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文字

観字紀行

一本、二本、三本……「○本松」を踏破せよ(4)

広瀬 集

福島県二本松市 全国で唯一自治体名に

 前回は字(あざ)に残る「○本松」を回った筆者。文字を見る「観字紀行」なのになかなか地名表記が見当たらず、「本松」の字が恋しくなりました。ならば、と訪ねたのが、今や全国で唯一の「○本松」自治体、福島県二本松市です。

智恵子の杜公園の展望台から安達太良山を望む。残念ながら「ほんとの空」は厚い雲に覆われていました……拡大智恵子の杜公園の展望台から安達太良山を望む。残念ながら「ほんとの空」は厚い雲に覆われていました……
 二本松市中心部は阿武隈川と安達太良(あだたら)山(1700メートル)に囲まれた地域です。「智恵子抄」で有名な詩人・高村光太郎(1883~1956)の妻・智恵子(1886~1938)は、東京在住中、安達太良山方面に広がる「ほんとの空」を見たいともらします。

智恵子の生家。土間までは入って見学可。記念館はこの裏手拡大智恵子の生家。土間までは入って見学可。記念館はこの裏手
 二本松はその智恵子のふるさとです。

 造り酒屋だった智恵子の生家は公開され、隣接地に記念館が設けられています。

(左上から時計回りに)商工会議所、郵便局、警察署、市議会。当然ながら全て二本松。中央、某有名居酒屋も!拡大(左上から時計回りに)商工会議所、郵便局、警察署、市議会。当然ながら全て二本松。中央、某有名居酒屋も!
「二本松」の由来は諸説あり

 市名ともなればそこらじゅうが二本松。あっという間に「○本松」欲(?)が満たされます。二本松の地名は、既に室町時代の文献に見られるほど歴史があり、明治初期には廃藩置県に伴って一時「二本松県」も置かれました。これだけ古ければ、由来も諸説あります。

県立霞ケ城公園。二本松城跡は国史跡。立派な松が何本も拡大県立霞ケ城公園。二本松城跡は国史跡。立派な松が何本も
 その一つは、室町期の領主・畠山氏(二本松氏)の居城に2本の霊松が生えていた、というもの。二本松城跡である霞ケ城公園には大きな松が何本もそびえていましたが、案内板には特に「傘松」「鶴松」が紹介されていました。

傘松。キノコのようにも見えますね拡大傘松。キノコのようにも見えますね
 傘松はその名の通り、傘状に広がった枝が約14メートルに及ぶ名木。市指定天然記念物で、樹齢は約300年だそう。もっとも、二本松城の築城は15世紀前半ですし、畠山氏はそれまで別の拠点にいたので、現在の傘松が二本松の由来ではなさそうです。

 一方の鶴松は懸命に探しましたが見当たりません。市に尋ねると、数年前の大雪で折れてしまったそうです。

四本松城跡。右上はふもとの案内板。山道を分け入って登ると、この開けた場所に到達。奧の方に、わずかに石碑(右下)が立つのみでした拡大四本松城跡。右上はふもとの案内板。山道を分け入って登ると、この開けた場所に到達。奧の方に、わずかに石碑(右下)が立つのみでした
 他に、かつて6本の素晴らしい松があり、うち2本を畠山氏が城に移植したため「二本松」となり、残り4本は「四本松」と呼ばれるようになった、との説もあります。

 真偽は定かではありませんが、実際に四本松と呼ばれる地域が二本松市長折にありました。ここには室町期の山城・四本松城跡があり、「しおのまつ」城と読みます。

岳温泉の入り口。泉質は酸性で、肌に刺激を感じました拡大岳温泉の入り口。泉質は酸性で、肌に刺激を感じました
 一日中歩き回って疲れたので、二本松が誇る名湯・岳(だけ)温泉で汗を流しました。

 初代征夷大将軍の坂上田村麻呂(758~811)が見つけたと伝えられます。

奇跡の松へ

 翌日。松を求めて東北まで足を延ばした以上、「あの場所」に行かねばなりません。福島駅から一ノ関駅まで東北新幹線で約1時間、さらにJR大船渡線で気仙沼駅まで1時間半。そこから先は東日本大震災の被害が甚大で鉄道が復旧しておらず、JR東日本の代替バスで30分。たどり着いたのは、岩手県陸前高田市の「奇跡の一本松」駅です。バス停ですが、鉄道の代替路線なので駅となっています。

奇跡の一本松駅。周りは更地になっていて何も残っていませんでした拡大奇跡の一本松駅。周りは更地になっていて何も残っていませんでした
 大津波で壊滅的な被害が出たこの地では今、整地が進められています。がれきはほぼ撤去され、はるか遠くまで何もない状態。

造成中の津波被害地域。何もなくなった土地に、工事の音だけが響いていました拡大造成中の津波被害地域。何もなくなった土地に、工事の音だけが響いていました
 近くの高台から土を運ぶベルトコンベヤーが張り巡らされ、聞こえるのは工事の音だけです。あまりに何もない光景に絶句。津波の恐怖すら思い浮かびません。

