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観字紀行

まぎらわしい地名を歩く~「あべの」編(3)

◇「阿部野」表記のわけ

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 近鉄「大阪阿部野橋駅」に戻って、なぜこの表記になったのかを聞いてみました。
 近鉄南大阪線の「大阪阿部野橋駅」は、1923(大正12)年4月に私鉄である大阪鉄道が「大阪天王寺駅」として開業し、翌24年6月に省線(現JR西日本)天王寺駅と区別するため、「大阪阿部野橋駅」と改称。開業当時の駅周辺の地名は「天王寺村阿部野」と「部」の字が使われていたため、この表記となったのだそうです。

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 ちなみに、地名の表記は1925年に大阪市に編入する際に「阿倍野」に変更されました。阿倍野区のサイトによると、古来「阿倍野」「安倍野」「阿部野」などが使われていたが、1943(昭和18)年にもとの住吉区から分区して阿倍野区ができた際、区役所の地区台帳が「阿倍野」の字を用いていたので「阿倍野区」と決定したということです。その後「阿倍野」の表記が主流になっていくのは想像に難くありません。

◇阿部野神社へ

 「阿倍野区」の誕生とともにすっかり分が悪くなってしまったかのような「阿部野」表記ですが、「大阪阿部野橋駅」以外にも残っているところがあります。阿倍野区北畠にある「阿部野神社」です。
 というわけで、阿部野神社にも足を延ばすことにしました。
 行き方はいろいろあるようなのですが、阪堺電気軌道上町線「天王寺駅前駅」から浜寺駅前・住吉公園方面行きに乗り、5駅目の姫松で下車して向かいます。この「天王寺駅前駅」というのも「天王寺」の駅前と勘違いしそうな名前です。

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 まず阪堺電気軌道の駅で驚いたのは、地上からすぐ見えているのに、乗り場は地下から向かわないといけないこと。せっかく見えているのにと思いながら、気を取り直して地下へ。本数は思ったより多く、乗客も多い。地域の足となっていることがうかがわれる路線です。
 路線バスのように、降りる駅でボタンを押し、姫松で下車。阿部野神社を目指しましたが、閑静な住宅地で迷子になってしまいました。スマートフォンの地図などに助けられてなんとか到着。着いてみると、ぱっと明るく開けながらも静かなたたずまいの神社でした。

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 阿部野神社は、明治15(1882)年1月に阿部野神社と号して別格官幣社に列せられ、1885年5月に創立、1890年3月鎮座祭が斎行されたという、歴史のある神社です。「あべの」の「べ」が区とは違う漢字を用いているわけも、その歴史の深さにありました。
 阿部野神社によると、「あべの」の漢字表記は明治より前にはばらばらで、「阿倍野」「阿部野」がともによく使われており、「安倍野」などの表記もありました。明治以後、地名や地図などに「阿部野」を使うようになり、地名・建物の名前には「阿部野」とつけることが多くなりました。阿倍野区が誕生したことによって「阿倍野」で統一されていくようになりますが、神社は明治以来の歴史があるので、名前を変えることはせず、「阿部野」のままにしているということでした。

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 そういえば、近鉄の「大阪阿部野橋」駅も、駅名を決めた当初は「天王寺村阿部野」という地名からつけられたものでした。地名が変わっても、もう「阿部野」で親しまれているものを変えることはないというのが、同じ地名なのに漢字表記が違う理由なのでした。紛らわしいとか思ってごめんなさい、という気持ちになりました。

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 とはいえ、やはり紛らわしいと思う人が多いからひらがなの「あべの」を冠する商業施設ができたり、市営バスのバス停が「あべの橋」になったりするのだろうか、とも思います。商業施設にひらがなが多いのは、わかりやすく親しみやすいことが求められる施設ならでは、でしょうか。

◇「あべの」のほかにも

 今回は「阿倍野」「阿部野」「あべの」の違いをめぐって、近鉄大阪阿部野橋駅を中心に阿倍野区側を歩いてみました。2014年3月にできたばかりのあべのハルカスをはじめとして商業施設が多く、にぎわっていました。大阪阿部野橋駅の向かいにあるJR天王寺駅から天王寺区側には、天王寺公園や大阪市立美術館、天王寺動物園などがあり、見どころもたくさん。「あべの」の字の違いを横目に見ながら、出かけてみてはいかがでしょうか。

 さて、いろいろな表記がある地名は、なにも大阪に「あべの」だけではありません。次回もぶらぶらと歩いてみましょう。

(竹下円)

※次回は2月6日に更新します。