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朝日字体の時代 20

比留間 直和

 社内資料「統一基準漢字明朝書体帳」第3版(1960年)に沿って朝日新聞の活字字体を振り返ってきましたが、部首ごとに漢字が掲げられた本編部分は、残り2ページ。名残を惜しみつつ、じっくり見ていきましょう。

 《書体帳の各版の概要はこちら》

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 では、まず40ページです。おおがい(頁)の字から。

  は康熙字典体の「」が2010年に常用漢字入りしましたが、このころはもちろん表外漢字です。書体帳の形は、左半分の「夾」を当用漢字の「狹→狭」や「峽→峡」にならって略した朝日字体です。表外漢字字体表(2000年国語審答申)で康熙字典体が印刷標準字体とされたのを受け、2007年1月から朝日新聞でも康熙字典体の「」を使っています。
 ただJIS漢字の第1・第2水準には略字の「」しかなく、康熙字典体は第3水準に含まれているため、ネットなどでも今も略字がよく使われています。

  は頸椎や頸動脈のケイ。シリーズ第4回の「剄」のところでも述べましたが、書体帳では「脛」や「痙」は当用漢字の「経」などにならって「巠→圣」と略したのに対し、「巠」が左半分にある「剄」や「頸」は略さず康熙字典体のままにしていました。そのため2007年に朝日新聞が表外漢字の字体を大幅に変更した際も、「剄」や「頸」は変える必要がありませんでした。

  は頽廃(退廃)のタイ。画像だと分かりにくいかもしれませんが、左下は「ル」ではなく「几」のように上がつながった形です。大漢和辞典などは「ル」型の を掲げていますが、当用漢字以前の主な活字総数見本帳を集めた「明朝体活字字形一覧」(1999年、文化庁)を見ても、上がつながった字体が大多数でした。
 表外漢字字体表では、つながった形を印刷標準字体欄に掲げ、「ル」型はデザイン差としています。

  は1981年の常用漢字表に追加された95字の一つで、この当時はまだ表外漢字でした。康熙字典体は「歩」の部分が旧字体の ですが、朝日新聞では「歩」の新字体に合わせて1画多い字体を使っていました。1981年にこの新字体で常用漢字入りしてからは、一般にもこれが標準の字体となっています。

  は顚末のテン。当用漢字の「眞→真」に合わせて左半分を略しています。現在は康熙字典体の「」を使うことにしています。
JIS漢字の第1・第2水準の範囲には略字の「」しかなく、康熙字典体の「」は第3水準なので、ネット上などでは「」のほうがよく使われています。

 食へんの表外漢字の最初にある は、晩餐のサン。漢和辞典などはふつう「食」の屋根の下が短い縦画でなく横棒の形の を掲げています。「餐」だけでなく「食」という字そのものも、当用漢字以前の活字は のように横棒の形でした。しかし書体帳では、当用漢字字体表の「食」にそろえ、「餐」などもこのような縦画にしました。
 表外漢字字体表は横棒型の を印刷標準字体欄に掲げていますが、書体帳のようなスタイルもデザイン差として認めていることから、朝日新聞では現在もこのままにしています。

  は上述の「食」の3画目が縦になっているほかに、上半分も当用漢字の「郷」の新字体に合わせて略しています。康熙字典体だと上が 、下が です。
 現在の朝日新聞の字体は上を康熙体にした 。前述の「餐」と同様、「食」の部分は新字体のまま変えていません。

 その後に並んでいる字は、どれも新字体の食へんになっています。表外漢字字体表では、康熙字典体を印刷標準字体としたうえで、新字体の食へんも一括で「許容」されましたが、朝日新聞では2007年1月の字体変更以降、表外漢字の食へんはみな康熙字典体のにしました。
 ここでは、食へん以外の部分にも論点があるものを挙げておきます。

  は康熙字典に正字として載っている と比べるとへんとつくりの両方を略していますが、明治以来の活字で実際に使われてきたのはつくりだけ新字体の でした。表外漢字字体表はこの字体を印刷標準字体とし、朝日新聞も今はこれを使っています。
 このほか、餅の字については 「『改定常用漢字表』解剖 13」(2010年11月15日) の後半部分をご覧ください。

  は、それぞれ「淺→浅」「陷→陥」「曉→暁」の略し方をつくりに当てはめた朝日字体。現在はいずれも康熙字典体の にしています。

  はつくりを「謹」や「勤」の新字体と同じスタイルにしたもので、現在は康熙字典体の

  は饅頭のマン。漢和辞典によっては、食へんが康熙体であるだけでなく、つくりの「曼」が  になっている  を掲げますが、当用漢字以前から活字では  でした。表外漢字字体表もこの形を印刷標準字体に掲げており、朝日新聞でも現在はこの字体です。

 

■飛驒でも飛騨でも

 

