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昔の新聞点検隊

【当時の記事】

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ヂョッキ党に吉報 “泡”に取締の眼 『泡はビールに非ず』

 ビール党に福音―― 生ビールの泡はビールの実体でないといふことに六日東京市権度課で決定して十月一日から泡はサービスとしてヂョッキに盛られることとなった

 市権度課では八月二十三、四の両日に亙って京橋、日本橋、浅草の一流ビヤホールを一斉検査したところ五百立方センチのヂョッキの中に四百二十立方センチしか入ってゐないのや、同一の店でヂョッキを三種類使用してゐるのを始め量目が区々であるのみか値段も去る四月六日付東京府告示で一リットル最高八十銭と定めてあるのを超過してゐる等々の違反が続出してゐた事に鑑み六日午前十時麹町区内幸町のレインボーグリルに東京市岸消費経済部長、大草権度課長 警視庁、東京府の関係者及び業者側から大日本ビール販売課長キリンビール販売課長、ニユートーキヨー支配人、銀座キリンビール支配人等を始め卅余名の業者が集合 生ビールの価格に就いて協議を行った

 泡はビールであるか否かに就いて相当疑議が出たが結極当局の意が通って生ビールの小分販売量目規格は従来八百立方センチ、四百立方センチ、二百立方センチの三種類に分れてゐたのがこれは量目上まきらはしいといふことになり将来は千立方センチ、五百立方センチ、二百五十立方センチの三種類とし容器即ちヂョッキには実量を標示する線を入れてそこまでは必ずビールを入れそれ以上は泡のサービスといふことに決定した、更に店頭及びメニューには価格と量目を標示することとなった、なほ値段は四月六日付広示の一立最高八十銭を厳守することとし市権度課では九月中に都下二千軒の生ビール販売業者の容器を調査して十月一日から実施させることになってゐるが泡に対する監視の目が鋭くなるので実質上は二割位の値下げとなる見込である

(1940〈昭和15〉年9月7日付 東京朝日新聞夕刊2面)

【解説】

 仕事後、キンキンに冷えたグラスにビールを注いでググッと一杯がおいしいこの季節。相手のグラスにうまくついだつもりが、泡が9割、ビール1割の比率に。「ビールが入ってない!!!」と言われ「いえいえ、泡もビールですよ~」と切り抜けようとしたことがある人も多いのでは? 泡もビールなのか否か――。昔も議論になったようです。

 まず表記的な直しからみていきましょう。見出しの「眼」は常用漢字表では「め」という読み方がないので現在の紙面では「目」に直します。同じ意味で使われている本文の「監視の目」はきちんと「目」を使っていますね。

 次に「ビヤホール」。今は、「イ列」「エ列」の音の次の「ア」音は「ヤ」でなく「ア」で表すのを原則としています。例えば、「エリア」や「スペア」といった言葉です。ただし、「カシミヤ」「ダイヤ」などの例外もあるので、気になる方は以前にもご紹介した「『改訂新版』朝日新聞の用語の手引」をのぞいてみて下さい。この決まりが適用される「ビヤホール」は「ビアホール」に直すことにします。

 読み進めていくと、ビールの量を量る単位が「立方センチ」や「リットル」、「立」と書き方が統一されていないのが気になります。同じ単位でそろえたいところです。今回はビールという「液体」なので、リットルで書くのがイメージしやすいのではないかと思います。「リットル」と「ミリリットル」にするよう、提案してみます。また、「量目」という表現も単に「量」にしてしまいましょう。今回の場合は「重さ」よりも「容積」の方が焦点になってくるので、量った物の重さを意味する「量目」を使うと違和感があるからです。

 1リットルあたりのビールの価格を定めた東京府の「告示」。最後の方で再度この取り決めに触れている文章では「広示」となっています。「公示」と取り違えたのでしょうか。いずれにせよ、同じ記事の中で別の表現をしているのはおかしいです。どちらかにそろえてもらいます。

 他には2カ所ある「標示」も「表示」に直してもらいます。二つ目は「価格と量目を標示」とあるので、「外部にはっきりとあらわし示すこと」(三省堂「大辞林」)という意味の「表示」が適当でしょう。一方、一つ目は「めじるしとなる文字・記号・図」(大辞林)という意味から考えると「標示」でもいい気がします。ただ、現在の紙面では「ひょうじ」は「道路標示」以外は「表示」と書くことに決めています。そこで、一つ目も二つ目も「表示」と書くことにします。

