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昔の新聞点検隊

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【当時の記事】

靴の中より銭亀

種が横着過ぎて真面目の手品師には出来ぬ芸なり 

静岡県磐田郡久努村大字●●の金魚屋●●廉一(三十九)と云ふは窃盗前科者にて国許にも居られぬより 昨年中飛出だし神田区三崎町●丁目●番地に住む兄●●●●●方の厄介となり居たるも 矢張り持前の手癖は已まず

去る十八日 本郷区本郷四丁目四十六番地 金魚商古田新兵衛方の池に放養しありし金十六尾代価金三十五円の代物を盗み 下谷の摩利支天の縁日へ持行きしに 忽ち売尽したる 面白さ是は妙だと其後は金魚泥坊を一手に働く了簡になり

去二十四日午前四時頃 牛込区水道町三十五番地の金魚屋へ忍び入りしが 目欲しき品の見えざりしまま銭亀九疋を窃取したれば 容器の見当らぬに閉口し 小石川区大門町倉鹿某方より盗み来りし半靴の中へ件の銭亀を忍ばせ 右の手にブラ提げて表へ飛出す折も折 通り掛りし巡行の警官がフト見れば 靴の中より亀の子が頭を出し続いて一疋這い出したるに 怪しき奴と廉一を取調

一応訊問すれば同人は殊勝らしく 実は今日母の十三年なれば放生会の真似事に此銭亀を両国橋から放す心算にて 少々遠方なれど親戚が金魚屋を致し居る為め態々(わざわざ)買ひに参りたり 然るに容器を失念いたし御覧の通り持合せの靴の中へ入れて帰る途中なり と述べし詞が斯うスラスラとは行かざりし為め 曖昧なる返答と叱り飛ばされ其まま牛込署へ引致の上 更に取調を受けて包み切れず 先程も実はと申上げしが 今度の実はが真実の実はにて 此銭亀は小石川の金魚屋にて盗み飛んだ手品の一曲ながら 此通り靴の中へ忍ばせたる次第なりと白状し 怪しからぬ小手先の早業仕損じは御容赦と恐れ入っても免されず 昨日検事へ送られし時は遉(さすが)の横着者が 銭亀よりも首を縮めて手も足も出ず

(1903〈明治36〉年6月27日付 東京朝日 朝刊5面)

※原文には句読点がなく読みにくいため、スペースや改行を入れています。また一部の難読語には読みを入れ、人権に配慮して当時の容疑者名などは伏せ字にしました。

【解説】

 図に乗った金魚泥棒がとんだヘマをやらかして警察に捕まってしまうという、どこかユーモラスな事件記事。大きな挿絵が入っている上、最後に駄じゃれでオチを付けて、くすっと笑える読み物になっています。約100年という時間を経て改めてじっくり読んでみると、現在の基準では問題がある表現が多々あるものの、当時の風習や風俗が織り込まれていてなかなか興味深いものです。登場する地名を見ると、今に残るものも少なくありません。せっかく東京に住んでいるので、記事と地図を片手に街を歩いてみました。

 記事を読んで、まず気になるのが「前科者」「持前の手癖」という表現。窃盗の疑いで逮捕されたという時点では、何も有罪と決まったわけではありません。現在の事件報道では、ことさら前科について触れたり、読者に先入観を持たせるような悪印象の言葉を使ったりしていないか、細心の注意を払っています。今回の犯罪に無関係と考えられる「容疑者の兄」も、氏名だけでなく番地までの詳しい住所が書かれていますが、個人が特定できるような情報を明らかにすることも、現在ではまずありません。また、「廉一」と呼び捨てになっていますが、今なら「●●容疑者」とします。

