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朝日字体の時代 19

比留間 直和

 戦後の朝日新聞の活字字体を眺めていくこのシリーズも、だんだん終わりが近づいてきました。前回は「車へん」で終わりましたが、これは「統一基準漢字明朝書体帳」で採用されている153の部首のうち136番目。あと17の部首を残すのみです。

 《書体帳の各版の概要はこちら》

 では引き続き、「書体帳」第3版(1960年)に沿ってご覧いただきましょう。今回は38ページからです。

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 ひよみのとり(酉)の表外漢字の中にある は、もちろん醬油のショウ。康熙字典体だと上半分の「将」が旧字の形になった「」ですが、戦後の朝日新聞は当用漢字の「将」の新字体に合わせた略字を採用していました。しかし、2000年に国語審議会が答申した「表外漢字字体表」で康熙字典体の「醬」が印刷標準字体とされたため、朝日新聞でも2007年1月からは原則として康熙字典体を使うことにしています(とはいえ表外漢字なので、新聞では「醬油」は平仮名で「しょうゆ」と書くのが基本です)。

 情報機器に広く搭載されているJIS第1・第2水準の範囲には略字の「」しかなく、康熙字典体の「」は第3水準に属するということもあって、一般には今も略字がよく使われています。仕事場近くのコンビニで米菓をいくつか買ってみたところ、パッケージの字はいずれも略字の「醤油」でした=右の写真

  は「酢」と通じて使われてきた字。特に「醋酸(さくさん)」という言葉で多く登場していたことから書体帳の4000字にも残ったと思われますが、1956年の国語審議会報告「同音の漢字による書きかえ」で「醋酸→酢酸」の書き換えが示されており、今では一般の日本語表記に「醋」が出てくることはめったにありません。
 ただ、中国では酢のことを「醋」と表記していることから、「糖醋排骨」(スペアリブの甘酢煮)などの中国料理名や、「香醋(こうず)」など中国由来の言葉の表記で時々登場しています。

  は醱酵のハツのつくりを当用漢字の「發→発」に合わせて略した字体です。ただし醱酵は前出の「同音の漢字による書きかえ」で「発酵」に書き換えることになり、略字の醗が使われる機会はさほど多くありませんでした。
 現在は「」でなく康熙字典体の「」を標準としていますが、やはり出てくるのは固有名詞などに限られます。

 

■そこは略しませんでした

 

 金へんに入ります。
  は大工道具の「のみ」。これは康熙字典体のままです。同じ書体帳で「」(挿の旧字体)を と略していたことを考えると、左上のの部分の「臼」を「日」にしてと設計することも考えられたのではないかと思うのですが、そうはしませんでした。どちらにしてもほとんど違いが分からないかもしれませんが。

  (キン)はもともと目方の単位で、「千鈞の重み」といった表現のほか、人名に時々登場する字です。書体帳の最初の版(初版A)ではつくりの点々がカタカナの「ン」のような でしたが、二つ目の版(初版B)から上の点がまっすぐの横棒になりました。
 実は当用漢字の「均」も書体帳では同じ経過をたどっており、「鈞」はそれに連動するかたちでデザインが変わったのでした。「均」のつくりの点の向きについては、当時日本新聞協会が行った活字設計の研究でも話題にのぼっており、教科書体と同じようにカタカナの「ン」のようにすべきか、明朝体は上の点を横棒にすべきかが議論されていました。朝日新聞としては結局後者で設計することになったわけです。
 この形の違いについては1981年の常用漢字表に、明朝体活字としてはどちらのデザインでもかまわないことが明記され、2010年の改定常用漢字表にもそのまま引き継がれています。

  は鉄(鐵)の異体ですが、能楽師「観世銕之丞」のように固有名詞では鉄と銕を使い分ける習慣が根強いためでしょう、書体帳4000字に残りました。個人的にも「鬼平犯科帳」の長谷川平蔵(幼名・銕三郎)は、あくまでこの「銕つぁん」であってほしい気がします。

  はハサミ。康熙字典体「」のつくりを当用漢字の「狹→狭」「峽→峡」にならって略した朝日字体です。現在は康熙字典体にしています。

  はつくりの点の向きを当用漢字「肖」の新字体に合わせた朝日字体。現在は康熙字典体のです。

  は、舗(舖)の正字とされる字体。一般用語ならば「鋪装→舗装」のように当用漢字の「舗」を使いますが、姓などの固有名詞で使い分けることを想定して書体帳の4000字に入ったと思われます。
 この字が含まれる人名で筆者がすぐ思い出す例といえば、書体帳よりものちの時代になりますが、プロ野球・横浜大洋で「スーパーカートリオ」の一角を占めた俊足の外野手・屋鋪要(やしき・かなめ)さん。「しき」の漢字が間違っていないかいつも気を抜くことができませんでした。そのほか、今年初めに亡くなったやしきたかじんさんの本名「家鋪隆仁」にも、この字が含まれています。

  は「さび」。康熙字典体はですが、当用漢字の「靑→青」にそろえました。現在は康熙字典体を使っています。

  は本来は当用漢字ですが、1954年の「当用漢字補正資料」で当用漢字から削る28字に入っていたため、書体帳では表外漢字の中に並んでいます。康熙字典体の ではなくつくりが「東」に略されているのは、朝日新聞の判断ではなく当用漢字字体表に従ったものです。補正資料を先行実施した新聞界はこの「錬」も使わないことにして、たとえば「鍛錬」は「鍛練」(レンは糸へん)に統一していましたが、1981年の常用漢字表でも「錬」が削除されることはなく、結局もとに戻しました。

