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朝日字体の時代 21

比留間 直和

 社内資料「統一基準漢字明朝書体帳」(第3版)のうち、部首順に漢字が並べられた本編部分は前回まででひととおり見終わりました。

 《書体帳の各版の概要はこちら》

 書体帳の末尾には、「保存旧書体」が1ページ、さらに各本社の「ローカル字」が1ページあります。まずは、「保存旧書体」を見ていきましょう (以下、ページ画像は書体帳第3版)。

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 ここに掲げられている字は、新字体を中心とする基本的な活字セットとは別に、通常使わないことにしている旧字などを例外的に「保存」していたものです。書体帳は、朝日新聞の各本社共通で活字を整備する漢字「4000字」を選定し、基準となる設計を示したものですが、4000という数のなかには保存旧書体100字も含まれています。
 「旧書体」という呼び方ですが、「新字に対する旧字」を指す場合、現在ならばふつう「旧字体」と言うところです。しかし当時は「字体」と「書体」の使い分けはあいまいでした。
 このページの字は旧字体であると同時に「過去の活字の一部を保存しているもの」という性質もありますので、古いフォントという意味で「旧書体」と呼ぶことは可能ですが、「保存」の目的は昔の書体(書風)を残すことではなく、明らかに「旧字体」のためでした。

 このページの画像だとややつぶれて見づらいので、掲げられている「旧書体」100字を以下にテキストで示してみました。それぞれの字の後ろに丸ガッコで添えたのは、書体帳の本編に掲げられている新字体です。いずれも、微細なデザインはとりあえず気にしないでご覧ください。

 乘(乗) (亜) (仏) (来) (伝)
 價(価) (勧) (国) (囲) (図)
 團(団) (圧) (寿) (学) (実)
 寫(写) (宝) (対) (属) (岳)
 廣(広) (庁) (弥) (応) (拠)
 數(数) (会) (条) (枢) (栄)
 檜(桧) (桜) (権) (浅) (済)
 澁(渋) (滝) (浜) (灯) (炉)
 獨(独) (画) (当) (発) (尽)
 眞(真) (砺) (礼) (稲) (糸)
 縣(県) (経) (総) (声) (胆)
 臺(台) (与) (旧) (芸) (蔵)
 蘆(芦) (処) (号) (虫) (蝋)
 衞(衛) (証) (訳) (誉) (読)
 變(変) (護) (豊) (予) (売)
 辯(弁) (辞) (辺) (★) (医)
 鑄(鋳) (鉱) (鉄) (関) (随)
 雙(双) (霊) (顕) (余) (鴎)
 鹼(鹸) (塩) (斎) (竜) (亀)
 壹(壱) (弐) (参) (万) (円)

 ★…… (爾のハがソ、しんにょうが1点)

 
 この100字の一覧を眺めると、いくつかの特徴が見てとれます。

(1)「当用漢字の旧字」だけではない

 100字のうち、大部分は当用漢字字体表で採用された新字体に対応する旧字体ですが、それ以外の字の旧字体(康熙字典体)も一部含まれています。
本来の当用漢字以外の字種としては、以下のようなものがあります。

○「当用漢字補正資料」関係の旧字体=2字
 燈(灯) 龍(竜)

 「燈」は当用漢字字体表に掲げられた字体ですが、1954年に国語審議会の漢字部会が作成した「当用漢字補正資料」で「灯」への字体変更が示され、新聞では補正資料に従い「灯」を使うことにしていました。しかし、当用漢字の正式な字体である「燈」もなお必要と判断したのでしょう。その後、1981年の常用漢字表で正式に「灯」が標準の字体となりました。
 「竜/龍」は当用漢字にはなく、1951年の人名用漢字には「龍」が入りましたが、1954年の当用漢字補正資料では追加28字の一つとして「竜」が採用されました。新聞では補正資料に従って「竜」を使ってきましたが、人名用漢字「龍」の活字も残しておいたわけです。「竜/龍」については、1981年の常用漢字表に「竜」が入ったことで国語施策上の字体は決着しました。
 補正資料の追加28字のうち新字体で示されたのは「竜」だけではなく「桟」「渓」などいくつかありますが、その旧字は保存旧書体100字には入っていません。

○人名用漢字(当時)の旧字体=2字
 彌(弥) 龜(亀)

 「書体帳」作成時点では人名用漢字は1951年に定められた92字のみですが、新字体が採用されたもののうち上記2字の旧字体が保存旧書体100字に入っています。この2字はどちらも2010年に新字体が常用漢字に入りました。

