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昔の新聞点検隊

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【当時の記事】

いとしや老犬物語 今は世になき主人の帰りを待ち兼ねる七年間

東横電車の渋谷駅、朝夕真っ黒な乗降客の間に混って人待ち顔の老犬がある、秋田雑種の当年とって十一歳の――ハチ公は犬としては高齢だが、大正十五年の三月に大切な育ての親だった駒場農大の故上野教授に逝かれてから、ありし日のならはしを続けて雨の日雪の日の七年間をほとんど一日も欠かさず今はかすむ老いの目をみはって帰らぬ主人をこの駅で待ちつづけてゐるのだ、ハチ公にとっては主人の死などはあり得ない事実に違ひないのだ、行きずりの人々もいつしかこの事情を知って、ハチ公の心根を憐れみ売店でコマ切れや何かを買い与へて慰めてゆく人もある、浅草辺の人が一度上野氏の家族からもらって養育したことがあるさうだが、渋谷の土恋しくその日のうちに一目散ににげかへって来て、今では近所の植木屋さんが飼主となり、ハチ公の死後の埋葬料までついてゐるといふ話 この人気もののハチ公の、も一つの美徳は喧嘩の仲裁だ 弱いもの虐めをしてゐる犬があるとハチ公は黙ってその巨大な背中を喧嘩の真中へ割りこんで行く、それでもきかぬ強気な奴に対してはアングリ一かみ、だが尻っ尾をまいてにげて行くのは決して追はない――とは一寸風変りな親分である

(1932〈昭和7〉年10月4日付 東京朝日 朝刊8面)

ハチ公は名犬 四日紙上「いとしや老犬物語」と題した老犬ハチ公の記事中ハチ公を「秋田雑種」としたのは間違ひでハチは愛犬家の間では有名な秋田の純種として知られてゐる名犬ですから老ハチ公の名誉のため右訂正します。

(1932〈昭和7〉年10月8日付 東京朝日 朝刊7面)

【解説】

 おそらく日本一有名な秋田犬、ハチ。この犬が日本中に知られるようになったのは、朝日新聞のこの記事がきっかけでした。ご存じの通り、渋谷駅前にある銅像は今も、有数の待ち合わせスポットです。雨が降ろうと雪が降ろうと駅で飼い主を待ち続けたハチのエピソードは、1987年に「ハチ公物語」の題で映画化されて大ヒット。2009年には米ハリウッドでもリメークされました。主演のリチャード・ギアが来日し、渋谷のハチ公像と対面して話題になったのは記憶に新しいところです。

 ところで、校閲センターで働く私たちが恐れるもの。それはおわびや訂正です。今回の記事は、掲載の4日後に訂正が出ています。まず、この訂正を検証してみたいと思います。「秋田雑種」と紹介されたハチが実は純種の秋田犬だったというものですが、きちんと校閲していればこの訂正は防げたのでしょうか?

 秋田犬は日本犬の一種で、この記事が出る前年の1931年、日本犬7種のうち最も早く天然記念物に指定されました。外見上の特徴として、雄の標準体高が67センチ程度と大型で、立ち耳、巻き尾であることなどが挙げられます。古くからマタギ猟に利用された狩猟犬がルーツとされ、江戸時代から闘犬がさかんだった秋田・大館で明治以降に大型化が進んだと言われています。

 横から撮られたハチの写真を注意深く見ると、しっぽはくるりとまるくなっていますが、耳の様子ははっきりとせず、また、比べる物が写っていないために体の大きさもわかりません。当時、ハチはそれほど有名だったわけではなく、新聞に載るのもこれが初めてですから、どのような血統の犬であるかなどは調べようがありません。そもそも、日本犬保存の機運が高まってきたのは昭和初期になってから。この記事が掲載された1932年は、ちょうど日本犬保存会という団体が日本犬血統書を発行し始めた年に当たります。同会が「秋田犬標準」を制定したのが1934年ですので、原稿を読んで「ハチは秋田雑種である」ということに疑いを持つのは難しいと思います。校閲では救えない誤りだったと言えるでしょう。

 気を取り直して、記事を点検していきましょう。ハチの飼い主は日本の農業土木学の創始者、上野英三郎氏です。「上野教授」とあるところは「上野英三郎教授」とフルネームで表記してもらいましょう。また、勤め先の「駒場農大」は、おそらく当時よく使われた通称だったのだと思われますが、記事では正式名称「東京帝国大学農学部」と書いた方がよいでしょう。

 この記事では、飼い主の上野教授が「大正十五年三月」に亡くなったように書かれていますが、人名辞典などで調べてみると、1925(大正14)年5月に大学で倒れ、53歳の若さで急逝したことがわかりました。生後数十日のハチを飼い始めたのは1924年の初めごろで、ハチが上野教授と一緒に暮らしたのは1年半にも満たない短い期間だったのです。かわいがられて育ち、すぐに信頼関係が生まれたのでしょう。これほど深いきずながたった1年と数カ月ではぐくまれたことには驚かされます。

 記事にも書かれている通り、飼い主と死別したハチはしばらく浅草に住む人に引き取られていたようなので、「大正十五年三月」というのは、近所の植木屋さんが新しい飼い主となり、そこから渋谷駅に通い始めた時期なのかもしれません。そうだとすれば待ち続けた期間は6年半ほどになり、「七年間」とするには少し短いですね。そのあたりは取材した人しかわからないこと。書いた記者に問い合わせ、改めて確認してもらうしかありません。