  は真鍮のチュウ。康熙字典体のつくりを当用漢字の「愉」や「諭」などの新字体に合わせて略した朝日字体です。現在は康熙字典体にしています。

  と次の行の は、ともにしんにょうの点を一つにした朝日字体。現在は2点しんにょうのを使っています。

  は康熙字典体だとですが、当用漢字「兼」の新字体にそろえた字体。これは朝日新聞が略したのではなく、1951年に人名用漢字になった形に従ったものです。この字は2010年にこの新字体で常用漢字になりました。

  は康熙字典体「」のつくりを当用漢字の「觀→観」や「權→権」に合わせて略した朝日字体です。もとはつるべを意味する字ですが、「缶」(かん=canの音訳)の旧表記の一つでもあります。現在は康熙字典体にしています。

  は銅鐸のタク。「澤→沢」や「擇→択」などにならって「鐸→鈬」と略すことはしませんでした。JIS漢字では第2水準に略字の「鈬」が含まれており、国内の情報機器に広く搭載されています。

 

■オウでもジンでもジュン

 

 門がまえに行きます。

  (うるう)は康熙字典体であり、戦後の朝日新聞の活字はこの形で統一されましたが、それまでは門がまえの内側が「」でなく「」になっている活字も使われていました。
 下の画像は、「南北朝正閏問題」がもちあがった1911年の朝日新聞です。当時は一部の見出し活字に「壬型の閏」があり、この記事でも門がまえの中が見出しでは「壬」、本文は「王」となっています。

  は「間」の異体。漢和辞典では旧字とするものもありますが(月の横棒2本が右につくかどうかといった細かい話はここではおきます)、当用漢字以前から「間」の活字が多く使われていました。
 書体帳の4000字に「閒」が入っているのは、作家・内田百閒(うちだ・ひゃっけん)を念頭に置いたものでしょう。

  は、漢和辞典を開くと「村里の中の道」とあったりもしますが、書体帳が意図しているのは「かちどき」「ときの声」の「」(とき)の略字。当用漢字の「」と同じく、「とうがまえ()」を門がまえにしたものです。
 現在は、康熙字典体である、とうがまえの「」を使っています。仕事場からほど近いところにある有名な「勝鬨橋」も、康熙字典体で紙面に載るようになりました。

  は閻魔大王のエン。門がまえの内側を、当用漢字の「陷→陥」にならって略した朝日字体です。書体帳の最初の版(初版A)では康熙字典体の でしたが、二つ目の版(初版B)から略字になりました。現在は康熙字典体にしています。

  は阿闍梨のジャ。ほとんど見えないレベルですが、「者」を新字体の「点なし」にしてあります。現在は康熙字典体の

  は「たけなわ」「たける」と読む字で、俳句などで時々登場します。康熙字典体は門の内側が「」ですが、書体帳の字は当用漢字の「練」などにならって「東」に略しています。現在は康熙字典体のです。

  は闡明(せんめい=はっきりさせること)のセン。当用漢字の「單→単」「彈→弾」などに合わせて門の内側を略した朝日字体です。現在は康熙字典体の「」にしています。

 

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 39ページです。

 ふるとり(隹)にある は、鶏の異体 のへんを、「鷄→鶏」にならって略した字体。現在は にしています。
 新聞では長崎県対馬市美津島町雞知(けち)などの地名や、将棋の森雞二(もり・けいじ)九段など、固有名詞で登場する字です。

 雨かんむりの は、当用漢字「包」の新字体に合わせて「巳」を「己」にした朝日字体です。書体帳の最初の版(初版A)では康熙字典体の でしたが、二つ目の版(初版B)から新字体にしました。現在は康熙字典体を使っています。

  は、霹靂のレキ。康熙字典体は「歴」の部分が旧字体、すなわち「木ふたつ」でなく「禾ふたつ」ですが、書体帳では「歴」の新字体にあわせて「木ふたつ」にしていました。現在は康熙字典体のです。

  (もや)は右下の曷の部分を当用漢字の「掲」などにあわせて「ヒ」型にした朝日字体。現在は康熙字典体のにしています。

 少しとんで「あさへん」に行きます。康熙字典にはない「新部首」のひとつです。
  は「書翰」「翰林学士」のカン。当用漢字の「羽→羽」を当てはめた朝日字体です。現在は康熙字典体の

  は書体帳の印刷がかすれてはっきり見えませんが、右下の「ヰ」の部分を当用漢字に合わせた  の形にしています。
 表外漢字字体表は、 の違いを「デザイン差」とした上で、印刷標準字体欄には前者のスタイルを掲げました。朝日新聞が2007年に表外漢字字体表に沿って表外漢字の字体を大幅に変更したとき、「ヰ」については全般的に書体帳のスタイルを維持していましたが、2010年に「韓」が表外漢字字体表の字体で常用漢字に入ったのを受け、この字に限って のデザインに変えてあります。改定常用漢字表でも「デザイン差」とされているのでそのままでも特に問題はなかったのですが、常用漢字になった以上、なるべく国が示した形に近づけておいたほうがよいだろう、と考えました。
 とはいえ、ほとんど気づかれない程度の違いであり、この部分の形が字体差として問題視されることはまずありません。あくまで「文字を作る側」だけが気にしていると言って差し支えないと思います。

(つづく)

(比留間直和)