 馬へんにいきます。
  は当用漢字「駆」の異体ですが、一般に広く使われているためでしょう、書体帳の4000字に入りました。

  は、漢和辞典にはつくりの上部が右上からの払いになった が掲げられていますが、書体帳は当用漢字の「編」などと同じ横棒の形を採りました。康熙字典そのものには書体帳と同じ字体が掲げられており、そのため明治以来の活字も の両方がありました。
 表外漢字字体表ではこの形の違いをデザイン差と認めていることから、朝日新聞では現在も書体帳と同じ横棒型のスタイルを続けています。

拡大新市名「飛驒市」を決めた4町村の合併協議会=2002年11月25日
  は、飛驒のダの朝日字体。当用漢字の「單→単」のパターンを当てはめたものです。現在は康熙字典体の「」を使うことにしています。
 JIS漢字の第1・第2水準には略字の「」しかなく、「」は第3水準にあるため、ネットなどでは略字の「」がまだ多く使われています。
 例えば、2004年2月に岐阜県の4町村が合併して誕生した「飛驒市」の正式名称は康熙字典体の「」ですが、市のウェブサイトは、通常のテキストでは略字の「」を使っています。利用者のさまざまな機器環境に配慮したものでしょう。市名の字体の扱いについては、同市誕生に至る合併協議会の場で新市名が協議された際、 《正式な使用は「飛驒」とし、通常使用する場合は「飛騨」を使って差し支えないものとする》 との説明が事務局側からあり(2002年11月25日の第2回合併協議会)、早い段階で取り扱いが固まっていました。
 この新市名をめぐっては、周辺の自治体から「飛驒の名を独占するのか」との批判もありましたが、字体の扱いに限って言えば、国語施策の動向(表外漢字字体表)や文字コード規格の実情からみても、たいへん適切な判断だったと思います。

  はロバのロ。当用漢字の「爐→炉」を当てはめてつくりを「戸」に略す、ということはしませんでした。

  (き)はすぐれた馬のことで、「驥尾」「老驥」などの表現で使われます。康熙字典や多くの漢和辞典は、つくりの下の「異」の部分が旧字の になっている形を掲げ、「馬部17画」としていますが、書体帳の字はその部分が当用漢字の「異」と同じ形で、康熙字典などよりも画数が1画少なくなっています。ただしこれは朝日新聞が新たにこしらえたわけではなく、「明朝体活字字形一覧」を見ると当用漢字以前の活字は書体帳と同じ1画少ない形でしたから、当時の朝日の担当者には「当用漢字に合わせて略した」という意識は無かったかもしれません。
 ちなみに馬へんのない「冀」は康熙字典では「八部14画」で、「異」の部分は横棒がつながった新字体。実際の活字もつながった形が使われてきました。
 こうしたことも踏まえ、朝日新聞では現在も書体帳と同じ形の「驥」を使っています。

  でドクロ。康熙字典体だと「髑髏」ですので、前の字は康熙字典体のまま、後ろの字は略字にしていたわけです。
 「髑」のつくりは当用漢字「独」の旧字である「獨」と共通していますが、当用漢字でも「濁」はつくりを略していません。書体帳も、火へんの「燭」は途中の版で略したことがありましたが、最終的にこのパターンは略さないこととなりました。
 一方の「髏」は、「樓→楼」などに合わせて略しました。現在は康熙字典体を使っています。

  は旱魃(干魃)のバツ。当用漢字の「拔→抜」や「髮→髪」にならってつくりを「友」にした朝日字体です。現在は康熙字典体の「」にしています。
 

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 41ページ。本編ではいよいよ最後のページとなります。

 魚へんの字がすし屋の湯飲みのごとく並んでいます。

  (あわび)は「包」の新字体に合わせたもの。今は康熙字典体の です。

  (はや)は辞書によってはつくりの「危」が旧字体の になっている形を掲げていますが、康熙字典は書体帳と同じ形。今も朝日新聞では書体帳と同じスタイルです。

  (たこ)、そして次の行の (どじょう)、 (ます)は、いずれも点の向きを「ハ」から「ソ」にしたもの。現在は「ハ」型の を使っています。

  (さば)は「靑→青」を適用したもので、現在は康熙字典体の です。

  (たい)は康熙字典体だと ですが、「周」の新字体に合わせてつくりの中の部分を「土」にしました。1951年に人名用漢字になった際は康熙字典体で示されましたが、のちに当用漢字にあわせて書体帳と同じ字体になり、現在はこれが一般にも標準とされています。

  (あじ)は「參→参」を当てはめた朝日字体。現在は康熙字典体の「鰺」を使うことにしています。

  (にしん)は「練」などの「柬→東」の略し方、 (いわし)は「弱」の新字体にそれぞれならったもので、現在はともに康熙字典体の です。

  (うなぎ)は先の「饅」と同様、つくりが  の字体を掲げる辞書もありますが、当用漢字以前から実際の活字は書体帳と同じく右上が「日」の形であり、表外漢字字体表もこれを掲げています。

