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観字紀行

一本、二本、三本……「○本松」を踏破せよ(3)

広瀬 集

名古屋にも「○本松」が

拡大名古屋市内の○本松
 福岡を出発し、広島、奈良、京都と東進中の筆者。次は名古屋です。インターネットの地図サイトで「○本松」を検索すると、愛知県の地名がいくつもヒットするので、立ち寄ってみました。


 三種の神器の一つ「草薙の剣」で有名な熱田神宮の東に、熱田区三本松町があります。鉄道車両メーカーの日本車輌製造の本社や大規模な集合住宅がありますが、松らしき木は見当たりません。「なごやの町名」(名古屋市計画局編)によれば「いわれは定かではない」が、「松の数のつく地名は旧街道沿いにみられる」ため一里塚や分岐点などがあったのではないかと推察しています。

拡大三本松町の交差点。角の焼き鳥店の辺りが、松の生えていた場所か
 名古屋市立鶴舞中央図書館(昭和区鶴舞1丁目)に、毎日新聞の昭和20年代の連載「町名由来記」の切り抜きがありました。それには、岡崎につながる「平針街道」が通っていて、「三本の松が……電車通りから一本東の四つ角の東側にたっていた。昭和のころにはまだ二本残っていたというが、空襲で根こそぎ吹っとんだそうだ」とありました。文中にある「四つ角」は、右の写真の辺りでしょうか。


拡大五本松町に松の気配は感じられず
 熱田神宮の北西には五本松町もありますが、残念ながら松に関する有力情報は得られませんでした。


拡大七本松通の様子
 鶴舞中央図書館の近くには「七本松(ひちほんまつ)通り」があります。1969(昭和44)年に現在の「中区千代田」となるまでは「七本松町」だったそうです。


拡大通りから少し入ったところにある七本松神社。傍らの石碑に「名木二代目七本松」と刻まれている。昭和まで残っていたのは2代目だった?
 「町名由来記」によれば清洲(愛知県清須市)へ抜ける街道の松並木の一部で、すでに「徳川時代には三本だけしか残っていなかった」そうです。最終的に1本となったため「昭和初めに七本松保存会ができ上って幹をワラで包んでやるやら囲いをするやらで周囲約五メートル、高さ三十五メートルぐらいの市内一の大木となったが、その苦労も戦争に吹っ飛ばされ」たとのこと。一方、「なごやの町名」は「大正の初めに枯れ」たとしていました。詳細は不明ですが、近くの神社に石碑が残っていました。


拡大一本松の町並み
 名古屋市天白区には「一本松」もあります。こちらは平成に入ってから区画整理で登場した町名です。以前は「天白町大字植田」の中の字(あざ)だったようです。「なごやの町名」には、かつて街道を行き交う人々の目印になる大きな松があったが、江戸時代末期の安政年間(1854~1860)に台風で折れた、との逸話が紹介されています。


三河も負けてはいなかった

 名古屋市内だけでも「一」「三」「五」「七」が見つかりました。多くは街道沿いの目立つ松が由来のようです。愛知県は昔から、東海道をはじめいくつもの街道が集まる交通の要所でした。そのために「○本松」が多いのでしょうか。

拡大豊田市堤町六本松。右の建物はトヨタ自動車堤工場
拡大工場の向かいには5本の松が。あと1本あれば……
 三河地方にも足を運んでみましょう。豊田市堤町には「六本松」があります。目の前はトヨタ自動車の堤工場です。駐車場の近くに大きな松が数本生えていたので「これか?!」と思ったのですが、周りには他に何本も。工場ばかりで古くからの家は見当たらず、詳しい話は聞けませんでした。「豊田市史」にも「松の本数からこの名がついた」としかありません。


拡大岡崎市渡町八本松は、広々とした河川敷
 岡崎市渡町「八本松」(はちほんまつ)は標識も看板もない、矢作川沿いの広大な河川敷でした。途方に暮れましたが、隣接地域の方から貴重なお話を伺いました。戦前、この地に神社があり、松が生えていたそうです。ただ、この方以外は「そんな地名は知らない」との答えばかり。住む人がいないと地名も忘れられるのかもしれません。


