メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

昔の新聞点検隊

拡大クリックすると大きくなります
【当時の記事】

無残 名古屋城の金鯱 鱗五十八枚剥奪さる 四十万円の空中怪盗 “大凧の金助”以来

【名古屋電話】天下に誇る名古屋金鯱城金の鱗が五十八枚盗まれて居るのを発見 センセイションを巻起した――名古屋市では昨年八月頃から築城の謎を解くべく櫓を組んで大規模な天守閣の実地調査を進めて居るが七日早朝名古屋市の技手が天守閣の大櫓に上り金鯱の調査に取りかかると雄の金鯱の金網が一尺四方破られ胴体の金の鱗五十八枚がペンチで剥ぎ取られて居るのを発見、直に所轄新栄署へ急報、同署では名古屋地方検事局、県刑事課の指揮を仰ぎ永山県刑事課長、中村新栄署長、小宮博士など現地に急行、城内の拝観者の出入を禁止して実地検証を行ふ一方全署員を招集、犯人捜査に大活動を開始した、検証の結果現場に残されて居る痕跡から見て鱗を剥奪したペンチと金網を切り破ったペンチは同一で犯人は城の事情に通じたもの一名と推定されて居る、尚金鱗の大きさは掌の半分位、銅板に金が張ってあり損害約四十余万円と見られてゐる、金鯱は雌雄二つで小判で一万七千九百七十五両かかって居り一枚の鱗は大判一枚を切って造られて居るが実見者の談によると今度盗まれた北の雄の方は高さ七尺七寸、然も総身の鱗は悉く黄金でその重さ二百七十貫あったとの事である、盗難は大凧に乗って盗んだといふ柿木金助の伝説以来はじめてである【写真は盗難の鯱】

(1937〈昭和12〉年1月8日付 東京朝日 夕刊2面)

【解説】

 名古屋といえば名古屋城、名古屋城といえば金の鯱(しゃちほこ)。その鯱から、うろこが盗まれた!!

 名古屋城は今年、1610(慶長15)年に徳川家康が建て始めてから400年を迎えました。名古屋の前は清須に城と町がありましたが、低地であるため木曽川のはんらんや水攻めを受けるおそれがあり、軍事的に適した立地とはいえませんでした。そこで目に留まったのが、がけや沼があり「天然の要害」といえる名古屋。さらに東海道や熱田湊(あつたみなと)といった陸海の交通や比較的広大な土地を持っていたことから、城下町に適していました。

 名古屋城と聞いて多くの人が思い浮かべるのが、金の鯱でしょう。今でこそ鯱をいただく城は少なくなりましたが、昔はそうではありませんでした。「インターネットミュージアム」の名古屋城紹介サイトによると、織田信長の安土城、豊臣秀吉の大坂城、徳川家康の江戸城などにも金の鯱は飾られていましたが、火災にあったり破壊されたりしてなくなってしまったようです。

 今回は、名古屋城の金の鯱からうろこが58枚も盗まれた、というセンセーショナルな事件を取り上げます。さっそく違和感を覚えたあなたは、なかなか鋭いです。記事では「センセイション」としていますが、現在の新聞では「センセーション」とします。これは日本新聞協会が、原語で二重母音の「エイ、オウ」は原則として長音とみなす、としているからです。sensationの場合はaの発音が[ei]なので二重母音にあたります。
 この「センセーション」のくだりですが、事件自体が驚きですので、あえて入れる必要はないと思われます。

 画像をご覧いただくとわかりますが、この時代はルビの振り方がとても自由です。現在では「熟語全体に付ける」のがルビの原則ですが、本文冒頭の「名古屋」は「古」にだけ振られており、しかも「こ」。今回の記事に出てくる「名古屋」はすべてこのパターンでルビが振られています。その理由は想像するしかありませんが、一文字一文字活字を手で拾っていた時代です。早さを優先して自分の覚えているルビ付きの「古(こ)」を拾ってしまったのかもしれません。

 「直(ただち)に所轄新栄署に急報」は重複表現。「急報」自体が「急いで知らせること、急の知らせ」(広辞苑)の意味ですから、「通報」とするか「直に」を抜くとすっきりします。「一番最初」「違和感を感じる」「過半数を超える」なんていうのも、よく考えると変ですよね。

 「小宮博士など」を「小宮博士ら」と直す朱を入れましたが、「同じ意味じゃない?」と疑問に思う人もいるかもしれません。確かに「など」も「ら」も漢字にすれば「等」ですし、名詞に付いて複数を表すという役割もだいたい同じです。しかし「など」には「軽んじて扱う」という否定的なニュアンスがあるため、朝日新聞では人につく場合「ら」や「たち」を使うようにしています。