 行きずりの人々がハチに与えた「コマ切れ」。犬にやるのですから、何かの肉の切れ端なのでしょうが、「肉の」などと補った方がわかりやすいのではないでしょうか。それにしても、売店でわざわざ買ったものをもらえるなんて、ハチの人気がよくわかります。

 広く名を知られるようになったハチは、以後、写真とともに何度も紙面を飾りました。銅像計画が報じられれば全国から手紙や寄付が寄せられ、衰弱して改札口に姿が見えないと花束や見舞金を持った訪問客が大勢集まったようです。1935年3月8日朝、渋谷区内の路上で生涯を終えたハチ。午後1時には僧侶が読経に訪れ、翌日は銅像が花で埋まったそうです。追悼の手紙は500通を超え、銅像前で営まれた告別式には焼香をする人で行列ができたとも報じられています。2日後の紙面には、通夜に訪れたハチの息子クマの姿が写真入りで掲載されました。

拡大国立科学博物館では元気な頃のハチに会うことが出来る
 3月9日付の記事には、ハチは死後、剥製(はくせい)にされて国立科学博物館で保管されることになったとありました。もしかすると、今でもハチに会うことができるのでしょうか。東京・上野の同館を訪ねてみると……。確かにいました! 南極・昭和基地で極寒の冬を生き延びた樺太犬ジロの前に、「ハチ号」と刻印された金属プレート付きの革ベルトを胴に巻き、堂々とした姿で立っています=右の写真。老年のハチは左耳が垂れていましたが、秋田犬らしく両耳ともピンと立ち、尾もきれいに巻かれていました。同館広報担当の高橋美樹さんによると「死んだときの衰弱した姿ではなく、若いころの姿のようですね。当時の剥製師さんは、肉付きをよくすることで元気だったハチを再現しようと考えたのでしょう」。

 「当年とって十一歳の」とありますが、同館などによるとハチは1923年の秋生まれ。記事ではちょっと年をとりすぎているようです。満年齢だと、このときまだ9歳ぐらい。ハチの死を伝える1935年3月9日付の記事には「十三歳の寿命を全うした」とありますので、当時は数えで計算していたのでしょう。最初に記事になったときには、ハチの生年がはっきりわかっていなかったのかもしれませんね。記事に年齢が出てくる場合、必ず確認しなければならないのが生年月日です。新聞では、すべての記事が、書かれたその日に掲載されるとは限りません。紙面になるまでの間に誕生日を迎えて年齢が変わってしまうこともあり得ますので、点検する際には「何日生まれか」までの確認が欠かせないのです。

 実は、ハチは今も渋谷の街を走っています。渋谷区のコミュニティバスの正面が、かわいらしい犬の顔になっているのです=下の写真。その名も「ハチ公バス」。さらに、バス停や車体の横にも左耳が垂れたハチのイラストが描かれています。死後75年を経た現在も、ハチが多くの人に親しまれている証しですね。

拡大ハチ公バスの正面
拡大側面にもハチが描かれている

(画像には主な直しだけ朱を書き入れています。現在の朝日新聞の表記基準で認めていない漢字の音訓や、当時は入れていなかった句点を入れる等については、原則として記入を省いています)

【現代風の記事にすると…】

けなげな老犬物語 今は亡き主人の帰り 待ちわびて7年

 朝夕多くの乗降客が行き交う東横電鉄渋谷駅(東京都渋谷区)に、人待ち顔の老犬がいる。名前は「ハチ」。9歳ぐらいになる秋田犬の雑種で、犬としてはもう高齢だ。大切に育ててくれた東京帝国大学農学部教授の上野英三郎さんは1925(大正14)年5月に亡くなったが、ハチは7年もの間、雨や雪が降ろうとも、老いでかすむ目を見開いて毎日変わらず帰らぬ主人を待ち続けている。

 ハチにとって、主人の死などあり得ないのだろう。通りがかる人の中には、この事情を知ってハチの心情を察し、売店で買った細切れ肉などを与える姿も見られる。一度、浅草周辺の人が上野さんの家族からハチを譲り受けようとしたことがあったが、渋谷の街を恋しがり、その日のうちに一目散に逃げ帰ってきてしまった。今は近所の植木屋さんが飼い主となり、死後の埋葬料まで用意されているという。

 ハチが人気を集めるのには、もうひとつ理由がある。けんかの仲裁に入るのだ。弱いものいじめをしている犬がいると、黙ってその巨大な体で真ん中へ割りこんでいく。それでもきかない強気な犬には「ガブリ」とひとかみ。しかし、しっぽを巻いて逃げていく犬は決して追わないという、ちょっと風変わりな親分なのだ。

 訂正 4日付「けなげな老犬物語」の記事で、ハチが「秋田犬の雑種」とあるのは「秋田犬」の誤りでした。訂正します。ハチは純種でした。

(上田明香)

当時の記事について

原文どおりに表記することを原則としますが、読みやすさの観点から

  • 漢字の旧字体は新字体に
  • 句点(。)を補った方がよいと思われる部分には1字分のスペース
  • 当時大文字の「ゃ」「ゅ」「っ」等の拗音(ようおん)、促音は小文字に

等の手を加えています。ご了承ください