メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

文字

観字紀行

賀茂かも? 鴨かも?(下)

拡大加茂川中学校
 前回、上賀茂神社を後にして、下鴨神社に至る道のあたり、「加茂川中学前停留所」をみつけてしまいました。中学校名は確かに「加茂川中学校」。学校によると、1949年の設立。その際、複数の校名候補の中から選ばれたのですが、「加茂川」という名と表記になった理由は「分からない」とのこと。

拡大加茂街道
 さらに南下していると、加茂街道紫明というT字路にさしかかりました。またしても「加茂」。川沿いのこの道路はどうやら「加茂街道」であるようです。


 京都市道路明示課に聞いてみたこところ、1920(大正9)年に京都市道として「加茂街道」と認定したのだそうで、その範囲は、上賀茂神社へ渡る御薗橋のあたりから、下鴨神社へ渡る出町橋のあたりまで。まさに、上賀茂神社と下鴨神社を結ぶ街道! もしや、どちらかの社に加担しないように「加茂」の字をあてたのかも、と由来に期待しましたが、残念ながらこの字をあてた理由は「分かりません」とのこと。加茂街道のあたりには、「加茂川」という名前の居酒屋さんやビジネスホテルも見かけました。

拡大鴨川なんだけど賀茂川なんですね
 さらに南下。地図でみると、下鴨神社のすぐ南で、東側を流れる高野川と西側を流れる「カモ」川が合流しますが、合流点より上流が「賀茂川」、それより下流が「鴨川」と表示されています。そう使い分けるのだと理解していたのですが、鴨川(賀茂川)とする看板が……。どちらでもよい、ということなのでしょうか。
拡大賀茂大橋

 府京都土木事務所によると、河川法上、1級河川としての名称は、起点から「鴨川」なのだそうですが、高野川合流点の上流の昔からの表記「賀茂川」もカッコ内に併記しているのだそうです。ただ、移動に使ったタクシーの運転手さんによると、「賀茂川」の域内でも、だんだんと「鴨川」の表記が使われるようになっている、とのことでした。

拡大下鴨警察署の加茂大橋交番
 賀茂川・高野川合流地点まで南下。この合流点にかかる橋は賀茂大橋。


 しかし、賀茂大橋のそばには、下鴨警察署の「加茂大橋交番」が。交番の入り口に貼ってあった手書きの周辺マップにも「加茂大橋・加茂川」の表記。交番に詰めていたおまわりさんに聞いてみましたが、加茂の字を使った経緯などは「うーん、分からないなぁ」とのこと。さらに、橋の南側の京都バスのバス停名にも「加茂大橋」。

拡大京都バス・加茂大橋停留所

 京都バス営業課の児玉健さんによると、どうして「加」の字を使ったのかは、やはり、はっきりしないそうです。1948年にそこにバス停をつくった当初から「加茂大橋」の表記で、当時すでにあった京都市電の駅名が「加茂大橋」だったようなので、それに合わせたのかもしれない……。自身、京都市北部出身で、加茂なす・賀茂なすのように、違う字を使っているなぁということは意識しても、賀茂・加茂に関してはどちらの表記でもさほど違和感のないことが多いそうです。ただ、かつてあった上鴨警察署(2007年再編で現・北警察署)に関しては、カミガモに「鴨」の字を使っているのを見たのは恐らく初めてで、不思議な感じだったそうです。
拡大糺の森。木漏れ日が心地よい

 さて、下鴨神社に到着です。前回の上賀茂神社の祭神の母と祖父が祭神。正式名を「賀茂御祖(みおや)神社」といい、こちらも世界文化遺産に登録された神社。国宝の東西本殿の他、重要文化財に指定された建物が多数あります。

 下鴨神社は、うっそうとした森に囲まれていて、上賀茂神社に比べると、夏でもいくぶん涼しい感じのする神社です。まっすぐな参道が続いていて、徒歩ではずいぶん遠いように感じます。京都の三大祭りのひとつである葵祭(賀茂祭)に先立ち、毎年5月3日に流鏑馬(やぶさめ)神事がここ、下鴨神社の糺(ただす)の森にある馬場で行われるのだそうで、長い参道の隣にこれまた長い馬場がのびています。その「糺の森」、広さは12万4千平方メートル。古代の植生をとどめる森だそうで、清らかな小川が流れています。
拡大美人になれる?

 参道に入ってすぐのところにある河合神社。「女性守護、日本第一美麗神」と立て看板にあります。願いを込めて自分の顔に見立ててお化粧をするように作られた鏡絵馬が売られていて、化粧を施したあとの絵馬がたくさん並べられていました。
さざれ石拡大さざれ石

 境内には「方丈記」で有名な鴨長明が住んだ「方丈の庵」が復元して展示してありました。鴨長明は「河合神社の神職の家系」とあります。「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」……長明とのゆかりを伝える看板には方丈記の冒頭の一文が。

拡大清らかな流れ
 もしかしたら先ほど見た小川は、長明がみた「ゆく河」だったか、あるいは鴨川がそうだったのかも……800年の昔に、しばし思いをはせながら参道を歩き進んでいくと、「君が代」に歌われている「さざれ石」が。さざれ石とは、漢字で書くと「細石」で小さな石のこと。年とともに大きく成長して岩になると信じられている神霊の宿る石とされています。

拡大鴨の社へ えと詣
 さて、それを過ぎると、やっとの思いで鳥居に。鳥居をくぐると、「相生社」といって、いわゆる縁結びの神がありました。男女の縁はもちろん、様々な縁結びの神様だそうで、源氏物語にちなんだ「縁結びおみくじ」があったり「縁結び絵馬」などというのも売られていたりしました。女性の参拝客が多く感じられたのは気のせいでしょうか? 楼門があり、さらに進むと中門があります。中門と本殿のあいだには「言社」といって七つの社に十二支それぞれの干支を守る神様が祭られています。筆者は自分の干支(えと)、午(うま)にお参りしました。


拡大賀茂大橋から。右が高野川、左が賀茂川。公園の奥に糺の森、さらに向こうに京の山並み
 下鴨神社を後にして、ふたたび賀茂大橋へ。今回の旅、鴨川の流れと川沿いの公園でのんびりすごす人々、上賀茂・下鴨両神社の境内の小川の涼しさなど、「川」がとても印象に残りました。「京都の地名を歩く」(吉田金彦著)は、川を上流にさかのぼった古代賀茂一族の移動の道筋に触れ、カモ(賀茂)・カミ(神)・カミ(上)と、神の使者ともみられる水辺の鳥カモ(鴨)との日本語の語源の「つながり」に触れています。賀茂・鴨そして加茂……書き分けのなぞにはどうもせまりきれませんでしたが、水辺の気持ちよさに癒やされた旅でした。
=おわり
(「賀茂かも? 鴨かも?上」はこちらへ)

(塩崎由訓)