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観字紀行

極楽へ行ってきます(2)

拡大21世紀の現代に、極楽が新たに生まれました
 全国の「極楽」を訪ね歩き、読者の皆さんに極楽気分に浸っていただこうという、この旅。前回は400年前の戦国時代にまで思いをはせましたが、今回は平成生まれの「極楽」を訪ねます。新しくてなんだかありがたみが薄そうなどと思わないで下さい。全国でもたった一つしかない貴重な「極楽」なのです。


拡大今回訪ねた場所
 名古屋からJR中央線の普通列車で1時間強、岐阜県にある恵那駅で下車して、旧国鉄明知線を1985年に引き継いだ第三セクター、明知鉄道に乗りかえます。


 ここ恵那市は愛知、長野両県と県境を接していて、明知鉄道は恵那駅(同市大井町)から市内を時計回りに南下するように走り、明智駅(同市明知町)との間、約25キロを50分ほどで結んでいます。地方の第三セクターはどこも楽な経営ではありませんが、「お花見弁当列車」や「きのこ列車」など四季折々の郷土料理が楽しめる食堂車付きのイベント列車を運行するなど、あの手この手のアイデアで頑張っています。

 今回の「極楽」行きは、恵那駅が入り口です。駅には切符の自動券売機がありません。映像で見た昭和のころのように、窓口で駅員さんから直接切符を買います。

 「極楽までお願いします」
 なんだかドキドキしてしまいました。日常生活でこんな言葉を口にすることは、まずありませんから。

 そう。今回の目的地は明知鉄道にある「極楽駅」です。

 「極楽」のつく駅は、江ノ島電鉄「極楽寺駅」(神奈川県鎌倉市)や南海電鉄高野線「極楽橋駅」(和歌山県高野町)が知られていますが、ずばり「極楽」と2文字の駅は全国でもここだけ。だから「極楽までお願いします」でいいのです。しかも、他の二つが20世紀前半に開業したのに対し、この極楽駅は2008年開業で、明知鉄道の全11駅でも最も新しい駅です。

拡大わずか420円で極楽に行ける時代になりました
 恵那駅から「極楽」までは420円。渡された切符は今では珍しい、ボール紙で出来た硬券で、しかも「極楽ゆき」と印刷されています。「これは確かに縁起がよい!」と、感激してしまいました。


拡大明知鉄道のアケチ10形気動車
 この日乗った車両はワンマンの1両編成で、残念ながら食堂車はありませんでした。車両は白を基調にして側面に赤い図案が入っています。一見かわいらしいですが、よく見ると地元大手量販店チェーン「バロー」のラッピング広告が。更に、ヘッドマークは終着の明智駅にあるテーマパーク「日本大正村」のキャラクター「大正ロマンちゃん」と、ローカル色が際立っています。

 車内に入ると平日の午後ということもあって、ご老人や制服姿の高校生が10人ほど。穏やかな雰囲気が漂い、時間の流れがゆっくりになった気がします。


拡大車両の側面にはラッピング広告が
 「ジリリリリー」という発車ベルと同時に、車両がゆっくりと動き出します。車窓には絵に描いたような田園風景が流れていきます。それもそのはず、この辺りの同市岩村町富田地区は山々に囲まれた田んぼや畑の中に鎮守の森や昔ながらの農家や蔵が点在し、まるで時がとまっているかのように日本の原風景が残っています。


 このことから、民間の「国土問題研究会」が1989年に「農村景観日本一」に認定し、98年度には農林水産省の「美しい日本のむら景観コンテスト」の集落部門で最優秀賞も受賞しています。この素晴らしい風景を眺めながら列車に揺られるだけで極楽気分です。


 「日本一」の農村風景を眺めていると30分はあっという間。極楽駅に着きました。2012年度の1日平均乗降客数が120人の小さな無人駅です。隣の駅まではともに1キロほどしかない地に駅ができたのは、すぐ近くに「バロー」の大型スーパーが出来たことが一因だったとか。利便性にひかれて、住民だけでなく、買い物客の利用も増えるだろうと見込んでのことだったといい、「バロー」も駅開設費用の半分を寄付してくれたそうです。

拡大笑顔でたたずむお地蔵さま
 そんな駅のホームに降り立つと、まず目に飛び込んでくるのが、「ごくらく」の駅名標。全長45メートル、幅1.6メートルのホームには不釣り合いなほどの大きさです。その横では「あしたもいい日になりますように」と刻まれた台座に「幸せ地蔵」がほほえみ、浄財箱まであります。


