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文字@デジタル

朝日字体の時代 14

比留間 直和

 こんなことを言うと叱られてしまうかもしれませんが、かつて朝日新聞が独自に使っていた略字「朝日字体」の中には、今の感覚で見ると「何という字のつもりか、すぐには分かってもらえないのでは?」と思ってしまうものもいくつかありました。
 筆者がそう感じた字の一つが、「ネへんに友」。これだけ言われて元の康熙字典体がパッと思い浮かぶとしたら、漢字字体に相当詳しいか、あるいは立派な朝日字体マニアでしょう。
 つくりが「友」だから読みはユウ? いえいえ。この字の正体は、のちほど。

             ◇

 では、社内資料「統一基準漢字明朝書体帳」第3版(1960年)に沿って、当時の活字字体を振り返っていきます。

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 今回は27ページからです。

  は瑪瑙(めのう)のノウ。「惱→悩」「腦→脳」にならって略した朝日字体です。今は康熙字典体の「瑙」を使っています。

  は玲瓏(れいろう)のロウ。以前とりあげた「朧」と同様、当用漢字の「瀧→滝」の略し方を表外漢字に当てはめることはしていません。

 
 少しとんで、「あおがしら」。「青」の上の部分という意味で、康熙字典にはない新設部首です。

  をこの「あおがしら」に分類するのはかえって分かりにくい気もしますが、それはともかく、この字は康熙字典体だと「ヨ」の真ん中の横棒が右に突き出た 。書体帳の字は、「雪」の新字体にならって右に出ない形にしたものです。
 書体帳が作られた当時、この字は当用漢字でも人名用漢字でもありませんでしたが、その後ハレー彗星の接近(1985~86年)などで名付けに使いたいとの希望が高まり、1990年に人名用漢字に追加されました。それまで人名用漢字は当用漢字や常用漢字にならった字体を採用するのが通例でしたが、このときは「雪」にならった字体ではなく康熙字典体が採用されたため、朝日新聞でもこれに合わせて1990年4月から右に突き出た字体に変更しました。
 なお、「彗」に「心」がついた「慧」のほうは、1981年に「ヨ」の形で人名用漢字になっており、そのため「彗」と「慧」は人名用漢字どうしでスタイルが食い違う状態になっています。

  は、それぞれ「麵」「麴」の「ばくにょう」を当用漢字にならって「麥→麦」と略した朝日字体。どちらも、JIS漢字の第1・第2水準の範囲に略字体しかない漢字の例として知られています。
 「麺」と「麹」の略字は、当用漢字以前の国語施策にも示されていました。1942(昭和17)年の国語審議会答申「標準漢字表」の準常用漢字のなかに、どちらも略字体を本則として掲げられています。
 その後、2000年の表外漢字字体表で伝統的な「麵」「麴」が印刷標準字体とされたため、朝日新聞でも2007年1月に紙面で使う字体を変更しました。しかし2010年の改定常用漢字表では略字の「麺」が常用漢字入りしたため、朝日新聞もこれに合わせて再び「麺」に。右往左往させられた感がありますが、現在は「麺」は新字体、「麴」は康熙字典体というふうに分かれています。
 「麹/麴」については、同僚が東京都内の地名表記の揺れを眺めて歩いた観字紀行「ぶらり麹町」(前編)(後編)がありますので、こちらもぜひご覧ください。

 
 次の「ねへん」は「示へん」の略体だけでなく、1画多い「ころもへん」も一緒になっています。
 ここに並ぶ表外字のなかで「ネへん」がつく12字のうち、 の3字は当時すでにこの字体で人名用漢字になっていたもので、今もこの字体が標準です。
 あとの9字は朝日新聞の判断による略字。このうち の5字はへんを「示→ネ」と略したのみで、現在は康熙体の です。
 

■だんだんと戻しました

 残る4字はつくりも略しており、この中に冒頭で触れた「ネへんに友」の が出てきます。
 これは (はらう)の略字で、へんを「示→ネ」としたのに加え、つくりにも当用漢字の「拔→抜」「髮→髪」の略し方をあてはめたものです。過去の紙面のほか、1986年発行の「朝日新聞の漢字用語辞典」(旧版)でも、実際にこの略字が使われていました。

 

