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観字紀行

まぎらわしい地名を歩く~「あべの」編(1)

 日々、紙面の点検をしていると、まぎらわしい要注意な地名に出くわすことがあります。
 有名なところでは、東京の「霞が関」。地名は「東京都千代田区霞が関」だけれども、地下鉄の駅名は「霞ケ関」。同じ「かすみがせき」でも「が」の字が違います。同じ地名なのに、どうしてちょっとだけ違うのか……と思いながら、普段はとりあえず間違っていないことを確認してよし、とするしかありません。
 今回、せっかくなので、まぎらわしい地名に悩まされるばかりでなく、本当に違う文字になっている現場を見て、あわよくばどうして違うのかも聞いてしまおう! と思い立ち、大阪で屈指のまぎらわしさを誇ると思われる場所に行ってみることにしました。最近、何かと話題のあの場所です。

◇「べ」の字が違う

拡大今回訪れた地域
 10月下旬のある日。JR大阪駅から大阪環状線に乗り、天王寺駅を目指しました。大阪駅からはちょうど半周したあたりにある天王寺駅ですが、最近は快速などもあり思ったより早く、15分ほどで到着しました。
 駅の東口を出て道路に向かってみると、目の前にありました、近鉄「大阪阿部野橋」駅。
 この道路はちょうど大阪市の天王寺区と阿倍野区の区界になっていて、道を渡った向こうは阿倍野区です。
 そう、「阿倍野区」の「大阪阿部野橋駅」。
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 初めてこの駅名を知ったときは驚きました。区名と「べ」の字が違うなんて! しかも、「倍」のつくりと「部」の左側は同じ形なので、見た目も実にまぎらわしい。
 初めて実物を見て、これか、とちょっと感動。
 ちなみに、地名辞典のたぐいや古典文学などをみると「あべの」の表記は古来さまざまだったというのがうかがえます。南北朝時代の武将・北畠顕家(きたばたけ・あきいえ)が戦死したところといわれるだけあって、太平記や平治物語にも登場し、小学館の新編日本古典文学全集(底本・水府明徳会彰孝館蔵天正本『太平記』)では、登場する「あべの」は5件がいずれも「安部野」と表記されています。
 「日本歴史地名大系」によると、「阿部野村」で項目が立てられており「アベノは阿倍野・安部野とも書かれ、慶長10(1605)年摂津国絵図には『阿辺野村』とみえるが、郷帳類・地誌類などからみて江戸時代には『阿部野村』の表記が一般的であったようである」とあります。

◇ひらがな表記

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 目を上に転じると、そこには話題の新名所「あべのハルカス」が。日本一高いビルだけあって、真下からカメラを構えても、全景は入りません。こちらの「あべの」は、正式にはひらがなですが、壁面などはおしゃれにローマ字のロゴで統一されています。

 案内など、わかりやすさが求められる場面では「あべのハルカス」のようですね。

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 おっと、駅前にはバス停もありました。ここは「あべの橋」。「阿倍野」でも「阿部野」でもなく、「あべの」はひらがなです。

 どうしてこのバス停の「あべの」はひらがな表記なのかと、大阪市交通局に問い合わせてみました。バス停名は所在地や最寄りの交差点名に由来することが多いそうで、正式には「阿倍野橋停留所」と漢字表記にするのだそうです。それなのになぜ現地はひらがな表記にしているのかは、文書なども残っていないそうで、調べがつかなかったとのこと。しかし、かなり前から、遅くとも平成に入ってからは確実にひらがな表記になっていた、ということです。天王寺駅周辺では、年季の入ったバス停標も見つけました。

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 「阿倍野」「阿部野」に加えて、ひらがなの「あべの」も登場しました。やはり要注意な「あべの」。まだまだあちこち見るべきところはあるのですが、ここに来たらやっぱり気になるのがあべのハルカス。ちょっと寄り道して、展望台にのぼってみることにします。

(竹下円)