拡大「金魚坂」の水槽を泳ぐ金魚
 それでは東京散歩に出かけましょう。まずは坂の多い静かな住宅街、本郷です。もしかしてこの辺り、昔は金魚商が多かったのでしょうか? この街に「金魚坂」というお店があると聞き、訪ねてみました。記事に書かれているのは「本郷四丁目四十六番地」ですが、金魚坂は「本郷5丁目」にありました。本業はその名の通り金魚問屋で、外には珍しい金魚や色とりどりのメダカが泳ぐ水槽が並び、いけすや釣り堀まであります。業者だけでなく一般の人も金魚を見て楽しんでもらえるようにと、10年前に併設したというレストランで、7代目女将(おかみ)の吉田智子さんに話を聞きました。

 ――店の歴史は約350年。かつては800坪という広大な土地のあちこちにいけすがあり、「不忍池から一望できる金魚屋」と言われたとか。戦時中に「ぜいたく品」とされたため、高級な金魚を売るのはだんだん難しくなっていきました――

拡大金魚品評会の番付表の中央には「金魚商 吉田新之助」のサインが……(クリックすると大きくなります)
 どうやら本郷に何軒も金魚商はなかったようです。店内には、明治時代の金魚の品評会の番付表が飾ってありました。大相撲の番付と同じように、東西に分かれて大関、関脇、小結、前頭……と順位が付けられ、日付のほか、行司、取締、出世魚などという文字も見えます。1895(明治28)年、4代目が興行主となって開かれた品評会のようですが、よく見ると中央に「東京市本郷区本郷四丁目四十六番地 金魚商 吉田新之助」というサインがあったのです=写真。この住所、記事中とまったく同じ。「古田新兵衛」とされている金魚商は、この吉田新之助さんだったのではないでしょうか。「古」と「吉」は形が似ています。女将によると4代目までは代々「新之助」と名乗っていたそうで、5代目も「新兵衛」という名前ではないということでした。それでも頭文字が同じなのも気になります。ひょっとしたら「新兵衛」は通称だった、あるいは「古田新兵衛」は仮名だったのかもしれません。

 インターネットで瞬時に様々な情報が手に入る現代では、書籍資料の他に、お店のウェブサイトなどで社長名や創業年などを確認することができる場合があります。当時は記事に初めて登場する人名を校閲が簡単に確かめるすべはなかったと思われますが、せっかく判明したので、ここでは問い合わせてみます。

拡大東京・上野の摩利支天(徳大寺)。訪れた11月9日は「ゐのこ大祭」の日だった
 次に、盗んだ金魚を売ったという「下谷の摩利支天」こと上野・アメ横にある徳大寺に向かいます。地下鉄で1駅ですが、東に1.8キロほどなので、金魚の入った袋などを抱えて歩くこともできそうです。摩利支天はイノシシと関係が深く、毎月亥の日が縁日です。訪れた11月9日は、1日で4万6千日分のお参りに相当するという年に1度の「ゐのこ大祭」の日で、境内には多くの参拝者が見えました。商店がぎっしりひしめくアメ横にあって、さすがに今では金魚などの露店は出ていませんが、江戸時代から終戦のころまでは大変なにぎわいだったそうです。

拡大上野・アメ横の徳大寺門前の通りは今も多くの人が行き交う
 かつて門前の通りは摩利支天横丁と呼ばれ、縁日になると上野駅から広小路の松坂屋のあたりまで、露店が立ち並び、人の波で埋まったといいます。同寺によると、1945(昭和20)年2月の空襲で本堂が焼けて縁日はいったん中止になり、終戦後、闇市による混雑で自粛するようになったのではないかとのことでした。面白いように売れたとありますから、金魚もきっと大人気だったのでしょう。

 銭亀が盗まれた金魚屋は現在の新宿区水道町にあり、靴が盗まれた民家までは1キロちょっと。ちょっとした散歩には手頃な距離です。ここで「目欲しき」という表記がありますが、「めぼしい」は「目星」が形容詞化したという説もあり、朝日新聞ではひらがなで書きます。直してもらいましょう。

 警察官に会ってしまった容疑者は取り調べを受けます。「訊問」の「訊」は常用漢字ではありませんので、同音の「尋」を使って書き換えることになっています。今なら「尋問」と書かれます。このような例に、「陰翳→陰影」「稀少→希少」「聯合→連合」などがあります。また、容疑者の話に「母の十三年」と出てきますが、これは「十三回忌」とした方がわかりやすいでしょう。

