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文字

観字紀行

題字のふるさとを訪ねて(2)

山室 英恵

拡大主な石碑配置図
 朝日新聞の題字のふるさとを訪ねて、山梨県市川三郷町の大門碑林公園に来ています。
 前回は目的の大唐宗聖観記碑(だいとうそうせいかんきひ)にたどり着く前に、欧陽詢(おうようじゅん)の九成宮醴泉銘碑の前で一休みしました。


目指す碑まであと少し

拡大入り口がずいぶん下に見えます
 階段をさらに上っていきます。途中、北魏の石碑で、魯郡の太守だった張猛龍(ちょうもうりょう)の徳をたたえる張猛龍碑(522年)、北魏の宣武帝の皇后の弟である高貞(こうてい)の業績などを記した高貞碑(523年)を鑑賞します。
 その先は坂を上ります。筆者が訪れたのは8月上旬。筆者は普段、一日中パソコンの前に座って文字を作っており運動不足ぎみ。歩く距離はさほどでもないのに汗だくです。


拡大書道展の歴代大賞作が並ぶ
 坂の左手に、市川三郷町で開かれる書道展の歴代大賞作品の碑が40基ほど並んでいました。さらにその先、石碑がたくさんある広場に大唐宗聖観記碑があるはずです。


拡大ついに大唐宗聖観記碑に到達
 最後の階段を上ると、目的の碑は右手に立っていました。説明文には、朝日新聞の題字は大唐宗聖観記碑の文字を集めて作られていると記されていました。この碑が朝日新聞の題字のルーツであることを筆者が知ったのは、今のフォント部門に移ってからでした。自分の不勉強を恥じつつ、気を取り直して鑑賞していきます。


 石碑の上の方は、カメラを載せた三脚を思いっきり頭上に掲げて、やっとファインダーに入るぐらい。高さは3メートルはありそうです。石碑に刻まれている文字はおよそ3センチ四方です。

 それでは、題字の基になった文字を探し、朝日新聞の題字と見比べていきたいと思います。

「朝」はどこだ

 まずは、「朝」から。朝は石碑の右下と中央左の少し下の2カ所にありました。

拡大石碑右下の「朝」
拡大中央左少し下の「朝」


 

拡大中央少し右上の「廟」
拡大右下の「廟」
拡大左下の「廟」
 もしかすると「朝」そのものだけでなく、字の一部に「朝」が含まれる文字を参考にしているかもしれません。
 碑文には「廟」が三つありましたが、「月」部分の払いの形が「朝」の文字ほどはっきり跳ねあがっていませんでした。「朝」の偏とつくりの関係から判断すると、「朝」は石碑の中央左の「朝」から取ったようです。


「日」は3文字あった

拡大日付部分の「日」は、3画目が点
 次に、「日」を探します。文末の日付の部分にある文字は、題字とは3画目の形が全く違います。


拡大右上の「日」
拡大中央の「日」も、3画目が点
 他の場所を探すと、見つかったのは石碑右上と中央。正確な記録が残っていないため、3画目が点の「日」を基にしたのか、あるいは直線の「日」なのかは分かりませんが、おそらくは石碑右上の字でしょう。


 次回は引き続き、「新」と「聞」の文字を探していきます。

(山室英恵)