 最後に、「疑議」を「疑義」に、「結極」を「結局」と直しましょう。

泡なしビール拡大写真2 ほとんど泡がないビール
ビール21:4拡大写真1 ビールと泡の比率がほぼ21:4(=84:16)
 この記事を読むと、東京市では「泡はビールではない」という結論がでたようです。確かに、お店で泡ばかりのビールと泡が少ないビールが同じ価格で出されたら……、と思うと、泡はビールではないと言いたくなるかもしれません。さて、記事中にあった、「500立方センチのジョッキの中に420立方センチしか」ビールが入っていない状態とはどのような状態なのでしょう? ちょっと実験。ビールと泡が当時の記事に出てきた21:4(=84:16)の比率とほぼ同じになるようにグラスに注いでみました=写真1。むむっ、意外に泡が少ない。ビールの黄色い部分が多くて泡が入っていなさすぎる、と思ってしまいました。次に、ビールの泡をほとんど無い状態に注いでみると――=写真2。ビールの黄色い部分がグラスのぎりぎりまで注がれていて、量としてはお得な気もしますが、気が抜けたときの状態のようで、視覚的にも楽しめない! 飲んでいても、何か物足りない気がしてしまいました。ビールは泡があってこそ、おいしい気が私はします。昔と今では、泡に対する感覚が随分違っていたのかもしれません。個人によって、好みもあるのでしょうが……。

ビール黄金比率拡大写真3 ビールと泡が7:3。これが一番おいしそうに見える「サッポロビールの黄金比率」(サッポロライオンの西村さん)
 「今ではもっと泡が入ってるよな~」と思い、サッポロライオン広報担当の西村礼佳さんにお話を伺ったところ、「サッポロビールのビールと泡の黄金比率は7:3」=写真3=とのこと。この比率を「黄金」とするのは、見た目が一番おいしそうだからだそうです。もう一つの理由は、泡にはビールの雑味や苦みを閉じ込め、炭酸ガスを逃がさない役割があり、最後までおいしく味わうために最もよく利用できると考えるからということでした。

 それにしても、ビールの1リットルあたりの価格が東京府に決められていた、というのは、今の感覚では不思議な気がします。当時の記事をみると、お店で飲むビールだけでなく、一般消費者が買うビールの価格がいくらになった、という話題が何度か出ているようです。ある記事では「市販値段が決れば飲食店でボラれる心配もなくなるわけである」と書かれていました。また、同じ1940(昭和15)年の5月には、「6月1日から『家庭用ビール』を売りだす」という記事で、家庭用というラベルが張られたビールを料理店へ闇で流す小売店があれば、ただちに配給を停止して闇取引の取り締まりを強化すると報じています。売り先を分けるための方策もとられていたようです。

 ところで、この目盛り付きジョッキは東京市内ではどれぐらい出回ったのでしょうか。10月1日付の記事を読むと「約80万個」が市内に登場したそうです。ただ、飲酒の禁止などが義務付けられた興亜奉公日(毎月1日)だったこの日。この目盛り付きのジョッキで飲むことも興亜奉公日には遠慮するように、と書かれていました。

 ことば談話室に「ビールなどの雑味」について書かれている「雑味ってどんな味? 」という記事があります。ビール党の方には興味深い話題かも。こちらもぜひご覧下さい。

(画像には主な直しだけ朱を書き入れています。現在の朝日新聞の表記基準で認めていない漢字の音訓や、当時は入れていなかった句点を入れる等については、原則として記入を省いています)

【現代風の記事にすると…】

ジョッキ党に吉報 「泡」に取り締まり 「泡はビールではない」

 ビール党に朗報――。東京市経済局消費経済部権度課は6日、生ビールの泡はビールそのものではないと決めた。これで10月1日から泡はサービスとしてジョッキにつがれることになる。

 同課は8月23、24の両日に、京橋、日本橋、浅草の主なビアホールを一斉検査したところ、500ミリリットルのジョッキの中にビールが420ミリリットルしか入っていなかったり、同じ店舗で3種類のジョッキを使っていたりして、量がまちまちだった。それだけでなく、値段も4月6日付の東京府告示で1リットルの価格は最高80銭と定めたが、それを超えているなどの違反が続出していた。これらの調査結果をもとに、6日午前10時に麹町区内幸町のレインボーグリルで東京市の岸消費経済部長、大草権度課長、警視庁、東京府の関係者のほか、ビール業界からは大日本ビール販売課長、キリンビール販売課長、ニユートーキヨー支配人、銀座キリンビール支配人ら三十数人の業者が出席し、生ビールの価格を協議した。

 泡はビールかビールではないかは、相当疑義が出たが、結局、当局の意見が通った。生ビールの小分け販売量の規格は従来は800ミリリットル、400ミリリットル、200ミリリットルの3種類に分かれていたが、これは計量のときに紛らわしいということで、将来は1リットル、500ミリリットル、250ミリリットルの3種類とすることにした。さらに、ジョッキにビールの量を表示する線を入れて、その線まで必ずビールを入れて、線より上は泡をサービスでつぐことに決定した。さらに、店頭及びメニューには価格と量を表示することになった。値段は、4月6日付の告示にあった、1リットル80銭を厳守することとした。権度課では9月中に都下2千軒の生ビール販売業者の容器を調査して、10月1日から実施する。泡に対する監視の目が厳しくなるので、実質的には1杯2割程度の値下げとなる見込みだという。

(山室英恵)

当時の記事について

原文どおりに表記することを原則としますが、読みやすさの観点から

  • 漢字の旧字体は新字体に
  • 句点(。)を補った方がよいと思われる部分には1字分のスペース
  • 当時大文字の「ゃ」「ゅ」「っ」等の拗音(ようおん)、促音は小文字に

等の手を加えています。ご了承ください