拡大1913年1月26日付東京朝日朝刊6面「江戸の面影」の記事
 容疑者は、今日は母親の十三回忌なので、放生会をまねて供養のために橋から放そうと買ってきた亀だ、と主張しています。この言い訳のポイントは「放生会」でしょう。放生会とは、供養のため、捕らえた魚や鳥などを池や野に放す習わしで、江戸では放すための亀などを売る商売があったといいます。1913(大正2)年1月26日付の「江戸の面影」というコーナーで、この風習に触れていました。

 ――江戸末期までは永代橋、大橋、両国橋、吾妻橋の四大橋の中央に番小屋があって、橋番がいた。この橋番、怠けものが多く、片手間に放しウナギや放し亀などを売っていた――。

 言い訳も途中まではよかったのですが、入れ物がなかったので靴に入れて帰るのだ……などというのは、さすがに苦し紛れにも程があるというものでしょう。

 また、この記事の中には「逮捕」という言葉がでてこないため、最後まで読まなければ捕まったのかどうかがはっきりとはわかりません。「検事へ送られ」ているので、おそらく現行犯、もしくは聴取を受けて逮捕されたのでしょう。もちろん、任意の取り調べを受けても逮捕されない場合もあります。現在の基本的な事件原稿では「いつ、どこで、だれが、何をしたか」が初めに書かれることがほとんど。「現行犯逮捕であったかどうか」など刑事上の手続きも必ず取材し、原稿に入れます。出来過ぎた作り話のような面白い記事ですが、もし今の記者がこんな原稿を書いたら、きっとデスクから書き直しを求められるでしょうね。

(画像には主な直しだけ朱を書き入れています。現在の朝日新聞の表記基準で認めていない漢字の音訓や、当時は入れていなかった句点を入れる等については、原則として記入を省いています)

 

【現代風の記事にすると…】

靴の中から銭亀?! 金魚盗を窃盗容疑で送検

 高級金魚や銭亀などを盗んだとして、牛込署は26日、静岡県久努村の自称金魚販売業●●廉一容疑者(39)を窃盗容疑で送検した。容疑を認めているという。

 同署によると、●●容疑者は18日、本郷区本郷4丁目の金魚商吉田新之助さん方の池で飼われていた「らんちゅう」16匹(35円相当)を盗み、下谷区の摩利支天(徳大寺)の縁日で売った疑い。また24日午前4時ごろ、牛込区水道町の金魚店に侵入して銭亀9匹を盗み出し、さらに盗んだ銭亀を隠すために小石川区大門町の民家で短靴を盗んだ疑いがある。

 同署によると、24日、●●容疑者が靴を右手に持って民家の玄関から飛び出たところ、巡回中の警察官と鉢合わせ。靴から亀が頭を出し、さらに1匹はい出てきたのを見て不審に思った警察官が事情を聴いた。「実は今日は母の十三回忌。放生会のように、この銭亀を両国橋から放そうと親類の店にわざわざ買いに来たのだが、入れ物を忘れたのでこのように持ち合わせの靴の中に入れて家に帰る途中だ」などと話したが、説明があいまいだったため、牛込署でさらに取り調べたという。

 同署の聴取に対し、「銭亀は小石川の金魚屋で盗んだものだ。悪い癖で、ついとった靴に忍ばせてしまった。18日に縁日で盗んだ金魚を売ったときにあっという間に売り切れたので、『これはいい!』と金魚盗を始めた」などと供述しているという。

(上田明香)

当時の記事について

原文どおりに表記することを原則としますが、読みやすさの観点から

  • 漢字の旧字体は新字体に
  • 句点(。)を補った方がよいと思われる部分には1字分のスペース
  • 当時大文字の「ゃ」「ゅ」「っ」等の拗音(ようおん)、促音は小文字に

等の手を加えています。ご了承ください