○その他の表外漢字の康熙字典体=7字
 檜(桧) 礪(砺) 蘆(芦) 蠟(蝋) 邇(★=前述) 鷗(鴎) 鹼(鹸)

 この7字は当用漢字でも補正資料追加字でも人名用漢字(当時)でもない表外漢字です。朝日新聞はそうした字についても当用漢字の略し方を当てはめた略字を使っていましたが、ここにある字については広告などを想定して、康熙字典体も保存していたのでした。

 以上の計11字を除いた残り89字は、当用漢字字体表に示された新字体に対する旧字体ということになります。このほか、当用漢字の旧字体でも「恆」(恒の旧字)は保存旧書体ではなく書体帳の本編のなかに入っています(シリーズ第10回〈2014年1月29日〉参照)。

 ここに入っている旧字体は、こんにち人名などで新字体と使い分けられる傾向の強いものが多く含まれています。しかし、よく見ると、「澤」(沢の旧字体)は入っていません。
 この100字のリストは活字を常備する対象を表すものであり、その字体を使うかどうかの絶対的な線引きというわけではありませんが、ここに見える「乘」や「讓」などよりも「澤」の必要性が低いとされていたのだとすれば、今の感覚からはちょっと不思議な感じもします。
 当時の世間の字体意識が今とは異なっていたのか、それとも「澤」を広告などからも極力排除しようという意図があったのか。100字の選定に関する詳しい経緯が分からない今、その答えを見つけることは困難ですが、できるなら知りたいところです。

(2)新部首ではなく康熙部首順

 中身ではなく形式上のことですが、この100字の並び方は、書体帳の本編のような当用漢字の新字体に対応した「新部首」ではなく、伝統的な康熙字典の部首によっています。例えば「会」の旧字体である「會」は曰部、「当」の旧字体「當」は田部、「双」の旧字体「雙」は隹部という扱いであることが、その並び方から分かります。やはり、旧字体を示すうえでは伝統的な康熙部首順が分かりやすいということでしょう。
 よく見ると「樞」(木部11画)が「榮」(木部10画)より前にあるなど、同じ部首どうしの中では必ずしも画数順でないところもちらほらありますが、別の部首に誤っているものはありません。

 100字のうち末尾の5字(壹、貳、參、萬、圓)は部首ではなく、「数字」としてまとめられています。書体帳の本編でも部首の最後に「数字」として「一~九」などがまとめて置かれていますが、大字(だいじ)の「壱、弐、参」や「万」「円」などは「数字」ではなく部首順のほうに入っており、保存旧書体のページとは異なります。
 当用漢字以前に作成された社内資料を見ると、大字や通貨単位も数字のグループに並べられています。保存旧書体は過去の「作法」にならったのです。

(3)書体帳の版によって変遷

 この保存旧書体も、本編と同じように書体帳の版による異同がありました。

 まず字種の異同としては、書体帳の最初の版(初版A)では (平の旧字体)と、(徳の旧字体)が保存旧書体100字の中に入っていました。逆に、初版Aで旧書体100字に無かったのが「燈」と「雙」です。「燈」は書体帳のどこにも収録されておらず、「雙」は本編の「又」のところに入っていました。
 二つ目の版(初版B)では、「雙」が本編から旧書体に移り、旧書体にあった が消えました。
 三つ目の版(第2版)では、「燈」が新たに旧書体に入り、その代わり が旧書体から後述する「ローカル字」に移されました。最後の第3版は第2版と同じです。

 次に字体を見ると、途中ではっきり形が変わったものが2字あります。
 まず「濟」は当初はなべぶたの下の部分が「了」のような形の でしたが、三つ目の版(第2版)から に。「眞」も、「目」の縦画が下の横棒までのびた だったのが最後の第3版で になりました。それぞれ、たまたま残っていた古い活字を使っていたのを、康熙字典体として一般的な形に修正したものと思われます。

 

拡大p43
 さて、いよいよ最後のページです。

 ここには、全社的に整備する対象として選定した4000字とは別に、東京・中部(現名古屋)・大阪・西部の4本社ごとに保有していた「ローカル字」が掲げられています。

 ローカル字の説明として、

 ●郡市名文字は選定字に含めた(例=咋 囎 唹 姶 玖 瀦 簸 砺)
 ●中国、韓国などの要人名は次第に使用字がかわるのでローカル字扱いとした。

 と記されており、特にこの2項目めの文言から、ローカル字に含まれる字種が固定的なものではなく、必要に応じて柔軟に変わっていく「バッファー」的な存在であったことがうかがえます。

 各本社のローカル字の詳細については、次回に。

(つづく)

(比留間直和)