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昔の新聞点検隊

小海線でゆく 日本一の高原の旅

森本 類

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【当時の記事】

日本一高原展望車 けふ開業 上り牛車下り釣瓶落し 甲信の屋根走破記

【小淵沢にて池田特派員発】日本一の高原鉄道小海線は二十九日開通した、記者は今日から甲信の屋根の上を走る高原展望列車に試乗して午前五時十分小海発小淵沢駅を発った

野辺山駅は海抜千三百余メートルにあり、一千メートル以上の駅が七つも続いて居るのだから関東平野甲府盆地から見れば将に屋根の上だ、小海線の各駅は朝来いづれも国旗を立て紅白の幔幕を張り万国旗を飾って高原展望線の開業を祝ってゐる

最初の展望列車は静寂な高原の未明を衝いて小海を発車した、機関車とボギー二輛の三輛連結だが猛烈な上り勾配なので列車は牛車の様に遅い、新鋭の機関車は息絶え絶えにあへぐ、軈て高原の黎明は左の車窓を赤く染めた、この中を金峰、朝日等の秩父の山々は絵のやうに浮び出てまるで手が届くと思はれるほど近い、列車は渺々たる高原へ出た、ハイキングの好適地野辺山高原だ、往く手には雄大な八ケ岳連峰が眉宇に迫ってゐる、「美ノ森」の展望台も念場ケ原も雲海の下に隠れてゐる、高原を走る列車はまるで密雲の中を飛ぶ飛行機の様だ、屹立する甲斐駒を盟主とする南アルプス連峰の山波と高原を縫うて高原展望線の処女コースを走った列車は午前七時廿四分中央線の小淵沢駅に着いた 新設野辺山駅長さんの話では上り千分の三十五といふ急勾配なので全線約四、五時間を要するが下りは文字通りの釣瓶落しだと

何しろ同線の開通で八ケ岳登山は東京から日帰りで出来る様になったしハイカーにも好適な処女地を開放されたわけだ

(1935〈昭和10〉年11月30日付 東京朝日 夕刊2面)

拡大JR小海線・野辺山駅のホームには「JR線最高駅野辺山」の碑が立っている
【解説】

 連日のように「猛暑」「酷暑」の見出しが並ぶ今年の夏。涼を求めて、少しでも北へ、少しでも高いところへ、足を延ばした方も多いのではないでしょうか。人出の多い時期を避けて、これから避暑地へ出かけるという方もいらっしゃるかもしれません。

 まだまだ残暑が続く中、今回は涼しそうな話題をと思い、「高原展望列車」の記事を選びました。小淵沢(山梨県)-小諸(長野県)間78.9キロを結ぶ「小海(こうみ)線」の開通時に、列車に乗った記者のルポです。記事の初めに「池田特派員」とありますが、現在ならフルネームで書くところです。

拡大野辺山駅の駅舎。鮮やかな白が印象的だ
 小海線は現在、標高の高い順で全国1~9位の駅がそろっています。JR最高を誇る野辺山駅は標高1345.67メートル。ホームには上下線とも「JR線最高駅野辺山」の碑= 写真右 =が立っていて、記念撮影をする観光スポットになっています。丸みを帯びた駅舎は鮮やかな白が印象的で、とても涼しげです= 写真左

 今でこそ、野辺山や清里は涼しい気候を生かした高原野菜や多くのペンションが有名ですが、当時はまったく違いました。「高原のポニー 佐久鉄道と小海線」(中村勝実著、櫟)によると、「高冷地のうえに水の便が悪く、『人間の住める場所ではなかった』」そうです。

 人間が住めないとなると、そこは動物たちの天国。野辺山駅に熊が現れたり、大量発生したヤスデをつぶした車両が脂でスリップしたり……。開通当初の小海線は、動物の話題が相次ぎました。

 さて今回の記事には、小海線の路線図が載っていて、場所が分かりやすくなっています。現在の紙面でも、上に「The Asahi Shimbun」のロゴが入った図をよく見かけますよね。朝日新聞社内ではこれを「デザイン画」と呼んでおり、その点検も校閲の仕事の一つです。

 今回の場合、駅名や路線名・地名は正しいか、県境や路線は正しく描かれているか、といった点を別の地図と照らし合わせながらチェックします。本文との照合も重要です。地図の「八ケ岳」は「八ケ嶽」、「小淵沢」は「小淵澤」、「野辺山」は「野邊山」と旧字になっていることに気づきます。どちらかにそろえたいところです。

 この地図には不親切な点があるのですが、わかりますか? そう、方位記号がないのです。朝日新聞では必ず入れるようにしているわけではありませんが、入っていない場合は「上が北」が原則。ほかの地図や路線図と見比べると一目瞭然(りょうぜん)ですが、この地図、「右が北」になっているのです。デザイン画点検は「木を見て森を見ず」に陥りがちなので、気をつけないといけません。

 小海線は日本一高いところを走る路線です。野辺山駅は「海抜千三百余メートル」となっており、おおむね確認した通りです。ところで「海抜」には似た表現に「標高」がありますが、二つの違いをご存じでしょうか。

 正解は――ちょっとズルいですが、「ほとんど同じ」。日本国語大辞典を引いてみると、「標高」が「ある地点の平均水面からの高さをいう。海抜」とあります。「海抜」は「平均海水面からの高さ。陸地の高さや飛行機の飛行高度などを表す時に用いる。標高。絶対高度」で、ほとんど違いが見られません。

