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観字紀行

賀茂かも? 鴨かも?(上)

拡大再開発当時、景観論争を巻き起こしたJR京都駅ビル。ギラッと光るガラス面に京都タワーがくっきり
 京都の名所、下鴨神社に上賀茂神社。そばに流れる賀茂川に鴨川……同じ「かも」でも漢字表記が実はばらばら。なぜ違いがあるのでしょう? 何か法則があるのでしょうか。その謎の答えを求めて京都に行ってきました。

拡大禁煙看板には過料1千円の文言
  JR京都駅を降りてすぐ、街中で歩きながら、たばこを吸っている人を見かけないことに気づきました。それもそのはず、市の条例で2007年6月から京都駅周辺や市内中心部などは路上喫煙が禁止されているそうです。駅の近くには、分煙されているビルの中でよく見かける、喫煙スペースなるものが設置されていました。その近くの電柱の張り紙や看板などには「路上喫煙をすると、1千円の過料が科されます」との文言が……。
 さすがは国内だけでなく、国際的にもよく知られた観光地。生まれてこのかた、たばこというものを吸ったことがない筆者ははやく全国に広がってほしいものだと一人感心してしまいました。
 
拡大上賀茂神社に到着

 さて、まずは上賀茂神社に。
 地図をみると京都駅から9キロほど北にいったところ。アクセスは電車では行きにくいようで、バスなら京都駅から市バス9系統「西賀茂車庫行き」40分、「上賀茂御薗橋」下車徒歩3分など。今回はタクシーで向かうことに。30分ほどで到着しました。
 

拡大清らかな流れ。しばしの涼風
 一ノ鳥居を入ってすぐのところ。近所のみなさんなのか、手づくり市が開かれていました。野菜や小物、インテリア用品まで、みなさん自分で持ち寄って、参拝や観光で訪れた人たち相手に実に楽しそうでした。境内を流れる小川では、子供たちが水浴びをしていてとても涼しそうでした。
 

拡大ニンジンを食べる白馬
 二ノ鳥居の前の神馬舎にいるのはずんぐりした白馬。子どもたちからニンジンをもらうたびにおいしそうにたいらげていました。でも7月とは言え、暑さと日差しにお疲れぎみでした。

 

 二ノ鳥居を入ると本殿まであと少し。細殿の前では、偶然にも結婚式が執り行われていました。和の正装に身をつつんだ新郎新婦はもちろん、洋装の参列の方々も、暑さと日差しでたいへんなのは白馬と同じだったようです。

 

拡大きれいなかたちの山がふたつ。何だろう
 その細殿の前に、砂でつくったきれいなかたちの山が二つ。何でしょう。立て看板によると立砂(たてすな)というもので、神代の昔、ご祭神が最初に降臨した本殿後方の円錐形(えんすいけい)の山、神山(こうやま)にちなんだ、一種の憑代(よりしろ=心霊が招き寄せられてお移りになるもの)だそうです。ふたつの山のどちらかが、神山なのでしょうか。

 細殿を過ぎ、朱塗りの楼門の奥に中門、その奥が本殿です。本殿のほかに、賀茂山口神社、須波神社など八つの摂社がある世界遺産にも登録されている歴史ある神社です。


拡大上賀茂神社楼門。朱色が美しい
 神社の由緒には天武天皇の御代の678年には、現在の御殿の基が整えられたとあり、起源は2600年以上前にさかのぼるのだそうです。その「神話」を要約すると……賀茂一族の娘・玉依比売命(たまよりひめのみこと)が川で身を清めていた時に上流から流れてきた丹塗矢(にぬりのや)を持ち帰り、床にまつって眠ったところ、神霊の力で子どもを授かった。その子が成人した際、神々を招いた宴席で、祖父・建角身命(たけつぬみのみこと)が、「自分の父親だと思う神に杯をささげなさい」というと、その子は「わたしの父は天津神です」といって、雷鳴とともに天に昇っていった。その子が賀茂別雷大神(かもわけいかづちのおおかみ)で、上賀茂神社の祭神である……。


 新撰京都名所図会(白川書院)によると、「賀茂氏」とは、神話の時代、神武天皇が九州から大和入りする際、八咫烏(やたがらす)となって道案内した賀茂健津見命(=前出の建角身命)を祖とする一族なのだといいます……「カモ」一族の祖先は「カラス」だったか、というベタな感想はさておき、その「賀茂一族の繁栄した地」が、賀茂という地名の由来のようです。


 さて、本題の上賀茂神社と下鴨神社の表記の違い。社務所を訪れ、使い分けに理由があるのか尋ねてみました。「それはまぁ、ややこしいからです」と、話し始めて下さったのは権禰宜(ごんねぎ)の藤木保誠さん……下鴨神社も正式には「賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)」、賀茂の字を使っています。もとはひとつの神社でしたが、平安時代には上下社に分かれたようです。そこで例えば、官位。「五位上賀茂だれそれ」とあった場合、「ごい かみがも だれそれ」なのか「ごいのじょう かも だれそれ」なのか。間違えないようにするために、下社は「鴨」、上社は「賀茂」と、平安時代の後期には書き分けているようです。「五位上賀茂」とあれば、「ごいのじょう かも」と読むというルールをつくり、賀茂といえば上賀茂神社とすることで読み間違いを防いだようです……

拡大奥のこんもりまるい山が神山
 なるほど。後世の自分が「しもがも、あれどっちの字だったかなぁ、ややこしいなぁ」と考えるのとは逆なんですね。ついでにさきほど見たきれいな砂山についても聞いてみたところ、二つの山は陰陽道(おんみょうどう)の思想に基づいたもので、向かって左側(西側)が陽、右側(東側)が陰、陽の山には奇数の3本の松葉が、陰の山には偶数の2本の松葉が立ててあるそうで、陰と陽の合体によって神の出現を願うもの、であって、「一対で神山」なのだそうです。さきほど見落としたのですが、もどって確認すると、確かに3本と2本の松葉が頂上に立てられていました。

拡大賀茂名物 葵家やきもち総本舗
 帰り際、駐車場前にある焼きもち屋さんに入ってみました。その名も「賀茂名物、葵家やきもち総本舗」。もちろん焼きもちもおいしそうでしたが、この日は暑かったため、筆者はアイスモナカをおいしくいただきました。

 この神社は御所桜、賀茂桜、みあれ桜といった名前がついた桜でも有名なところのようです。もちろん、筆者が訪ねた7月下旬は、桜の花は見られませんでしたが……。今年の異常な暑さが続く前でしたが、強い日差しが降り注ぐ明るさが印象に残るお社でした。

 

 さて上賀茂神社を後にし、下鴨神社へ向かってみます。川沿いに南下していると「加茂川中学前」というバス停に出合いました。加茂? 地図に目を落とすと「加茂川中」との表記が。鴨と賀茂以外に「加茂」も出てきてしまいました……。

 

=つづく

(次回は10月4日に掲載します)

(塩崎由訓)