚」と書いているので、土へんのついた字が紙面に出てくるのは、文芸作品や引用などに限られます。

(つづく)

(比留間直和)