メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

昔の新聞点検隊

【当時の記事】

春逝くさびしい動物園 風邪で死絶えたおさるの家 後家さんになった白くまさん

拡大クリックすると大きくなります

葉桜の上野動物園には尋常一年や幼稚園の坊ちゃん嬢ちゃんが多勢先生に連れられて見物にくるが子供達に一番喜ばれるさるの大をりにはさるは一匹もゐない、かごに押込められたかささぎが二羽弱ってゐるばかりだ、風を引いて皆死に絶えたのは惜しい、早くお代りをいれてもらひたい

しかしその隣に赤毛さるが一月ばかり前に男の子を産んだ、玉のやうな坊ちゃんといひたいが見たところ顔はしわくちゃでミイラのやうだ 目ばかり大きくて薄気味が悪い、けれども母ちゃんにしがみついてお乳を飲むところは人間そっくりだ、水牛の子が大きくなってしまって今では動物園の人気を独占にしてゐる、まだ歯も無いくせに母ちゃんの人参を欲しがるやけに食意地の張った末恐ろしい子だ

(中略)

その横にはおなじみの白熊が広い所にゐるがさきに雄が死んで未亡人が唯一匹しょんぼりしてゐる、春の暖かさで弱ったのか、さびしくて悲しいのか、めっきりやせてややヒステリー気味に首を振るばかり、水へ入る元気もなく従って毛の色も鼠色によごれて、お世辞にも白熊とはいへない

[写真説明]
1)母親のお乳を飲んでゐる赤ちゃん
2)お母さんの人参がほしくなって
3)歯もないのに可愛い手を出してなかなかききませんので
4)お母さん一寸小さな口に入れてやってゐます
5)もうないよとお母さん手を見せました

(1930〈昭和5〉年4月25日付 東京朝日 夕刊2面)

【解説】

 目を引く、仲がよさそうな猿の親子のたくさんの写真。これは、以前紹介した「二人の悪童が物騒ないたづら」という1930(昭和5)年の記事の真上にあった記事です。ここにも、今ならば直す必要がある個所がちらほら。順に見ていきましょう。

 見出しの「春逝く」を読んで、私は「春」という名前の動物が死んだことを伝える記事なのかと勘違いしてしまいました。季節の春が過ぎていったという意味なら、「行く」の方がいいのではないかと思いましたが、たくさんの猿が死んだという意味も含めているのかもしれません。今回は、あえて原文の「逝く」のままにしておきましょう。

 第1段落では、猿が風邪でみんな死んでしまったので、早く「お代わり」を入れてもらいたいとあります。「お代わり」は同じものをもう一度飲んだり食べたりするという意味。「お」をつけることで丁寧に書いたつもりかもしれませんが、動物に使うのはおかしいです。普通に、「代わり」でいいでしょう。「惜しい」とする一方で、次の猿に早く入って欲しいという結論になるとは、なんとも現金な話だ、と思ってしまいました。

 続いて生後約1カ月の赤毛の子猿を取り上げています。この記事にも気になる表現が3カ所あります。まず「薄気味悪い」。写真が鮮明ではないのでミイラのようなのかは、はっきりとはわかりませんが、筆者は子猿を生で見て、思ったことを素直に書いたのでしょう。でも、子猿はみんなしわくちゃだったりするのでしょうから、「薄気味悪い」と言ってしまってはかわいそうです。次に、まだ歯もない「くせに」という言い回し。相手を見下した意味合いを含む「くせに」は使わなくてもいいのではないでしょうか。三つ目は「食い意地の張った末恐ろしい子」という部分。赤ちゃんなら、一生懸命食べるのも「仕事」の一つでしょう。私なら「食欲旺盛で将来が楽しみ」といった言い表し方を提案します。

