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昔の新聞点検隊

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【当時の記事】

だし抜けに九十一度! きのふぐんぐん昇った水銀柱 正に殺人的の暑さ

散々こまらせた雨が上ったと思ふと今度はとてつもない暑さ 十九日の正午は寒暖計の水銀もグングン昇りつめて正に摂氏三十二度八分(華氏九十一度) 面食らったカンカン帽とパラソルは折柄の日曜を幸ひに我も我もと敷石道をさけて海へ山へと繰だすさわぎ、正午までの人出は東京駅から湘南地方への約五千人、両国から房総方面への三千人、小田急だけでも約千人といふ大繁昌振りを示した

 (中略)

プールへ海へ 蒸がまの底にうめく 都会人は押出す 水のシーズン全く展開

十九日の日曜はよく晴れて本年始めての夏らしい暑さだった、長雨で抑へつけられてゐた欲望がせんを抜かれたサイダーのやうに沸騰して水へ!プールへ!と人々を誘惑する、市内外のプールは大変な賑はひで午後一時少し前、日比谷の子供プール入口前には一時の開場が待遠しさうにじりじりしてズロース一枚や水着姿の小河童連が列を作って立ってゐるし、小石川の礫川を始め、赤坂の氷川、浅草の精華それに今年出来た麻布の南山等三十余校のプールはいづれもうれしさうな子供達で一杯だ

◇芝プールなどは白、赤 水、グリーン、黒と色とりどりのふんどしオン・パレードでその数約三百 「お守り」の様に衣服札を肩にかけて大変な騒ぎ

◇水の公園 隅田プールは万国旗が翻り、某撮影所俳優連が混っての競泳会の最中、選手上りの色の浅黒い男優が、白扇を指にはさんだ足をだして水中にもぐる 『顔をだした』『セキをした』『水をのんだのだ』とその都度パチパチパチと拍手わく

◇神宮プールではづらりと並んだ数百の河童連、ヂャムプ台の上に逆立ちした男がどぶんとばかり飛込むや足音に驚いた蛙の様に次ぎ次ぎと飛まつを立てて飛込む壮観

 (後略)

(1931〈昭和6〉年7月20日付 東京朝日 朝刊7面)

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【解説】

 夏といえば、水遊び。「海に行きたい!」と夏休みを指折り待っている人もいることでしょう。今回の記事は約80年前のものですが、真夏日に海やプールが混雑するのは今と同じ。ちょっと違うのはプールサイドにひしめき合う中に、ふんどし姿の人が交じっていることくらいでしょうか。

 「九十一度!」の見出しにはぎょっとさせられますが、気温の数字で間違いではありません。現在、日本では温度を表すのにセ氏(摂氏)を使いますが、この記事では「摂氏三十二度八分(華氏九十一度)」と2通りの表記を並べています。カ氏(華氏)というのはドイツの物理学者ファーレンハイトが考案した温度目盛りのことで、米国などでは今も一般的に用いられています。考案者の名前に中国で「華倫海」という漢字が当てられたことから、日本でも「華氏」と略されるようになりました。「摂氏」も同様で、スウェーデン人天文学者セルシウスの中国語表記「摂爾思」や「摂爾修斯」が基になっています。現在の朝日新聞では、「セ氏、カ氏」というカタカナ書きがルールです。そのように直してもらいましょう。ちなみに、セ氏0度がカ氏32度、セ氏100度はカ氏212度に当たります。

 ここで、ひとつ注文。記事に気温データを入れるならば、時間だけでなく、観測地がどこであるかも明示したいところです。東京朝日新聞の記事であること、読み進めていくと「東京駅」や「両国」などが登場することから、おそらく東京都心のデータではないかと思われますが、今なら「ご確認の上、観測地名を入れて下さい」と依頼します。

 「三十二度八分」でなく「九十一度」を見出しにとったのは、見出しを考える編集者が「大きな数字の方がインパクトがある!」と思ったからでしょう。同じページの下の方にある「各地の気温」欄に「(摂氏)」と注意書きがあることからも、当時はどちらの目盛りも使われていたことがわかります。

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 現在なら海へ向かうマイカーで高速道路が混雑しますが、昭和初期の遠出といえば鉄道だったのでしょう。房総方面へのターミナル駅としてにぎわった両国。よく知られた地名なのでそのままでも問題ないと思いますが、両国の後にも「駅」があった方がいいかもしれません。当時の駅名を調べてみると「両国橋」だったようなので、駅名を入れるなら「両国橋駅」に直す必要があります。

 「殺人的の暑さ」「蒸がまの底にうめく」など、見出しは現在の新聞よりかなりセンセーショナルです。暑くてつらいのはわかりますが、32度台で「殺人的」だなんて、ちょっと大げさな気もします。しかし、「泳ぎたい」という気持ちが一気にわき出る様子を炭酸飲料の泡にたとえるなど、梅雨明けを待ち望んでいた人々が夏を思い切り楽しもうとする様子がよく伝わってきます。

