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昔の新聞点検隊

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【当時の記事】

版画の年賀状 その趣向が生む春のほほ笑み 拙ないものほど味がある 造作ない彫刻法

今年もだんだん押詰まって正月の支度に何かと気せはしくなる。年賀状を衣匠したり書いたりする事もその一つで、特に毎年頭を悩まされる仕事です。近来年賀状は虚礼に過ぎないなどの議論も大分起ってゐるが、年賀状を無意味だと思ふのは、ただの活版刷りの

無趣味なもの

を使ふから、つい面白くなく虚礼呼ははりされるのだから、もし一寸した思ひつきで、これを版画なり何なりでやって見たりすると、とても興味多いものになり、朗らかな新年の気持を伝へることも出来るのです。版画の年賀状は誰にでも直ぐ出来るところが値打ちで、作る人々によって、稚拙な味のあるものや、上品なものや、凝ったもの、奇抜なものとか、それぞれのうちにその人らしい気持が出てゐて

なかなか愉快

なものです。自分で絵の描けない人は子供に作らしても却て面白く思はず微笑まされるものが出来上ります。そこで其版画の簡単な作り方をお話しませう。まづ彫らうと思ふ画を薄い日本紙に描き、それを版牒木に裏返しにはりつけます、はるのにのりは紙の方へはつけず板の面の方へつけます、このときのりをムラにつけぬやう、また画を描いた下絵にシワをこしらへぬやう注意せねばなりません。下絵は

直接に板木へ

描きつけて彫ってもかまひませんが、それはすったとき、その版画が反対に現れることを心得てゐなければなりません。彫るにははったのが乾いてからします 刃物は切だし小刀だの、コマスキだの、三角のみだの数種類ありますが、いづれも各自の好みに従って選ぶべきです、彫るとき一番注意せねばならないことは、描いた画をそのまま複製しないことです。つまり『刃物で絵を描く』といふ心持で作ることです。彫りが

終ったら板木

を水で洗ひ、はりつけた下絵の紙をはがしてすりにかかります。絵具は油絵具でも、ポスターカラーでも水彩絵具でもなんでもよく、墨は墨じうで差支ありません。紙は官製はがきをそのまま使ってもよく、するときバレンには少し油をつけて使ふとすべりがよくとても工合よくすれます。以上極めて簡単ですが、ざっとした技術のお話です。終りに道具は、はがき大の板木と、用刀二三本と、バレンをつけたものを大低のデパート文具部又は洋画材料店で売ってゐます。(旭正秀)

(1932〈昭和7〉年12月2日付 東京朝刊9面)

【解説】

 今年もあと3カ月。年末の慌ただしい中、当初に思い描いていた年賀状を作れず、残念!と思った経験がしばしばある私。昔の人は年賀状をどんな風に作っていたのかが気になり、記事を探してみました。

 すると、12月の家庭欄に版画で年賀状を作るやり方を取り上げている記事がありました。版画の年賀状は誰にでもすぐに出来るとのこと! 「造作ない彫刻法」などという言葉にひかれて最後まで読むと、私にも作れそうな気がしてきました。そこで今回は趣向を変えて、2ページ目で「この記事の手順通りに作れば、誰でも簡単に版画の年賀状を作ることが出来るのか」も点検します。

 まずは通常の紙面の点検から。「年賀状を衣匠したり」とありますが、デザインするという意味の「意匠」の「意」と活字を拾い間違えたのでしょうか。念のために筆者に確認しましょう。

 次は、「版画なり何なりでやって見たりすると」の部分。「見たり」は補助動詞なので、平仮名にします。朝日新聞では「補助動詞の場合は平仮名で書く」という決まりがあるためです。直後に「興味多いものになり」とありますが、興味は「多い」「少ない」ではなく、「深い」などと表現しますよね。そこで、ここも「興味深いものになり」と直しましょう。

 「自分で絵の描けない人は子供に作らして」という表現も話し言葉ならば特に問題はないでしょうが、文章になった場合は気になります。「作らして」ではなく「作らせて」の方が良さそうです。