 
 しかし、活字としてはやはり違和感があるとの判断に至ったらしく、1988年夏からつくりを戻した に変更しました。そして表外漢字字体表答申後の2007年1月からは、へんも「示」の康熙字典体にしています。

  の略字。当時人名用漢字で現在は常用漢字になっている「弥」(旧字は彌)と同じパターンですが、「祢」も古くから使われている形で、ひらがなの「ね」やカタカナの「ネ」は「祢」が元になっています。表外漢字字体表で が印刷標準字体とされたため、現在ではそちらを使うのを原則としていますが、「山口県美祢市」のように地名や人名では使い分けられており、一般用語でよく出てくるのは神職の「禰宜」ぐらいです。
 なお、広辞苑は最新の第6版で略字の「祢」に“転向”しています。詳しくは、2012年5月21日付の文字@デジタル「明日なりたいのは…」をご覧ください。

  は祈禱のトウの略字。現在、朝日新聞では康熙体の「禱」を使うことにしていますが、JIS第1・第2水準にはなく第3水準に属するため、一般にはまだ略字の「祷」がよく使われています。

  は「みそぎ」。つくりの「契」の左上の部分が当用漢字のスタイルになっています。現在は にしています。

 ころもへんの方を見ていきます。 は襦袢のバン(ハン)で、「半」の点々の向きを「ソ」にしたもの。現在は「ハ」にしています。

  は康熙字典体では ですが、「掲」などに合わせてつくりの「曷」を「ヒ」型にしたものです。1981年にこの新字体で常用漢字に入りました。

  は「褸」のつくりを当用漢字の「樓→楼」などとそろえた朝日字体で、現在は康熙字典体の「褸」を使っています。

  はしんにょうの点を一つにしたのみ。現在は2点です。

  は「襷」(たすき)のつくりに「擧→挙」を当てはめた朝日字体で、現在は「襷」を使います。

  (ふすま)はつくりを「奧→奥」、つまり釆を米に略しています。現在は康熙字典体の です。

 「瓦」にある は、康熙字典体の に当用漢字の「併」の略し方を当てはめたものですが、実際の活字は当用漢字以前からほとんどが「瓶」だったようです。「明朝体活字字形一覧」(1999年、文化庁)所載の活字総数見本帳23種のうち20種が「瓶」のみで、逆に のみという見本帳は一つもありません。
 この字は1981年に、書体帳と同じ「瓶」の字体で常用漢字表に入りました。

 

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 28ページに行きます。

 「田」のなかにある は、「田」の中央の縦棒は下の縦棒と一続きではなく、別々の画になっています。下の縦棒の起筆部分の右側が微妙に張り出しているのがお分かりいただけるでしょうか。康熙字典でも中央の縦棒は明らかに上下で切れています。
 一方、表外漢字字体表では「一続きに見える形」が印刷標準字体の欄に掲げられ、2004年にはこの形で人名用漢字に追加されました。ただ、「切れた形」も表外漢字字体表でデザイン差とされたことから、朝日新聞では現在も「切れた形」を使っています。
 では、最近の辞書はどのように掲げているのでしょうか。この字が人名用漢字になった2004年よりも後に出た主な漢和・漢字辞典9種で、「畢」の代表字体(見出し字)と画数を調べてみたところ、下の表のように三つのパターンに分かれていました。
 

 
 どの辞書もそれぞれの代表字体に対し、人名用漢字であることを示す記号を付しています。
 Aを掲げる三省堂の2辞書は、Bの字体は「異体字」としても載せていません。表外漢字字体表や人名用漢字で直接示されているのがBであっても、純粋にデザイン差なので区別する必要はない、との判断でしょう。
 代表字体にBを掲げる辞書でも、総画数を「11画」とするものは、中央の縦棒が途中で分かれているものとして数えています。活字字体におけるAとBの差が筆画の違いと連動するものではなく、あくまでデザイン的な違いであると見なしている点で、Aを掲げる2種と同じ姿勢であると言えます。(このうち新潮日本語漢字辞典は田部5画〈総画数10〉のところにもBの字体を「空見出し」として載せ、田部6画に誘導しています)
 これに対し、総画数を「10画」とする学研の2辞書は、この縦棒を「上から下まで一続きで書く」ものとして画数を数えています(どちらも筆順を図示しています)。つまり、AとBの違いが筆画と連動している、と考えているわけです。また、2辞書ともAの字体(総画数11画)を「旧字」と位置づけて、代表字体(B)の下に添えています。
 もちろん表外漢字字体表や人名用漢字には個々の字の画数は示されておらず、10画と11画のどちらが正しいという「答え」はありません。ただ、表外漢字字体表のなかでデザイン差を説明しているくだりでは、「畢」のAとBのちがいを「画数の変わるもの」というグループに入れており、「それならAとBは画数が違うはずだ」という解釈もできそうです。しかし、同字体表は画数を定める性格のものではありませんし、もともと明朝体では、別々の筆画でもBのようにストンと貫いて見える形に設計することがあります。表外漢字字体表のデザイン差における「画数の変わるもの」という分類は、「『画数が変わる』と解釈しうる」という程度に受け取るほうがよさそうです。

