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朝日字体の時代 17

比留間 直和

 このシリーズで1ページずつ眺めている社内資料「統一基準漢字明朝書体帳」(第3版)は、戦後の朝日新聞が自社の活字整備のために当用漢字を含む4000字を選んでその字体基準を示したものですが、前回までに見てきたページに出ている漢字を合計すると、すでに3227字(筆者調べ。特にコメントを記していない字を含みます)に上ります。残るはあと800字足らず。引き続きお付き合いください。
 今回も、朝日字体と言いながら途中で形が揺れ動いた字が出てきます。

 《「書体帳」の各版の概要はこちら》

         ◇

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 では今回は34ページから。まずは舟へんです。

 (はしけ)はつくりの点の向きを当用漢字「浮」などの新字体に合わせたもの。現在は康熙字典体の を使っています。

  は康熙字典体だと ですが、当用漢字の「搜→捜」にならって略しました。これも現在は康熙字典体にしています。

 「艮」にある は「艱難」のカン。康熙字典体 の左半分を「難」や「漢」の新字体に合わせて略した朝日字体です。現在は康熙字典体を使っています。

 次の「虍」にある (おそれ)は、日本国憲法に使われていることから当用漢字に入った字の一つです。書体帳で表外漢字の列にあるのは、1954年に国語審議会が作成した「当用漢字補正資料」で削除28字に入り、新聞業界がこれを先行実施したため(現在も新聞では表外扱いです)。康熙字典体だと ですが、当用漢字字体表がこの新字体を示しました。

 「虫へん」には数多くの表外漢字が並んでいます。

 (タン)はもともと中国南方の少数民族を指す字ですが、日本では、海で魚介をとる人を指す「あま」として使われてきました。
 漢和辞典では、上半分の「延」のうち「止」の部分の最後の2画がつながった の字体が掲げられていますが、書体帳の字体は当用漢字の「延」にそろえた形になっています。現在の朝日新聞は漢和辞典の字体です。
 最近はふつうのニュースであまさんを表すときにこの字を使うことはまずありませんが、短歌や俳句など文芸作品のほか、北九州市若松区「蜑住」(あますみ)という地名で時折登場しています。

  は螽斯または螽蟖で「きりぎりす」。書体帳の最初の版(初版A)では「冬」の点々が「冫」になった康熙字典体の でしたが、二つ目の版(初版B)で当用漢字「冬」にあわせた字体になりました。「明朝体活字字形一覧」(1999年、文化庁)で当用漢字以前の主な活字総数見本帳の字を見ると、明治時代から両方の形があったことがわかります。大漢和辞典が掲げる字も、書体帳第3版と同じ「上半分が新字体の冬」です。
 こうしたことから、朝日新聞では現在も書体帳第3版と同じ字体を使っています。

  は、漢和辞典ではつくりの「亡」の左側が突き出ない が掲げられていますが、当用漢字以前から書体帳のようなデザインの活字もありました。
 表外漢字字体表では が印刷標準字体として掲げられていますが、「亡」の左上が横に出るかどうかは「デザイン差」と認められているため、朝日新聞では現在も書体帳と同じ形を使っています。

  は、「」(かき)の略字。当用漢字の「」と同じパターンです。この略字は当用漢字以前の活字にも既にありました。
 貝のカキ以外でも、この字はたびたび紙面に登場してきました。東京・日本橋の「蛎殻町」(かきがらちょう)という地名です。かつては大阪・堂島と並び称される米穀取引所が置かれていました。戦前の紙面を見ると康熙字典体で「蠣殼町」と書かれていますが、戦後は略字で「蛎殻町」としてきました。

 朝日新聞では現在、一般的な用法では康熙字典体の「蠣」を使うことにしていますが、「かきがら町」は現在「蛎殻町」が正式な表記になっているため、それに合わせて例外的に略字を使っています。

 (たこ)はつくりを当用漢字の「肖」などにそろえたもの。現在は康熙字典体の にしています。

1953(昭和28)年6月27日付夕刊

  は、ロウソクのロウ。康熙字典体は「」ですが、当用漢字の「」の略し方をあてはめた朝日字体です。筆者がこれまでに見つけた範囲では、1953年6月27日付夕刊の本文活字で使われているのが最も古い用例です=右の画像
 現在、紙面では康熙字典体を使うのを原則としていますが、JIS第1・第2水準には略字の「蝋」しかなく、康熙体の「蠟」は第3水準に属しているため、ネットなどでは今なお略字がよく使われています。