拡大記事の通りに実際に版画を作ってみました。詳しくは2ページ目をご覧下さい
 ルビが振られている部分もしっかり点検しましょう。「簡単な作り方をお話(はな)しませう」という文を見てください。「おはなししませう」になるはずのところで、「し」が1文字抜け落ちてしまっています。ここは名詞の「話」ではなく、動詞の「話す」となるべきところですから、「お話(はな)ししませう」と平仮名の「し」を1文字加えましょう。最終段落を見ていただくとわかりますが、当時は「話(はな)」と「話(はなし)」とルビが異なる活字の両方をきちんと持っていました。

 「バレンをつけたものを大低のデパート文具部~」という部分に注目してください。間違いがありますが、もうお気づきでしょうか? そうです、「大低」がおかしいですね。手偏の「抵」に直してもらいましょう。

 2ページ目ではこの記事の通りに作れるかを点検します。

(画像には主な直しだけ朱を書き入れています。現在の朝日新聞の表記基準で認めていない漢字の音訓や、当時は入れていなかった句点を入れる等については、原則として記入を省いています)

【現代風の記事にすると…】

版画の年賀状 その趣が生む春のほほ笑み つたないものほど味がある 簡単な彫刻方法 版画家・旭正秀さん

 今年もだんだん年が押し詰まり、お正月の支度になにかと気ぜわしくなる。年賀状をデザインしたり、書いたりすることも年末行事の一つで、毎年悩む。最近は、年賀状は形式的なものに過ぎないなどの議論も多くあるが、年賀状を無意味だと思うのは、活版刷りで風流ではないものを使うから、つい面白くないものになって、形式的だと言われてしまうのだ。もしちょっと工夫して、年賀状を版画などで作ってみると、とても興味深いものになって、朗らかな新年の気持ちを伝えることが出来る。

 版画の年賀状のよいところは誰にでもすぐに出来るところだ。作る人によって、稚拙ながらも味があったり、上品だったり、凝ったものや奇抜なものになって、その人らしい気持ちがでていて、なかなか面白い。自分で絵が描けない人は子どもに作らせたら、面白くて思わずほほ笑ましくなるものが出来上がる。そこで、版画の簡単な作り方を紹介しよう。

 まず、彫ろうと思う絵を薄い和紙に描き、それを版木に裏返しに張り付ける。張るときに、のりは紙の方へはつけずに板の面の方へつける。このときにのりがむらにならないように、また絵を描いた下絵にしわを作らないように注意しよう。

 下絵は直接版木に描いて彫っても構わないが、刷ったときにその版画が反対に表れるから要注意。彫るのは張った紙が乾いてからにする。

 刃物は切り出し小刀や丸刀、三角刀など、いくつもあるが、どれも各自の好みで選べばよい。

 彫るときに一番注意しないといけないことは描いた絵をそのまま複製しないことだ。つまり、「刃物で絵を描く」つもりで作ることだ。

 彫り終わったら版木を水で洗って、張り付けた下絵の紙をはがして刷りにかかる。絵の具は油絵用でも水彩画用でも、ポスターカラーでもよく、墨は墨汁でいい。紙は官製はがきをそのまま使ってもよい。刷るときにバレンに少し油をつけて使うとすべりがよくなって、とてもいい具合に刷りあがる。

 以上、極めて簡単だが、ざっとした技術の説明だ。

 最後に、版画を作るのに使う道具は、はがきサイズの版木と彫刻刀2、3本、バレンで、これらのセットは大抵のデパートの文房具売り場か洋画材料店で売っている。

 ※次のページでこの記事の通りに版画を作ってみました。果たしてこの記事が言うように、簡単にできたでしょうか……。

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当時の記事について

原文どおりに表記することを原則としますが、読みやすさの観点から

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  • 当時大文字の「ゃ」「ゅ」「っ」等の拗音(ようおん)、促音は小文字に

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