 白熊の記事には「未亡人」という言葉が出てきます。「未亡人」を辞書で調べると、「夫とともに死ぬべきであるのに未だ死なない人の意」(日本国語大辞典)とあります。現在では、夫が亡くなったからといって「妻も死ぬべきだ」なんて思う人はいませんが、もともとはそんな意味があったのですね。この記事が載った当時はまだ男性中心の社会でしたから違和感はなかったかもしれませんが、今は使いたくありません。この記事では、「先に雄が死んで」と書かれており、「未亡人」がなくても白熊の状況がわかるので、入れないことにします。見出しの「後家さん」も、現在では歴史小説など以外ではほとんど使われません。「夫に先立たれた」などに変えましょう。

 悩ましいのが「ヒステリー」。白熊が雌という理由で「女性はなにかあるとすぐヒステリーを起こす」というようなステレオタイプに描こうとしているのであれば、直したいところです。それに加えて、この白熊は夫を失っているので、今ならもう少し優しい表現、例えば「いらだたしげに」などの代案を出します。

 最後に「死絶えた」と「死に絶えた」、「白くま」と「白熊」のように見出しと記事で表記がそろっていないものはそろえ、カササギやニンジンのように現在の朝日新聞漢字表の範囲内で書けない動植物は片仮名書きにしましょう。朝日新聞漢字表がどのような表なのかを見てみたい!と思った方は、朝日新聞出版から出ている「改訂新版 朝日新聞の用語の手引」(税込み1680円)を手にとってみて下さい。

 では、現代風にアレンジしてみましょう!

(画像には主な直しだけ朱を書き入れています。現在の朝日新聞の表記基準で認めていない漢字の音訓や、当時は入れていなかった句点を入れる等については、原則として記入を省いています。また、紙面では猿の写真は横一列に並んでいました。元のレイアウトはこちら

【現代風の記事にすると…】

「春逝く」さびしい動物園 風邪で死に絶えたお猿の家 夫に先立たれた白熊

 葉桜の季節になった上野動物園には多くの小学1年生や幼稚園の子どもが先生に連れられて見学にやってくる。だが子どもに一番人気の猿の大きなおりには、いま猿が1匹もいない。かごに押し込められた2羽の弱ったカササギがいるだけだ。残念ながら猿は風邪を引いて、すべて死んでしまったのだという。子どものためにも、早くまた猿の元気な姿を見られるようにしてもらいたい。

 それでも、隣のおりでは、赤毛の猿が1カ月ほど前に雄の赤ちゃんを産んだ。玉のような男の子と言いたいが、見たところ顔はしわくちゃで、目ばかりが大きい。それでも母猿にしがみついてお乳を飲むところは、人間そっくり。大きなおりの猿が死んでからは、水牛の赤ちゃんが子どもに喜ばれていたが、大きくなったので、今はこの赤毛の猿の赤ちゃんが人気を独占している。まだ歯が生えていないにもかかわらず、母猿のニンジンを欲しがるほど食欲旺盛で将来が楽しみだ。

 (中略)

 その横にはおなじみの白熊が広い場所にいるが、先に雄が死んで1頭だけでしょんぼりとしている。春の暖かさで弱ったのか、さびしくて悲しいのか、めっきりやせて、少しいらだたしげに首を振っている。水へ入る元気もないようで、毛もねずみ色に汚れて、お世辞にも「白い熊」といえないほどだ。

[写真説明]
1) 母猿のおっぱいを飲んでいる赤ちゃん
2) お母さんのニンジンがほしくなって
3) 歯もまだ生えていないのに、かわいい手を出してせがみます
4) しょうがないのでお母さんは、小さな口にニンジンをちょっと入れてあげました
5) お母さんは「ほら、もうないよ」と赤ちゃんに手を見せました

(山室英恵)

当時の記事について

原文どおりに表記することを原則としますが、読みやすさの観点から

  • 漢字の旧字体は新字体に
  • 句点(。)を補った方がよいと思われる部分には1字分のスペース
  • 当時大文字の「ゃ」「ゅ」「っ」等の拗音(ようおん)、促音は小文字に

等の手を加えています。ご了承ください