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昔の新聞点検隊

【当時の記事】

ハイカラになる郵便屋さん 六月一日から

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六月一日から改正される郵便集配人の新服装はかねてから逓信省経理局の需品課で用意してゐたが十八日全国各地への発送を終った

×…今までの濃こん麻の詰えり夏服では一日集配に歩き回るとすぐに背中一杯に汗がしみだし、これが干くと真白に塩が浮きだすといふみじめさ、今度のものはオリーヴ色の折えりで地は半麻のものとセルのものとを二年に一着づつ支給し、盛夏には更にこの上着のかはりに淡茶麻の見るからに涼しさうなスポーツシャツを制服として着せることになった

×…シャツの胸には郵便のマークが入りこれに黒のてふネクタイヘルメットといふいでたちを見るとすっかりハイカラなモダーン飛脚かつ好がよくて涼しいのだから集配人一同大喜びである【写真は集配人の新服装右が夏服左が冬服】

(1931〈昭和6〉年5月19日付 東京朝日 夕刊2面)

【解説】

 6月1日は衣替え。今でも、涼しそうな夏服で登校する中高生の写真が紙面に取り上げられることがあります。この記事の魅力はなんと言っても表情のある写真でしょう。新しく支給される制服に身を包んだ郵便集配人が2人、うれしそうにはにかんだ笑顔で写っています。「ハイカラになる郵便屋さん」という見出しともぴったりですね。「郵便屋さん」という言葉にどこか懐かしさを感じるのは、縄跳びの遊び歌が思い浮かぶからでしょうか。

 八百屋、床屋、洗濯屋など、職業を表すときに使う「~屋」には、見下したトーンが含まれる場合があるため、現在の新聞で用いられることは少ないですが、この見出しは親しみが込められているように感じられます。これらの職業についても、青果店、理髪店、クリーニング店と機械的に置き換えればよいというものではありません。文脈の中で差別的に使われている言葉があれば、単語を言い換えるだけではなく、内容そのものを考え直す必要があるからです。そういった提案をするのも、校閲記者の役割の一つです。

 それでは、記事を読んでいきましょう。まず気になるのが2行目の「かねてから」。よく耳にする言い回しですが、「かねて」は「前から」の意味ですので、重複表現です。紙面の字数は限られていますので、不要な「から」は抜きましょう。

 逓信省というのは、交通や通信を管轄していた国の行政機関です。1949年に郵政省と電気通信省とに分かれ、廃止となりました。昭和の初めごろは、制服やかばんなどの調達を合理化するために省内に設けられた「物品調査会」がさまざまな試行、検討を行っていた時期にあたります。

 2段落目の「背中一杯に」の「一杯」は、ひらがなに直します。朝日新聞では「ちょっと一杯」など名詞や数詞として用いるときには漢字を使いますが、「胸がいっぱい」や「精いっぱい」のように形容動詞や副詞として使うときにはひらがなで、と書き分けることにしています。また、常用漢字表では「干」に「かわ(く)」という読み方が認められていないため、「乾」に直します。次に引っかかったのは、「みじめさ」という表現。書かれる側に少し失礼な気がして、今なら使うのに抵抗感があります。私なら、「不都合があった」「不評だった」などと言い換えてはどうか、と提案してみます。

 新しい制服は「オリーヴ色」。「ヴ」は固有名詞を除いて原則使いませんので「オリーブ色」となります。ヴァイオリン、ヴァレンタインデー、ヴォーカルのように、英語やフランス語のv音などを表すためにしばしば目にする「ヴ」ですが、厳密に発音を区別している人はほとんどいないでしょう。それでも好んで使う人がいるのは、なんとなく新しくておしゃれな雰囲気が漂うような気がするからかもしれません。

 興味深い「ヴ」の使い方に、「ボルヴィック」という例があります。つづりはvolvicですが、「ヴ」が使われているのは後ろのvだけですね。なじみ深い外来語から、v音を含む言葉を探して文章を作ってみると……。「ヴォランティア活動の帰りにコンヴィニで買ったヴァニラアイスを食べながら、テレヴィでボサノヴァのライヴを見た」。いかがでしょうか? 