  は「蜘蛛」でおなじみの字。略字とは関係ありませんが、以前取り上げた「殊」や「珠」と同じく、書体帳の最初の版(初版A)ではつくりの「朱」の下がはねた でした。これは当用漢字以前の一般的な活字字形の名残で、「明朝体活字字形一覧」所載の活字総数見本帳23種のうち16種が「はねた形」です(「はねない形」が6種、どちらも無しが1種)。

  はひぐらし。つくりの「周」が当用漢字の新字体にならった形になっています。「明朝体活字字形一覧」を見ると、当用漢字以前にも書体帳のようなデザインの活字がちらほら見られます。
 現在は康熙字典体の です。

  は蜻蛉(とんぼ、かげろう)で使われる字で、つくりの「青」が新字体になっています。現在は康熙字典体の

  はさそり。当用漢字の「掲」などに合わせてつくりを略したもので、現在は康熙字典体の にしています。右側に「欠」が加わった「」という字も「さそり」として使われますが、書体帳では「欠なし」の字だけが掲げられていました。

 

■行きつ戻りつした字体

 

 (にな)は「カワニナ」など巻き貝の種類で、当用漢字の「」にならってつくりを略した典型的な朝日字体です。しかしその後、ちょっと複雑な経緯をたどりました。
 1988年秋、当時の用語担当者が作った文書には、《1973年に一部のサイズの字を の字体に変え、以来 が混在していたので、このたび にそろえる》 という趣旨の記述があります。縮刷版を見ると、確かに1973年の終わりごろから1989年の夏ごろまで、右下の「己」の部分を旧字の形(ふしづくり)に戻した(しかし「巻」の上の点々の向きは「ソ」のままの)  の字体が紙面に出ていました。下の画像は、戦後の朝日新聞の「蜷」の移り変わりを見出しの字で追ったものです。

 1973~89年にこの字が「半歩後退」(朝日字体の立場から見て)していた理由を示す資料は見たことがありませんが、外部から何らかの申し入れなどがあったのかもしれません。
 1989年の途中からは再び本来の朝日字体を使っていましたが、2007年1月、他の多くの表外漢字とともに康熙字典体の に変更しました。

  は「蝙蝠」(こうもり)として使われる字。漢和辞典ではつくりの上部の「戸」の上の横棒が左はらいになった ですが、書体帳は当用漢字の「編」や「偏」などと同じスタイルです。実は康熙字典そのものも書体帳と同じ字体を掲げており、そのため当用漢字以前の活字も「戸」型が一般的でした。
 この「戸/戶」の違いは表外漢字字体表でデザイン差とされているため、朝日新聞では現在も書体帳と同じ字体を使っています。

 (せみ)は当用漢字の「單→単」などに合わせて略したもので、現在は康熙字典体の「」を使うことにしています。ただ、JIS漢字では第1・第2水準に略字の「蝉」しかなく、康熙体の「蟬」は第3水準に含まれているため、現在もネットなどでは略字がよく使われています。
 以前「八日目のナカグロ」(2011年12月5日付)で取り上げた際は、この字の康熙体を表すのに画像を用いました。JIS補助漢字にない「蟬」は「Windows XP+IE6」という環境だと「・」(中黒)になってしまうためでしたが、さすがにもう「XP+IE6」のことまで考えなくてもよさそうなので、最近はそのまま入力しています。ご了承ください。

  は康熙字典体だと「」。前回出てきた「縄」(当時は表外漢字)と同じ略し方です。当用漢字に同じ略し方はありませんが、やはり「縄」と同様、1942年の国語審答申「標準漢字表」で略字の「蝿」が「一般に使用せらるべき簡易字体」として掲げられ、また朝日新聞でも戦時中、本文用活字で略字の「蝿」を使っていた時期がありました。
 現在は康熙字典体の「蠅」を使うことにしています。

  は「蟷螂(螳螂とも)」のロウ。当用漢字の「」にならって点をひとつ減らした朝日字体です。現在は康熙字典体の  になっています。
 ところで、トウロウの「トウ」のほうは、同じ行に の両方が見えます。音は同じでも異体どうしというわけではなく、両方とも使われているため、片方だけに絞ったりはしませんでした。後者のほうはつくりが「当」の旧字体の「當」ですが、 に略すこともしませんでした。

