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観字紀行

たかが「お」、されど「お」(上)

永川 佳幸

 筆者が東京本社に勤めていたころ、仕事を終えて、東京港にかかるレインボーブリッジを通って帰宅していた時期がありました。橋を渡る途中、進行方向右手には東京有数の観光地・お台場が見えます。夜勤を終えた帰りの車中で、明かりのともる街をながめながら、ふと、こんなことを考えました。

 「お台場の『お』って何だろう?」

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 お台場の中心地の住居表示は「東京都港区台場」で、「お」はありません。一方で、口に出して言うときは「台場」より「お台場」の方がしっくり来るような気がします。お茶、お金、お水にお菓子など、単語に「お」を付けると丁寧な印象になります。地名を丁寧に呼ぶ理由とは何なのでしょうか?

 お台場は江東区、品川区、港区の三つの区にまたがる埋め立て地で、これらを含む臨海部一帯は「都内7番目の副都心」として開発計画が策定され、1990年代に入ってから急速に発展してきました。約440ヘクタールにも及ぶ臨海副都心の中で、今回、「お」の謎を探るべく筆者が訪ねたのは、港区の台場地区を中心とした三つの地域。夏休みも終盤にさしかかった8月末のうだるような暑さの中、各地を歩きました。

拡大パレットタウン。観覧車まである
 まず向かったのは、南側の青海地区。ショッピングモールのほかに、ボウリングやカラオケなどを楽しめる複合商業施設「パレットタウン」は、連日、多くの観光客でにぎわいを見せます。

拡大護岸に停泊する貨物船
 お台場は、東京港の物流の中核を担う埠頭(ふとう)としての役割も担っています。パレットタウンなどがあるエリアと隣り合うように、倉庫が立ち並ぶ区域が続きます。積み上げられたコンテナのそばを、ひっきりなしに走り回るトラック。観光客が立ち寄るような場所ではありませんが、ひと味違った魅力を味わうことができます。

拡大船の科学館本館。再開時期は未定だ
 次に訪れた西側の東八潮地区で、ひときわ目を引くのは、大型客船を模した外観が特徴の「船の科学館」。海と船をテーマにした博物館です。お台場初の大規模建築物として1974年にオープンしましたが、現在本館は老朽化のために休館中。残念ながら中に入ることはできません。初代南極観測船の宗谷が係留展示されており、こちらは自由に見学可能です。

拡大初代南極観測船の宗谷
 東八潮地区には大きな商業施設がない代わりに、海に面するようにして公園が広がっています。この日は朝から晴れ渡り、気温もグングン上昇。公園で、噴水の水をかけ合う親子に遭遇しました。「暑くて我慢できなくて」と話す東京都江東区の尾辻めぐみさん(34)に、長男の健斗くん(7)は「冷たくて気持ちいい」と笑顔。筆者も木陰のベンチに腰を下ろし、噴き出る汗をぬぐいます。

 残る北側の台場地区へは、お台場内をぐるりと回るように運行している新交通「ゆりかもめ」を利用して移動することに。しばらく潮風に吹かれて涼んだものの、あまりの暑さに歩く体力が尽き果てました。

拡大校閲記者としては気になる表記の揺れ
 台場駅で列車から降り、ふと路線図を確認すると、隣駅はお台場海浜公園という駅名です。同じ路線なのに、「お」が付いていたりいなかったり。こんなささいなズレが気になるのは、校閲記者ぐらいかもしれません。

 台場地区はデックス東京ビーチ、アクアシティお台場といったショッピング施設が充実していて、さらには大きなホテルもあるため、お台場の中で最も人通りの多い場所です。ランドマークとして有名なフジテレビの本社屋があるのも、この地区。

拡大フジテレビ。手前には商業施設が並ぶ
 展望デッキからはレインボーブリッジ越しに東京の街並みを一望できます。夜には、きらびやかな夜景を求めてカメラを構える人が後を絶ちません。

拡大入り江のため、波は穏やかだ
 さて、こうして一通り歩き回ってみたところ、「お台場」と表記された看板や標識が多数見つかった一方で、「台場」としているものも少なからずありました。聞いて回った限りでは、何かしらのルールがあるようには思えません。「台場店」として営業する、ある飲食店従業員の「何となく『お』を付けていないだけ」という話を聞くと、自分が神経質すぎるような気さえしてきました。

拡大園内は雑草がうっそうとしている
 筆者が最後に訪れたのが、お台場の北側に位置する国指定史跡「台場公園」です。雑草が生い茂るばかりの園内に人の気配はなく、海から吹く風の音がより一層大きく感じられます。公園からコの字形に延びる砂浜で、波打ち際を走り回ったり、シートに寝そべって日光浴をしたり、みなが思い思いに過ごす様子が対照的に見えました。そんな、にぎやかなお台場から隔絶された感のあるこの公園に、いったいどんな歴史的価値があるのか。次回はこの台場公園から、「お」の謎に迫ります。

 

(永川佳幸)