メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

文字

観字紀行

高知のおもしろ駅名めぐり(下)~南国土佐よ、また今度

奈良岡 勉

拡大今回訪ねた主な場所
 高知県は太平洋に面した東西に長い県です。最終回では、これまでの連載で訪ねた中部から一気に西部へ車で移動します。
 めざすは四万十川。


拡大ぐつぐつ音を立てる須崎の鍋焼きラーメン
 高知自動車道を須崎中央IC(須崎市)で降り、鍋焼きラーメンの昼食。須崎市内で約40店舗が提供しているというご当地名物ラーメンです。
 鳥ガラベースのしょうゆ味スープに鶏肉や生卵、ちくわなどの具がたっぷり入り、熱々のラーメンが文字通り土鍋に入って出てきます。


拡大新鮮な刺し身が驚きの値段です
 さらに国道56号を西へ。中土佐町の久礼大正町市場に寄り、久礼湾から水揚げされたばかりの新鮮なカツオの刺し身やタタキを食べて腹ごしらえ。「久礼の港と漁師町の景観」は国の重要文化的景観に選定されています。


 四万十町で四万十川沿いを走る国道381号に入ります。
 道は山を上っていくのですが、四万十川から見れば川を下っていくことになります。川は大きく蛇行して山野をめぐった末に、より西にある四万十市で太平洋へと注ぎこんでいるのです。

 四万十川の幹川流路は196キロで四国一、流域面積に含まれる市町村は高知県が2市6町村(流域全体の82.5%)、愛媛県が1市2町。支流は300本以上にのぼります。

 なぜ、四万十川というのでしょう。名称の由来については諸説あり、定説はないようです。
 主なものを挙げると、①シ・マムタ(大きく美しい川の意)のアイヌ語説②支流四万川と地名十川の合成語説③多くの谷や支流を集めた川という形状説④四万石の木を十回、流し送るほど豊かな森があったという林業説など。
 ちなみに、「日本最後の清流」と言われるようになったのは、1983(昭和58)年のNHK特集「土佐・四万十川~清流と魚と人と~」の中で、「日本最後の清流」と紹介されたのがきっかけのようです。以後、多くの観光客が訪れるようになりました。

拡大山小屋風の土佐大正駅
 これから先はJR予土線の駅を訪ねていきます。
 「四万十川には大正、昭和があるがよ。その先は……楽しみにしちょって」
 案内役の高知県観光振興部の「すーさん」がにやにや笑って言います。
 ここで紹介する駅名の由来は、高知県予土線利用促進対策協議会によります。


 国道381号と同じく予土線も四万十川に沿って走っています。道をしばらく上って(川を下って)いくと、中流域の山間にある土佐大正駅に着きます。

拡大大正町の町並み
 ここは全国的に有名な栗焼酎「ダバダ火振(ひぶり)」の蔵元「無手無冠(むてむか)」がある所。地元産の栗を約50%使っているそうです。村民集いの場「駄場」と伝統的アユ漁法「火振り漁」にちなんで命名されました。
 大正天皇の即位を記念して1914(大正3)年に大正村と改称され、それが駅名になったとのことです。現在の地名は四万十町大正です。


拡大トンネルを抜けるとそこは……
 さらにその先にあるのが、土佐昭和駅。1928(昭和3)年、昭和天皇の即位を記念して村の名前が昭和村と改称されました。現在は四万十町昭和。ここには四万十川遊びの基地のひとつ「ふるさと交流センター」があり、カヌーなどが楽しめます。


拡大ホームに出るのだった
 「大正」「昭和」――なるほど、やはりそうでしたか。それぞれ天皇の即位にちなんで名づけられた旧村名が駅名として残っているわけです。


 次の駅が十川(とおかわ)駅。約500匹のこいのぼりが初夏の四万十川の上を泳ぐ「こいのぼりの川渡し」で知られています。

拡大半家駅はこの先です
 その次にあるのが半家駅。
 半家――これはどう読むのでしょう?
 答えは、写真に。


拡大正解は「はげ」でした
  「はげ言うたち、頭のことじゃないで」
 久しぶりにすーさんの解説が出ました。
 このあたりの地名がそのまま駅名になっています。


 では、なぜ半家? 半分の家?
 いえいえ。平家の落人(おちうど)伝説と関係があるようなのです。
 同協議会のパンフレットには、「壇ノ浦の合戦ののち、土佐に潜入した平家の落人たちが開発した土地と伝えられており、源氏方の追討を逃れるため『平家』の横線を下に移動させて『半家』としたという説が伝えられています」
 事の真偽はともかく、妄想がふくらみます。

 ――ううむ、「平」という漢字の上の横棒を下に持ってきて「半」にしちゃったのか。まるでとんちか、クイズだ。しかし、この説はなぜか説得力がある。落人たちは誇りある平家だ。しかし、敗れて落ち延びた今、源氏を恐れて平家は使えない。でもやはり、それとなくわかるようにしておきたい。「半」という字には、平家の落人たちの揺れ動く心のさまが透けて見えるようではないか――。

 駅の周囲を見渡せば、高い山々がぐるりと取り囲み、四万十川がうねうねと蛇行しています。その谷間にひっそりとたたずむ人里。いかにも落人伝説がいきづく雰囲気がそこかしこにあります。
 「ロマンじゃのう。半家ゆう地名はだてじゃなかったがよ」


 「大正」「昭和」を経て、はるか源平の戦いにまで思いをはせるような「半家」。おもしろ駅名をめぐる四万十川の旅は終わりに近づいてきました。

拡大日本一暑い町、江川崎。立て看板からも熱気が伝わってきます
 さらに川を下って四万十市に入り、江川崎という地を通ります。
 ここは昨年8月12日、最高気温41.0度を観測し、国内最高を記録した所です。


拡大一斗俵沈下橋。長さは60.6メートル、幅は2.5メートルです
 途中、四万十川にかかる「沈下橋」をいくつも見ました。沈下橋とは、増水時に川に沈んでしまうように設計された、欄干のない橋のことです。四万十川には本支流に約60の沈下橋があるとされ、うち47本が県と流域市町村による保存対象になっています。現存する最古の沈下橋は、四万十町一斗俵にある一斗俵沈下橋で1935(昭和10)年につくられました。


 四万十市の中心部に向かうほど川幅も広くなり、ゆったりした四万十川の流れが河口から土佐湾、そして太平洋へと注いでいきます。

 駆け足の旅でした。

 「いやあ、『観字』を追って高知を案内したのは初めてやったき。今度はもっと愉快な字を探して待ちゆうきね。また遊びに来(き)いや」とすーさん。
 いいえ、この次は純粋な観光でうかがいます。見逃した「えいとこ(いい所)」が「こじゃんと(たくさん)」あるような気がしてならないので。

(奈良岡勉)

=おわり