  は先ほど出てきた「螽」とあわせて「螽蟖」(きりぎりす)という言葉に使われます。字体の問題とは関係なく、JIS第1・第2水準にはもともと入りませんでした。JIS漢字の6349字(1978年規格の漢字数)に選ばれなかった字が、それより約20年早く作られた書体帳の4000字に入っていたことに面白さを感じます。いずれ、ほかのいくつかの字とあわせて「書体帳4000字に入ったJIS外漢字」という切り口でまとめてみたいと思っています。

  は「蟋蟀」(こおろぎ、きりぎりす)で使う字。書体帳の最初の版(初版A)では康熙字典体の でしたが、二つ目の版(初版B)からはつくりの点々の向きを当用漢字の「率」の新字体にそろえました。現在は康熙字典体を使っています。

 

■尾籠な話で恐縮ですが

 

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 35ページに行きます。

  は、睾丸のコウ。上の部分は「血」の形とは違いますが、似ているので便宜的に「血」のところに入れたのでしょう。康熙字典では目部に属します。
 この「睾」の字そのものは康熙字典や漢和辞典に出ているのと同じであり、朝日独特の字体というものではありませんが、少し時代をさかのぼってみると、我々が知る「睾」とは違う形の活字が使われていました。
 明治や大正期の朝日新聞にたびたび出ている「睾丸」関係の(痛そうなものばかりです)記事や見出しをよく見ると、軒並み、「睾」の1画目がない「睪」という形になっています=右下の画像。「沢」の旧字である「澤」のつくり、というと分かりやすいでしょうか。

1922(大正11)年5月24日付夕刊

 漢和辞典でこの「睪」を引くと、読みはエキで、「うかがい見る」といった意味が記されており、睾丸のコウとは別の字です。しかし、大漢和辞典は「睪」について、中国の古い字書を引く形で「俗に睾に誤用す」と記しています。また、大正時代から発行され戦前よく用いられた「大字典」(上田万年、栄田猛猪ほか編。手元にあるのは戦後の復刻版)は、「睾」のところで「今は睪と通用す」と述べており、戦前の新聞が「睪丸」と表記していたことと符合します。

 「明朝体活字字形一覧」所収の当用漢字以前の活字総数見本帳23種を見ても、
 ・「睪」「睾」ともあり……2種
 ・「睪」のみあり……12種
 ・「睾」のみあり……1種
 ・いずれもなし……8種
 という状況です。やはり「睾」よりも「睪」のほうが多く使われていたのでしょう。
 しかし戦後の書体帳では、辞書に従って「睾」を掲げました。その後、朝日新聞で「睪」を「睾」の代わりに使ったことは無いと思います。
 戦後は、当用漢字や朝日字体など「大幅な略字化」が図られた一方で、「睪丸→睾丸」のように、字によっては漢和辞典に基づく「正常化」が進んだ時期でもありました。

  は、土囊のノウ。ちょっと分かりにくいですが、真ん中あたりの「ハ」のところが「口」二つになっている「」が康熙字典体で、書体帳の字は当用漢字の「」などにならって略したものです。
 現在は康熙字典体を使うことにしていますが、JIS漢字では第1・第2水準に略字しか含まれず、康熙体は第3水準にあるため、ネットなどでは今も略字がよく使われています。

  はおなじみの字ですが、当用漢字にはなく1981年の常用漢字表から加わった字で、書体帳のころは表外漢字でした。現在の常用漢字表では「いわゆる康熙字典体」として雨かんむりの「」が掲げられていますが、当用漢字以前に実際に多く使われたのは、 または現在の常用漢字と同じ「」でした。書体帳では、もともと使われていた活字字体のうち、当用漢字の「要」にならって上部が「覀」の形を採用したわけです。

  は、つや。康熙字典体は「」ですが、当用漢字の「」と同じ略し方をしています。この字は、書体帳作成時にすでにこの新字体で人名用漢字になっており、朝日新聞独自の略字ではありません。
 2010年には新字体で常用漢字に入りました。

(つづく)

(比留間直和)

※9月は都合により更新を休みます。次回は10月29日の予定です。