 書くときにだけ区別するなら、バ行の音を含む外来語についてもれなく原語の発音とつづりを確かめなくてはなりません。若い世代には少し違和感があるかもしれませんが、「外来語は日本語と割り切って、バ、ビ、ブ、ベ、ボで表記する」のは、シンプルで理にかなったルールだと言えるでしょう。

 最後の段落にある「ハイカラなモダーン飛脚」など、現代の新聞ではまずお目にかかれない表現も面白いですね。短い言葉の中に、時代の空気がたっぷりと含まれています。「ハイカラ」の元は、高い襟(high collar)。洋行帰りの人が気取って高い襟の服を着ていたことから、「流行を追った、おしゃれな」などという意味で使われるようになったとか。

 さて、この制服ですが、実物はどのようなものだったのでしょう。東京・大手町の逓信総合博物館の中にある郵政資料館で、郵便開業当初からの制服の移り変わりを見ることができます。訪ねてみると、この記事で紹介されている「オリーヴ色の折えり」の制服(紙面で左の人が着ている服)も、1931(昭和6)年ごろのものとして展示されていました。詰め襟から折り襟になったのはこのときが初めて。「半麻」とは強度を改善するために綿を混ぜたもので、「セル」というのは夏用の学生服などによく使われたさらっとした織り地のことです。開業以来紺だった制服が、「国防色」とそっくりな色に変わったのは、おそらく時代背景と無関係ではないでしょう。

左が1872年に制定された制服。右の制服の袖には郵便マークがあしらわれている拡大左が1872年制定の制服。右の制服の袖には郵便マークがあしらわれている

 同館によると、この時期はちょうど移行期にあたり、初めて試行された真夏用の麻のワイシャツ(紙面で右の人が着ている服)は4年後に「特別上衣」として採用されたものの、「ハイカラ」で「モダーン」と評されたちょうネクタイは同時に廃止され、短命に終わったとのことでした。

 ちなみに、展示されている制服の中で私が最も気に入ったのは、創業翌年の1872(明治5)年に制定された紺地の詰め襟=写真左、郵政資料館所蔵。真っ赤な襟に、現在の制服には見られない遊び心を感じました。おなじみの郵便マーク「〒」は、1888(明治21)年ごろの制服の袖口にすでにあしらわれています=同右

(紙面の画像には主な直しだけ朱を書き入れています。現在の朝日新聞の表記基準で認めていない漢字の音訓や、当時は入れていなかった句点を入れる等については、原則として記入を省いています)

【現代風の記事にすると…】

おしゃれになる郵便屋さん 6月1日から

 6月1日、郵便集配人の制服が一新される。かねて逓信省経理局の需品課で用意していたが、18日、全国各地への発送が終わった。

 ×…今までの夏服は麻地で濃紺の詰め襟式。集配で一日歩き回るとすぐに背中いっぱいに汗がしみて、乾くと真っ白に塩が浮き出してしまうため、評判はいまいちだった。新しい制服はオリーブ色の折り襟で、綿麻混紡のものとセル地のものとを2年に1着ずつ支給。真夏にはさらに、この上着の代わりにクリーム色の見るからに涼しそうな麻のワイシャツを導入することになった。

 ×…シャツの胸には郵便のマークが入っている。黒のちょうネクタイを締めてヘルメットを着用すると、すっかりおしゃれなモダン飛脚。衣替えを前に、格好が良くて涼しい新制服を集配人たちは心待ちにしている。

【写真は集配人の新制服。右が夏服、左が冬服】

(上田明香)

当時の記事について

原文どおりに表記することを原則としますが、読みやすさの観点から

  • 漢字の旧字体は新字体に
  • 句点(。)を補った方がよいと思われる部分には1字分のスペース
  • 当時大文字の「ゃ」「ゅ」「っ」等の拗音(ようおん)、促音は小文字に

等の手を加えています。ご了承ください