  (たら)は国字なので康熙字典には載っていませんが、漢和辞典はつくりの「雪」が旧字体になっている を掲げています。当用漢字以前の活字も「明朝体活字字形一覧」を見る限りこの「いわゆる康熙字典体」でした。JIS漢字の規格票に例示された字形が書体帳と同じ新字体であるため、一般のデジタルフォントは多くが新字体になっていますが、朝日新聞は2007年1月の字体変更以降、横棒が突き出た「いわゆる康熙字典体」を使っています。

  (うろこ)は、画像だとほとんど区別できませんが、右下の「ヰ」が新字体の形で作られています。「ヰ」の形の違いは表外漢字字体表でデザイン差とされており、朝日新聞の「鱗」は現在も書体帳のスタイルです。

  は、ふか。先の「餐」と同様、康熙字典体は「食」の部分の3画目が横棒の ですが、書体帳では当用漢字の「養」にそろえて縦画にしています。表外漢字字体表でもデザイン差とされたことから、今もそのまま変えずにいます。

  は、すずき。先に出てきた「驢」もそうでしたが、「爐→炉」にならってつくりを「戸」にすることはしていません。

 鳥にいきます。 は親鸞聖人のラン。当用漢字の「戀→恋」や「變→変」にならって上半分を「亦」に略したりはしませんでした。「痙攣」のレンも略しておらず、このパターンは表外漢字に当てはめないという方針だったようです。

 ここまで来て、ようやく の登場です。朝日字体の代表例として既に何度か言及してきたのでもはや説明するまでもありませんが、「」(かもめ)の左半分を「區→区」「歐→欧」などと同様に略したものです。現在は康熙字典体の「」を使っています。
 紙面での初期の用例などについては、このシリーズの初回 「朝日字体の時代 1」(2013年4月24日) をご覧ください。

  は、「牙」の部分を当用漢字の「芽」や「雅」に合わせています。表外漢字字体表で「牙」の形の違いがデザイン差と認められたことを踏まえ、2007年1月の字体変更の際にはそのままにしていましたが、2010年に「牙」の字が の形で常用漢字入りしたのを機に、「牙」を部品に含む表外漢字をまとめてこのスタイルに修正しました。そのため現在は になっています。

  は「正鵠を射る」のコク。神奈川近辺の人なら湘南の「鵠沼(くげぬま)海岸」でもおなじみです。書体帳の字は、「告」の新字体にならって「牛」の縦棒が下に出ない形にした朝日字体。現在は康熙字典体の にしています。

  は「大鵬」や「白鵬」のホウ。中国の思想書「荘子」に出てくる想像上の鳥です。過去の「崩」や「朋」と同じく、月の中が点々になった の活字もありましたが、1990年に書体帳と同じ「月ふたつ」で人名用漢字となり、これが標準的な字体とされるようになりました。

  はひよどり。源平合戦の「鵯越」(ひよどりごえ)でも見かける字です。この活字の画像だとはっきり分かりませんが、「卑」の新字体に合わせて康熙字典体より1画多い形にしていました。現在は康熙字典体の にしています。

  は鸚鵡(おうむ)のオウ。「櫻→桜」に合わせて略すことはしませんでした。

  は石鹼のケンのつくりを「檢→検」などと合わせて略した朝日字体です。現在は康熙字典体の「」を使うことにしていますが、新聞記事では石鹼は「せっけん」と仮名書きするのを基本としているため、非常に身近な言葉の割には漢字が登場する機会は多くありません。
 JIS第1・第2水準には略字の「」しかなく、康熙字典体の「」は第3水準であるため、略字がなお多用されています。

 

■「廿」や「卅」もしばらく使用

 

 通常の「部首」が終わったあとには、「数字」が別建てで並んでいます。

 「一」~「十」に続いて掲げられている (にじゅう)と (さんじゅう)は表外漢字なのですが、戦後しばらくの間、見出しなどでは使われていました。
 

 しかし1960年4月、社内向けの用語関係の文書に「廿や卅は表外漢字なので使うべきでない」とする注意喚起が載り、それ以降、固有名詞以外の用例は紙面から姿を消していきました。ちょうどこの書体帳第3版が作られている頃のことでした。

 最後の は、マルではなくゼロ。漢数字の一種のような位置づけですが、本来は漢字ではないので他の漢数字と異なり部首名が記されていません。JIS漢字やUnicodeでも、漢字ではなく非漢字のなかに並んでいます。

          ◇

 次回は、書体帳の巻末に掲げられた「保存旧書体」と各本社の「ローカル字」を見ていきます。

(つづく)

(比留間直和)