 朝日新聞の過去記事を検索すると、「疑問解決モンジロー」のコーナーでこの違いを検証している記事を見つけました。

 確かに、どう違うのかよくわからんでごザル。国土地理院(茨城県つくば市)へ行って聞いてみたよ。
 「東京湾の平均海面を0メートルとして測った高さが標高だよ」と地図測量広報相談官の平井英明さん。じゃあ海抜は? 「似たような意味なんだけど、東京湾平均海面じゃなくても、平均海面からの高さを測れば海抜と言えるんだ」

(2008年9月22日付朝刊生活1面「標高と海抜、どう違うの」)

 「海抜」はどこの海でも測ることができますが、基準が一定でないので高さを比べるのには向きません。例えば東京の「海抜100メートル」と大阪の「海抜100メートル」は厳密にはちがう高さということになります。「標高」は全国どこで測っても東京湾を基準にしているので、高さを比べることができます。こうした理由から、朝日新聞では「海抜ゼロメートル地帯」などの表現をのぞき「標高」を使うことにしています。

 ところで記者が乗ったのは「機関車とボギー二輛の三輛連結」だそうですが、ボギー車とはどんな車両なのでしょう。大辞林(三省堂)を引くと「車体に対して回転しうる台車(ボギー台車)二組の上に車体をのせた鉄道車両。車体が車輪に拘束されないため、曲線を安定した状態で通過でき、また高速運転が可能になる」とあります。日本の電車は初め、車体に車軸を直接つける「二軸車」が主流でした。しかし人や物をたくさん運ぶ必要が出てくるにつれ、車体は大型化。二軸車ではカーブを曲がりきれないため、ボギー車が普及したというわけです。小海線でも国有化する前の1925年(当時は佐久鉄道)、ボギー客車が導入されました。

 後半に、「処女コース」「処女地」といった表現が出てきます。今なら「新コース」「新開地」などと書きます。初めてのことを「処女」に例えるのは、昔は一般的な表現だったのでしょうが、女性の処女性に価値を置く男性的視点を読者に押しつけるようですし、今では古くさい表現のように感じます。

 校閲記者にとって厄介なのが、「同」を使った表現。「同日」や「同県」、「同罪」など、新聞にはさまざまな「同」が登場します。文字数を減らすための工夫ですが、多用すると何を指しているのかわからなくなる、という危険性があります。

 「同」は「直前のことばを受ける」のがルール。今回の記事では後ろから4行目に「同線の開通で八ケ岳登山は東京から日帰りで出来る様になったし……」と出てきます。「同」が何を指すか知るには、ここからさかのぼって「○○線」を見つければ良いわけです。すると行き当たるのが「中央線」。あれれ、この記事は小海線の話をしているのではなかったか。こういう「同」は読者を混乱させるおそれがあるので、「同線」ではなくはっきり「小海線」と書いてもらうことにします。

 先日、実際に小海線に乗りました。晴天に恵まれたこともあり絶景に出あえました。車窓から見えるコバルトブルーの空、ホイップクリームのような入道雲、モスグリーンに輝く山々は、一見の価値があります。記事がうたう「日本一」は標高だけでなく、この景色のことも表しているのかもしれない、とふと思いました。

拡大野辺山では絶景に出あえました(この写真は列車をおりてから撮ったものです)

(画像には主な直しだけ朱を書き入れています。現在の朝日新聞の表記基準で認めていない漢字の音訓や、当時は入れていなかった句点を入れる等については、原則として記入を省いています)

【現代風の記事にすると…】

日本一高原展望車 きょう開業 上り牛車下りつるべ落とし 甲信の屋根走破記

 【小淵沢(山梨県)=池田】日本一の高原鉄道小海線が29日開通した。午前5時10分、甲信の屋根の上を走る小海発小淵沢行きの高原展望列車に乗ってみた。

 小海線は1千メートル以上の駅が七つも続いており、最も高い野辺山駅は標高1300余メートル。関東平野や甲府盆地から見ればまさに屋根の上だ。小海線の各駅では、朝から国旗を掲げて紅白幕を張り、万国旗を飾って新線開業を祝っている。

 最初の展望列車は、まだ暗いうちに小海駅を出発し、静かな高原を進んだ。機関車とボギー2両の3両編成だが、猛烈な上り勾配(こうばい)なので列車は牛車のように遅い。新鋭の機関車は息絶え絶えにあえぎ、やがて高原の夜が明けて、車窓を赤く染めた。金峰、朝日など秩父の山々が絵のように浮かび出て、手が届きそうなほど近い。

 列車は広大な高原へ出た。ハイキングに最適な野辺山高原だ。行く手には雄大な八ケ岳連峰が目前に迫る。「美ノ森」の展望台も念場ケ原も雲海の下に隠れている。高原列車は、まるで雲の中を飛ぶ飛行機のようだ。そそり立つ甲斐駒を盟主とする南アルプス連峰の山並みと高原を縫って、新コースを走った列車は午前7時24分、中央線の小淵沢駅に着いた。新設された野辺山駅の駅長は「1千分の35の急勾配なので上りは全線で約4、5時間かかりますが、下りは文字通りのつるべ落としです」。

 小海線の開通で八ケ岳登山は東京から日帰りでできるようになり、ハイカーには最適のコースができた。

(森本類)

当時の記事について

原文どおりに表記することを原則としますが、読みやすさの観点から

  • 漢字の旧字体は新字体に
  • 句点(。)を補った方がよいと思われる部分には1字分のスペース
  • 当時大文字の「ゃ」「ゅ」「っ」等の拗音(ようおん)、促音は小文字に

等の手を加えています。ご了承ください