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昔の新聞点検隊

1930(昭和5)年4月25日付東京朝日夕刊2面拡大1930(昭和5)年4月25日付東京朝日夕刊2面。クリックすると大きくなります。画像には主な直しだけ朱を書き入れています。現在の朝日新聞の表記基準で認めていない漢字の音訓や、当時は入れていなかった句点を入れる等については、原則として記入を省いています
【当時の記事】

二人の悪童が物騒ないたづら
線路の上に石ころ

二十三日午前十一時五分頃市外大井町谷垂五六三七新鶴見線の森前ガード上の上下両線に石塊を四五間の間にわたって積み重ねてあるのを線路工夫が発見 大井署に届出た 大井署では犯人捜査中二十四日朝右は市外荏原町上蛇窪●●●土工李●●の甥宗変(一六)順変(一五)(仮名)両名の所為で全く悪戯から出たものと判明 大目玉の上李に引き渡した

(1930〈昭和5〉年4月25日付 東京朝日 夕刊2面)

【解説】

 見出しを一目見た瞬間に、事件記事と見当が付きます。ですが、「悪童」という主観的な表現は、いまの事件記事では使わないでしょう。見出しだけでも、現在とは随分違います。

 この記事が掲載されたのは、東京を中心とした地域に発行されていた1930年の東京朝日新聞。記事に出てくる「市」は、1889年から1943年まであった東京市のこと。今の東京都品川区あたりで起きた事件のようです。

 「四五間」とあり、「間(けん)」という単位も出てきます。「間」を使うのが一般的だったころは四五間といわれてどれぐらいの長さかパッと想像できたのでしょうが、小さい頃から国際単位系のセンチやメートルに慣れ親しんだ世代には、なかなか距離が実感しにくいですね。1間=約1.82メートルで換算すると、7.28~9.10メートル。結構、長い距離です。

 次は「線路工夫」。最近はあまり使われなくなった言葉です。時代や言葉によって変遷はあるものの、「○○夫」と最後に「夫」がつく表現は差別的であるとされていた頃もありました。とはいえ、観光地の人力車などで「車夫」がふつうに使われているようなケースもあるので、「○○夫」という言葉すべてを使ってはいけない、というわけではありません。時代背景が説明されている短歌など、状況によっても変わります。ただ、今回のような記事では、通常の紙面では保守作業員と表記します。また、少年たちの「おじ」として書かれている李氏の肩書が「土工」とありますが、現在の記事ならば、建設作業員と表記するでしょう。

 事件を起こしたのは、16歳と15歳の少年で、仮名が使われています。現在、犯罪少年は匿名が原則です。さらに最近では少年A、少年Bという書き方も減りました。住所の表記基準も変わっています。どのあたりに暮らす少年かが特定されないように、住所の表記は一部にとどめます。個人を特定しないことで、少年たちが更生する上での支障をなるべく小さくするためです。また、事件に直接関係ないと思われる、おじの名前も、いまは掲載しません。

 さて、この少年たちはどのような罰を受けたのでしょうか? 昔の記事では、石ころを線路に置くという大事故にもつながりかねない事件にもかかわらず、最後は少年たちの「いたずらだった」とし、彼らは大目玉を食らっただけで許されたようです。現代なら、こっぴどくしかられるだけでは許されないでしょう。補導は間違いなし! 列車往来危険などの罪に問われることもあるかもしれません。

 さて、現代風にリライトしてみましょう。

【現代風の記事にすると…】

2人の少年、線路に置き石の疑い

 23日午前11時5分ごろ、東京市外大井町谷垂の新鶴見線の森前ガード上の上下両線に、7~9メートルにわたって石が置かれているのを保守作業員が見つけ、大井署に届け出た。同署が調べたところ、24日朝に同市外の16歳と15歳の少年のいたずらとわかり、補導した。

(山室英恵)

当時の記事について

原文どおりに表記することを原則としますが、読みやすさの観点から

  • 漢字の旧字体は新字体に
  • 句点(。)を補った方がよいと思われる部分には1字分のスペース
  • 当時大文字の「ゃ」「ゅ」「っ」等の拗音(ようおん)、促音は小文字に

等の手を加えています。ご了承ください