 ところで突然登場するこの「博士」、一体何者でしょうか。「県刑事課長」や「新栄署長」は警察関係者だとすぐわかりますが、「博士」が警察とどんな関係があるのか、なぜ「現地に急行」したのかよくわかりません。現在なら、「○○に詳しい」と専門分野を示したり、「○○大学教授」のように所属を明らかにしたりするところです。

 人を数える「人(にん)」と「名」も、ほとんど同じ意味といっていいでしょう。今年4月26日に放送されたNHK総合テレビ「お元気ですか 日本列島」の「ことばおじさんの気になることば」コーナーでは、「人」は「単純に人数を数える場合」、「名」は「改まった表現をする場合、定員・定数のある場合」と説明した上で、「どちらを使っても問題はないので、自分の感覚で選んで使えばよさそう」と結論づけていました。つまり「人」と「名」には、厳密な使い分けがあるわけではないようです。ただし新聞は、原則として「人」で統一しています。

 記事によると、盗まれたうろこの大きさは「手のひらの半分くらい」。具体的なイメージが浮かんで良さそうですが、実際どのくらいのサイズだったのでしょう? 分量が多いのでここでは取り上げていませんが、この記事は左側に続きがあります。それによると「鱗(うろこ)の長さが大きいのは五寸五分から七寸五分、小さいのでも三寸五分から二寸五分はある」。最小と最大の値をメートル法に換算すると「7.5~22.7センチ」になります。「手のひら」というとふつう手首から指の付け根までを指しますから、小さい方をとっても「手のひらの半分くらい」と言うには大きいですね。「片手に載るくらい」などとしてはどうでしょうか。

 最後に登場する柿木金助、見出しにも使われていますがどんな人物かご存じでしょうか。1783(天明3)年に大坂で上演された初代並木五瓶の「傾城黄金鯱」などに描かれる、大凧(おおだこ)に乗って空を飛び、名古屋城の鯱のうろこ3枚を盗むという、何とも華麗な怪盗です。芝居に限らず、明治期には毎日新聞の連載小説「享保実譚 花の春日野」にも登場しました。「大凧に乗ってうろこを盗んだ」というのはあくまで伝説ですが、柿木金助という人物は実在したようです。濃尾の各地で盗みなど犯罪を重ねたため、名古屋の町じゅうを引き回しの上、はりつけ獄門に処されたといわれています。

 犯人は本当に、金助のように凧に乗ってうろこを盗んだのでしょうか。それとも……? 事件の顛末(てんまつ)は、8月10日公開の記事で明らかになります。ご期待下さい。

(画像には主な直しだけ朱を書き入れています。現在の朝日新聞の表記基準で認めていない漢字の音訓や、当時は入れていなかった句点を入れる等については、原則として記入を省いています)

【現代風の記事にすると…】

無残 名古屋城の金の鯱 うろこ58枚盗まれる 40万円の空中怪盗 “大凧の金助”以来

 【名古屋電話】天下に誇る名古屋城の金の鯱(しゃちほこ)から、うろこ58枚が盗まれているのが見つかった。センセーショナルな犯罪に、市民に驚きが広がっている。

 名古屋市は昨年8月から、名古屋城築城の謎を解くため、やぐらを組んで大規模な天守閣の実地調査を進めている。今月7日早朝、同市の技術者が天守閣の大やぐらに上り金の鯱の調査にとりかかると、雄の鯱を覆う金網が約30センチ四方破られ、胴体の金のうろこ58枚がペンチではぎ取られているのを見つけて、すぐに新栄署に通報した。

 同署は名古屋地方検事局、県刑事課の指揮を仰ぎ、永山県刑事課長、中村新栄署長、○○に詳しい小宮博士らが現地に急行、城内の拝観者の出入りを禁止して実地検証を行う一方、全署員を招集し、捜査を開始した。

 検証の結果、現場の痕跡からうろこをはぎ取ったペンチと金網を切り破ったペンチは同じもので、犯人は城の事情に詳しい者とみられる。うろこは銅板に金が張ってあり、片手に載るくらいの大きさ。被害額は約40万円とみられる。鯱は雌雄二つあり、小判で1万7975両分が使われているという。1枚のうろこは大判1枚を切ってつくられていて、実際に見た人によると、今回盗まれた北の雄の方は高さ約2.3メートル、全身のうろこはすべて黄金で重さは約1トンになるという。

 名古屋城の鯱からうろこが盗まれるのは、大凧(おおだこ)に乗ってうろこを盗んだといわれる柿木金助の伝説以来という。【写真は被害にあった鯱】

(森本類)

当時の記事について

原文どおりに表記することを原則としますが、読みやすさの観点から

  • 漢字の旧字体は新字体に
  • 句点(。)を補った方がよいと思われる部分には1字分のスペース
  • 当時大文字の「ゃ」「ゅ」「っ」等の拗音(ようおん)、促音は小文字に

等の手を加えています。ご了承ください