奇跡の一本松。昨年、複製となって再びこの地を見守っている。奧の建物は全壊したままの陸前高田ユースホステル拡大奇跡の一本松。昨年、複製となって再びこの地を見守っている。奧の建物は全壊したままの陸前高田ユースホステル
 奇跡の一本松はコンベヤーに隠れ、駅からは見えません。10分ほど歩き、今は複製となった姿をようやく目にできました。

 この日はよく晴れ、海も穏やか。恐ろしい牙をむいたとはとても思えませんが、松の近くで原形をとどめぬ建物を見て背筋が凍りました。7万本が群生していた名勝「高田松原」の痕跡もほとんどありません。大阪勤務が長かった筆者は、今回が初めての津波被災地の訪問。ただただ、松の前で手を合わせ続けることしかできませんでした。

 前回触れたように、字が表に出なくなったり合併や区画整理で消滅したりして、忘れられた地名も少なくありません。全国の「○本松」も例外ではありませんが、奇跡の一本松は新たに残っていくものでしょう。むしろ地名になるほど語り継いで残さなければならないものです。

宮城・気仙沼にも「二本松」

気仙沼市長磯二本松の二本松。今は一本だけ残っている拡大気仙沼市長磯二本松の二本松。今は一本だけ残っている
 陸前高田からの帰り、宮城県気仙沼市長磯の「二本松」にも寄りました。現地に着くと、国道45号沿いに立派な松が。

 近づいてみると、まさに地名の由来となる松でした。仙台と青森を結ぶ「気仙道」の一里塚に植えられた松で、石碑によると樹齢は300年以上。「奥州二本松」と称されていたそうです。思いがけず、当初の目的だった「○本松」の由来となる初代の松に出会うことができました。1966(昭和41)年に国道の拡張工事で1本が伐採され、今は1本のみ。震災時にはここまで津波が来たようですが、無事だったのですね。今後も長生きして、地名の由来を伝え続けてほしいものです。

ついに「九本松」を発見!

 ……ところでずっと引っ張ってきた「九本松」。当初はネット検索中心で探し、見つからず諦めかけていました。しかし旅を続ける中で、字の重要性を感じた筆者。無謀とは思いながら「角川日本地名大辞典」の各巻末にある「小字一覧」を片っ端から当たってみることにしました。

 すると運の良いことに、数冊目に手にした「佐賀県」で、「九本松」を発見! しかしよく見ると、佐賀の字名は異様なほど「○本松」だらけ。九どころか十、十一、十二……十六までありました。しかも「松」のみならず、「○本杉」「○本柳」「○本桜」「○本椎」……樹木ばっかり!!

神埼市神埼町姉川の字九本松あたり。一面の田んぼでした拡大神埼市神埼町姉川の字九本松あたり。一面の田んぼでした
 この地名が多く見られる地域を地図で見てみると、どうも網の目のように水路が広がる佐賀平野の田園地帯のようです。佐賀市の隣、吉野ケ里遺跡の一部がある神埼市を急きょ訪ねてみました。市役所で字図を特別に見せていただいたところ、あるわあるわ、「○本松」。旧神埼町の区域だけでも、九本松が2カ所ありました。そのうち同市姉川の字九本松に行ってみると……予想どおり、一面の田んぼ。神社など所々に樹木は見えるものの、松は見当たりません。

機械的に付けられた地名?

神埼市神埼町姉川地区の一部。「○本松」の隣には「○本杉」も「十二」まである拡大神埼市神埼町姉川地区の一部。「○本松」の隣には「○本杉」も「十二」まである
 字図をもとに、姉川地区の字の一部を地図にしてみました(字図は90年代の調査を基にしていて現在とは細部が少し違う可能性もあるそうなので、境界線は省き大まかな場所のみ示しています)。だいたい数字順に並んでいます。さすがにこんなに都合良く松は生えないですよね……。

 佐賀平野の地名についての研究がある九州大学大学院の服部英雄教授(日本史)によると、明治に入って、地租改正の測量の際に機械的に付けられた字名なのだそうです。実際の樹木が生えていた可能性は薄く、「松」「杉」などは土地の良しあしを表しているとの説もあるようですが、史料が少なく、よく分かっていないのだとか。ただし一部地域では江戸時代から数字順の「○本+樹木」が見られるので、佐賀藩の命名法を明治期の役人が導入した可能性はあるとのことでした。全国各地を研究してきた服部教授もこのような字の付け方は「他に聞いたことがない」そうです。

 今回はここでタイムアップ。さすがに全都道府県の字名となると膨大で、独力では調査しきれませんでした。この紀行でもし興味をもった方がいらっしゃったら、身近な地域の地名を探ってみてはいかがでしょう。隠れていた豊かな歴史が、顔をのぞかせるかもしれません。由来の松がある「九本松」も、どこかにないかなぁ。

(おまけ)

「六本松九大前」が「六本松駅前」に変わっていました!拡大「六本松九大前」が「六本松駅前」に変わっていました!
 最後に九州に戻ったので、旅の出発点である福岡市中央区六本松に2カ月ぶりに立ち寄りました。「『六本松九大前』なのに九大が無い!」と初回にふれた交差点の表示が、「六本松駅前」に変わっていました! 地名が変わったわけではないものの、時が経つごとの変化を改めて感じた、旅の終わりでした。

(広瀬集)

=おわり