 「小河童(かっぱ)連」という言葉も、今はまずお目にかかれません。「河童」は水泳の得意な人という意味で使われますが、「小」を付けてプールが大好きな子どもたちを指したのでしょう。想像上の動物であるカッパは人間の子どもくらいの大きさとされ、語源は「かわ+わらわ」とする説もありますから、まさにぴったりです。

 芝プールのくだりで、ふんどしの色を並べている文がありますが、「赤」と「水」の間には読点を入れましょう。赤や青や黄なら「色」は不要ですが、水色を「水」と省略するのは少し不自然な気もするので、「水色」とするか、「薄青」などと言い換えた方がわかりやすいのでは?と提案してみます。

拡大礫川小のプールとの別れを惜しむ記事(1972年8月13日付東京版)。クリックすると大きくなります
 この記事に登場する「小石川の礫川(れきせん)」は、1923(大正12)年に小学校専用としては日本で最初のプールが造られた東京都文京区にある小学校。夏に完成したばかりのプールにはられた水が、その年の9月1日に起こった関東大震災で被災した付近住民の飲み水などにも利用されたという逸話も残っています。このプールは校舎の改築に伴い、およそ半世紀後に取り壊されましたが、1972年8月13日付の東京版には、「サヨナラ みんなで泳いだこのプール」という見出しで、別れを惜しむ記事が大きく掲載されています=右の画像

 南山小学校のプールが「今年出来た」とあるように、「ぜいたく品」だったプールが都市に整備され始めたころなのでしょう。完成時に「世界一」と報じられた神宮プールができたのもちょうどこのころ。第1期工事を終えて一般公開が始まった1930年の記事を読むと、風紀の乱れを懸念する警視庁の了解が得られるまでの間、女性は入れなかったようです。1カ月前のプール開きの記事(1931年6月20日付)によると、午前8時~午後8時のうち午前10時~正午は女性の時間で、水泳の心得の無い方はお断り。この記事には、1回2時間20銭という入場料のほか、監視員と紛らわしいため男女とも赤い水着は遠慮するように、という注意事項まで書かれていました。

 競泳専用、飛び込み専用、1万3千人分のスタンドを備えた神宮プールは後に、拡張工事を経て1940年に東京で開かれる予定だった夏季オリンピックの水泳会場となることに決まります。しかし、日中戦争の影響で日本は開催権を返上。この大会は幻となってしまうのでした。

(画像には主な直しだけ朱を書き入れています。現在の朝日新聞の表記基準で認めていない漢字の音訓や、当時は入れていなかった句点を入れる等については、原則として記入を省いています)

【現代風の記事にすると…】

いきなり32.8度! 温度計の水銀ぐんぐん 東京も真夏日

 散々、世間を困らせた雨が上がったと思えば、今度はとてつもない暑さがやってきた。19日正午の気温は、32.8度。人々は過熱したアスファルトから離れようと、競うように避暑地に繰り出した。帽子やパラソルを手に、海へ、山へ。この日は日曜で、絶好の行楽日和になった。正午までの人出は、東京駅から湘南地方へ約5千人、両国橋駅から房総方面へ約3千人、小田急だけでも約千人というにぎわいだった。

 (中略)

都会の人もいっせいにプールへ海へ 水の季節到来!

 好天に恵まれた19日は、今年初めての夏らしい暑さだった。長雨で出来なかった水遊びへの欲望が、栓を抜かれた炭酸飲料の泡のようにふつふつとあふれ出たようで、人々が水場へ繰り出し、どこのプールも大変なにぎわいだった。東京・日比谷の子供プール入り口前には午後1時少し前になると、じりじりと開場を待つ水着姿の子どもたちで行列ができた。小石川の礫川小を始め、赤坂の氷川小や浅草の精華小、今年できた麻布の南山小など30余校のプールはどこもうれしそうな子どもたちでいっぱいだ。

 ◇ 芝プールには、白、赤、薄青、緑、黒……と、色とりどりのふんどしが勢ぞろい。約300人もの人が衣服札をお守りのように肩からかけて、大歓声を上げた。

 ◇ 万国旗はためく水の公園「隅田プール」では、撮影所の俳優らも参加して競泳大会が開かれた。よく日焼けした元水泳選手の男優が白扇を指にはさんだ足を出して水中にもぐって泳ぎを披露すると、観客からは「顔を出した」「せきをした」「水を飲んでしまったんだ」などとその都度、拍手がわいた。

 ◇ 神宮プールには数百人の子どもたちがずらり。ジャンプ台から逆立ちした男性が「ドブン」と水に飛び込むと、まるで足音に驚いたカエルのように、ほかの人も次々としぶきを上げて飛び込む様子は壮観だった。

 (後略)

(上田明香)

※「クロヒョウが逃げたっ!」の続編は7月13日に掲載します。

当時の記事について

原文どおりに表記することを原則としますが、読みやすさの観点から

  • 漢字の旧字体は新字体に
  • 句点(。)を補った方がよいと思われる部分には1字分のスペース
  • 当時大文字の「ゃ」「ゅ」「っ」等の拗音(ようおん)、促音は小文字に

等の手を加えています。ご了承ください