 
 次に「やまいだれ」に行きます。病気にまつわる字が多く、現在ではあまり使われないものも含まれています。

  は、当用漢字「包」の新字体に合わせて「巳」を「己」にした朝日字体。現在は康熙字典体のを使っています。

  は「トウ、うずく」。康熙字典体ではですが、右下の点の向きを「冬」の新字体にそろえました。当用漢字以前から活字には両方の形があり、表外漢字字体表でもデザイン差とされたことから、朝日新聞では今も書体帳と同じ字体を使っています。

  は痙攣のケイで、当用漢字の「徑→径」や「經→経」などに合わせて略した字体です。現在は康熙字典体の「痙」。

  は康熙字典体だと「瘦」ですが、当用漢字の「搜→捜」のつくりの略し方をあてはめました。表外漢字字体表で康熙字典体が印刷標準字体とされたため、朝日新聞でもいったん「瘦」に変更しましたが、2010年の改定常用漢字表で略字の「痩」が採用されたため、再び略字に戻しました。
 

 ■マなのかリンなのか 

 
  は、ちょっと事情が複雑です。この「やまいだれに林」を辞書で探すと「リン」という字が載っており、淋病を痳病とも書くことが分かります。しかし朝日字体という観点で見ると、「痲(マ)」の略字にもなります。麻酔や麻痺を「痲酔」「痲痺」とも書く、あの「痲」です。当用漢字で になったのをやまいだれの字にも当てはめれば、「痲」が「痳」になる、というわけです。

 戦後はどちらの字種も登場する機会がめったに無く、そのため紙面上の実績から書体帳作成時の「意図」を推し量るのは難しいのですが、その後、社内的にはこの字は「痲(マ)の朝日字体であり、同時に痳(リン)でもある」というふうに“解釈”していました。
 現在は辞書の記述と同じく、別字扱いにしています。

  は麻痺のヒ。当用漢字の「卑」の新字体に合わせ、画数が増えています。現在は康熙字典体のを使っています。

  は痔瘻などのロウ。当用漢字の「樓→楼」などにならって略した朝日字体です。現在は康熙字典体の「瘻」です。

  は「癈」の略字。当用漢字の「發→発」や「廢→廃」に合わせました。ただ、戦後は「廃」を使うのが原則となり、また「癈疾(廃疾)」などの言葉はそれ自体が使われなくなってきたため、紙面にこの朝日字体が出ることはあまりありませんでした。現在は康熙字典体の「癈」に変更していますが、字体を変えてから紙面で見たことは一度もありません。

  は癇癪のカン。康熙字典では「やまいだれに閒」のですが、当用漢字以前から「やまいだれに間」の活字もありました。書体帳では当用漢字の「間」にあわせていましたが、表外漢字字体表ののち、朝日新聞でも康熙字典体に変更しました。

  は康熙字典体はですが、当用漢字の「諭」や「輸」の新字体に合わせた朝日字体です。1981年の常用漢字表に新字体で追加され、一般にもこれが標準となりました。

  は康熙字典体のに当用漢字の「賴→頼」を当てはめました。ハンセン病の旧称で、現在は康熙字典体にしていますが、紙面に出てくるのは歴史的文脈に限られます。

  は癲癇(てんかん)や瘋癲(ふうてん)などの言葉に使われる字で、当用漢字の「眞→真」を適用した朝日字体です。現在は康熙字典体の「癲」にしていますが、やはり紙面に登場する機会は多くありません。

(つづく)

(比留間直和)