拡大この歌を聴けばたちまち極楽気分に
 「♪心楽しく浮き浮き踊りゃ、とかくこの世は極楽さ~」
 小さな待合室にあるボタンを押すと、三波春夫さんが歌う「極楽音頭」が周りに広がる田んぼや山々にまで届きそうな大音量で鳴り響き、どこか懐かしい雰囲気が漂います。


拡大人生訓を説く、佐藤一斎の碑文
 また、ホームには「人は須(すべか)らく忙裏に間を占め 苦中に楽を存ずる工夫を著(つ)くべし」と彫られた立派な石碑もあります。駅の案内板によると、地元ゆかりの幕末の著名な儒学者・佐藤一斎による「言志四録」からの言葉で、「人は忙しさの中に静かな時が持てるように、また苦しみの中にあっては楽しみの心が持てるように工夫すべきだ。どうせやるなら楽しんでやろう」などと解説されています。ここ極楽駅で読むと、「本物の極楽」に行くまでの「この世での生き方」を厳しく諭される思いがします。


拡大木版をコンコンたたくと、極楽への道が開ける……かも
 極めつけは、線路脇に掲げられた横73センチ、縦35センチの「木版」(もっぱん)。寺の山門に掲げて、たたいて来訪を知らせる板にヒントを得たもので、寺と同じように木槌(きづち)でたたけるようになっています。表面には「生死事大、無常迅速」(時が矢のように去っていく無常を知り、日々を大切にという意味)と墨書きされています。この横にも浄財箱が……。


拡大これを目指せば迷わず極楽にたどり着けます
 その上には、すぐ西を走る国道257号からも見えるようにと、更に巨大な「極楽駅」の看板も。いずれも地元の有志の方々や明知鉄道が設置したそうです。


 まさに「極楽」づくしのおもてなし。極楽という縁起の良い名前にふさわしい駅として盛り上げようという地元の思いがひしひしと伝わってきます。


拡大切符を持ってほほえむ伊藤さん
 実は、極楽駅と命名された理由も、言葉の持つ縁起の良さにあります。新駅名の公募には23件の応募があったそうですが、「一番の決め手は『極楽』という駅名のインパクトの強さと、全国初だったこと」と、明知鉄道の庶務・広報主任の伊藤温子さん。近くに極楽寺という廃寺があり、地域の歴史に根ざした名前だったこともありますが、知名度アップで地域の活性化につなげたいという狙いもあったようです。


拡大極楽せんべいは、名前に似合わずハイカラな味です
 では、鉄道会社にとっての「御利益」はというと、1日の平均乗降者数が、12年までの3年間で2.6倍に増えたそうです。気になる利用者の内訳を聞いてみました。やはりご老人や中高年の方が多いのかと思いきや、「そういうわけでもありませんよ。遠足で子どもたちが来たり、ミステリーツアーで訪れたりする方もいて、老若男女さまざまです。これも『極楽』という駅名のおかげです」と伊藤さん。


拡大究「極」の「楽」しみを乗せて、極楽駅へ向かう明知鉄道です
 関連グッズにも力が入っています。駅員さんのいない極楽駅では買えませんが、恵那駅や岩村駅、明智駅では、極楽駅の駅名標がデザインされたストラップや、極楽行き切符を含む使用済み硬券セット、極楽せんべい、ミニチュア木版などを販売しています。


拡大手作り感あふれる案内板に心がほっこり
 最後に駅名の由来となった「極楽寺跡」を伊藤さんと一緒に訪ねてみることにしました。駅から約400メートル離れたところにあるとのこと。事前に調べたところ特に目立つ遺構はないようでしたが、手作り感あふれる案内標識に導かれた先に、五輪の塔が9基、ひっそりとたたずんでいました。


拡大ひっそりとたたずむ五輪塔
 ここにも手書きの案内板があり、「岩村町史」などによると、寺は鎌倉時代初期の1185年頃から南北朝時代の1340年頃まで存在し、恵那地域の中心的な寺として相当栄えたと考えられるそうです。実際、杯や皿、骨壺(つぼ)なども出土しており、ここに何かしら仏教関係の施設があったことは確かなようです。


拡大お地蔵さまも「極楽ごくらく」
 21世紀に「極楽」と名付けられた駅は、地元でかつて栄えたという寺と、その名にあやかって地域や鉄道の発展を願う人々の思いが込められたものでした。縁起がよいことの代名詞的意味も持つ「極楽」。この言葉の持つパワーの強さを改めて実感した旅でした。


  次回は、新潟県の「地獄極楽小路」を訪ねます。

(池上碧)

=次回は1月17日に掲載予定です