拡大田原市六連町四本松。スイカなどを栽培中
 次は田原市の六連(むつれ)町「四本松」(しほんまつ)へ。こちらは一面の畑。農作業中の方によると、この辺りは昔は山で、戦後に国有林を開墾した土地だとのこと。昔から四本松と呼んでいたようですが、由来は分からないそうです。


拡大新城市二本松
 最後に新城市「二本松」。市役所の東にある住宅地で、松の気配はありません。この地に長く住む方のお話では、戦争前後、ある屋敷に3本の大きな松があって当時は周辺を三本松と呼んでいたが、その後1本無くなった頃に、この地域に正式な字名をつけることになったので「二本松」にした、とのことでした。


拡大二本松のあったお宅では、次代を担う(かもしれない)松が生育中
 松のお宅を訪ねると、道路拡張に伴い伐採したようで、既に1955(昭和30)年頃にはなかったと教えてくれました。これまで訪ねたのはほとんどが明治以前から伝わる「○本松」でしたが、これは最近生まれた珍しい例です。


 「一」から「八」まで、なんと愛知県内だけで踏破できました。愛知県はまさに「○本松」の宝庫でした。

拡大樹齢300年以上のものもある、御油の松並木。松がたくさん並んでいるからか、この辺りの地名は「並松」
 とは言え、三河地方で訪ねた「○本松」は街道とは直接関係なさそうです。逆に、旧東海道沿いに残る国指定天然記念物「御油(ごゆ)の松並木」(豊川市御油町)からは、「○本松」の地名が生まれていません。約600メートルに300本もの松が並ぶ姿は、壮観の一言ですが、こんなに松があったら、1本、2本と数える「○本松」と名付けようがないのでしょう。単純に「愛知県は街道が集まるから『○本松』も多い」とも言えないようです。


なぜ「○本松」が多いのか?

拡大今回訪ねた愛知県内の○本松
 ではなぜ愛知に多いのでしょう。実は今回訪ねた三河の「○本松」は「字(小字とも)」です。字は主に狭い範囲で使われていた細かい地名。松の木は背が高かったり枝分かれしたりと個性豊かで目印になりやすく、字名にうってつけです。おそらく、「○本松」は字としてなら、愛知県に限らず全国各地に存在しているのではないでしょうか。


拡大名古屋グルメの定番、ひつまぶし
 字は一般の地図には載りません。明治に入って私有地に地番をつけることになり、多くの地域では村単位(後の大字)で1から順番に番号を振りました。これにより「大字+地番」で場所を表せるようになり、地図にわざわざ字を載せる必要がなくなりました。


拡大名古屋人の心の友、小倉トースト。モーニングなのでゆで卵も付いています
 一方、愛知県の一部や東北地方などでは、村(大字)の字ごとに1から番号を振りました。例えば「大字甲」の中に「字乙1」「字丙1」「字丁1」が存在する場合、字を示さずに「大字甲1」とだけ言っても、どこを指すか分かりません。そのため字を省略せず地図にも載せていることが多いのです(あくまで概略です。都市部では建物に番号を振る「住居表示」〈例:東京都中央区築地5丁目3番2号〉が導入されており、ややこしいです。詳しくは「住所と地名の大研究」〈今尾恵介著〉などをご参照ください)。


 実は字は、愛知の一部や東北以外でも消滅しておらず、表に出ないだけです。戸籍や土地の登記簿などには字も省略せずに書かれています。地図には地名として載っていないのにバス停や交差点名などが「○本松」と名付けられていたら、それは隠れた字が顔を出したのかもしれません。

 字という小さな単位で「○本松」を満喫した今回。では逆に大きい単位は? 「○本松」県はありませんが、市なら……最終回は一気に東北へ! いまだ登場しない「九」は見つかるのでしょうか。

(広瀬集)