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昔の新聞点検隊

サンタクロースはどんな人?

森本 類

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【当時の記事】

サンタクローズお爺さん 二千三百年前シリアの生れ 名高い金満家の倅

クリスマスが近づきました 児童に親しみのあるサンタ・クローズの戸籍調べをお願ひ致します

―(八王子市本町 和詞男)―

     ◇

逞しい白銀の鬚髯を生やかしてはゐるが血色の飽迄もいい顔は人なつこい微笑の小皺で溢れてゐる、頭に白い縁を取った真赤な三角帽をかむって暖かさうなこれも矢っ張り真赤な毛皮裏の外套を着て長靴を穿いて、橇を輓いてゐる、橇の上には子供が喜びさうな物がウンと積まれてゐる、霏々として降り続く雪は積りに積る、クリスマスの前夜である……

     ◇

こんな風にしてサンタ・クローズ爺さんは毎年のクリスマスシーズンに現れる、ところで此爺さんの戸籍調べは雑作の無いやうで頗るむづかしい、嘘だと思ったら信者の方に聞いて御覧、即座に返答出来る者は幾人もないであらう

     ◇

このお爺さんに関する物語は迚も多くて、どれがホンものやら見当がつかない、さて最も信憑するに足る説を基にわがサンタ・クローズ君の戸籍調べを申し上げる

     ◇

名前の『サンタ・クローズ』からわかる様に正に舶来で、とうの昔死んで了ってゐる、生きてゐたのは西洋の紀元前三百年のことだとあるから、今から二千二百二十四年も前、小亜細亜のシリアはマイラといふ田舎に住んでゐた名高い僧正で何でも大変なお金持ちの倅だったさうだが其両親などはわかってゐない

     ◇

彼はロシアの守護神にされたこともあるが、今のロシアはあの始末だから果して何うであらうか、ただ一つ確な事は彼が今でも船乗りや泥棒や乙女子供達の守護神とされてゐることだ、泥棒の守護神は恐れ入るが、さうだと物の本に立派に書いてあるから仕方がない

     ◇

一体『サンタ・クローズ』と云ふ名称は『セント・ニコラス』の訛ったもので和蘭語読みださうで『聖ニコラス』とかサンタ・クローズとか聖扱ひにされるに到った由来は次のやうな伝説に残されてゐる……

     ◇

或る晩のことサンタ・クローズ君がある貧乏華族の家の前を通りかかった、ク君聞くともなしに中で話してることを聞いて驚いた、主の貧乏華族が三人の娘を前に置いてお嫁にやるにもお金がない、悪い事とは知るが可愛い娘達に『品性を堕すところの生活』をしてお金を拵へてくれと無理強いをしてゐる最中だった

     ◇

呆れたク君は黙って家へ駈けて帰るが早いか黄金の一ぱいに入ってゐる財布をふところへ捩込んで引返しそれを窓から投げ込んで其儘帰って行った

     ◇

そんな事を三晩もつづけてやった三度目にとうとうその貧乏華族に見つけられたがサンタ・クローズ君『こんなことをして君を助けたなんて決して世間へ洩らしてはいけない、神様が下さったと思って神様へ御礼を申し上げるがいい』と云って別れた、三人の娘はおかげで目出度く仕度くを調へてお嫁に行けたと云ふ、

     ◇

クリスマスの前夜サンタ・クローズ君が小供達の靴や沓下の中へこっそり贈物を入れて歩くと云ふ話はこれから出たものである(三茶庵)

(1924〈大正13〉年11月28日付 東京朝日 夕刊2面)

【解説】

拡大明治時代のサンタクロース。子どもが手に持つ紙に描かれている=1911(明治44)年12月23日付東京朝日朝刊5面
 「クリスマスが近づきました」。11月にこう感じるなんて、大正時代もクリスマスが待ち遠しいイベントだったことがわかります。

 今回は、クリスマス特集第2弾。読者の質問に答える「読者課題」のコーナーです。その名の通り、読者が出した「課題」に、記者が手と足と頭をフル回転させて答える、という企画。記事と同じ1924年の6月に「夏の読み物」として始まりました。1回目にコーナーの説明がありますが、その内容はなかなか気が利いています。

 「記者の耳と目と頭とには限りがありますが、読者のそれは無数です、なるべく新らしい課題を投じて干乾(ひから)びた記者の頭を霑(うる)ほしていただきたい」

 今回の課題は「サンタクロースの戸籍調べ」。だれもがその名と姿を知る有名人ですが、確かに詳しい素性はあまり知られていません。

 記事を読み進めていくと、サンタクロースの正体は「聖ニコラス」とわかります。紀元前300年ごろ、シリアに住んでいた僧正で、お金持ちの家の子どもだということです。少し地理の説明をしますと、シリアの前にある「小亜細亜(アジア)」は地中海とエーゲ海、黒海に囲まれた地域をさし、現在のトルコの大部分を占めます。その後ろの「マイラ」も現在のトルコに位置し、辞書類では「ミュラ(Myra)」と表記されることが多いようです。

拡大大正初期のサンタクロース=1913(大正2)年12月25日付朝刊5面
 さて、この「サンタクロースの戸籍」は、果たして正しいのでしょうか。事実関係を確認するのは校閲記者の大事な仕事。どこかに間違いが潜んでいないか、一文字一文字チェックしていきます。

 結論から言うと、1カ所重大な誤りがありそうです。それは「紀元前300年」という部分。まず「日本国語大辞典」(小学館)で「サンタクロース」を引くと「前身は、トルコのミュラの司教で子ども好きの慈善家であった聖ニコラウスであるという」とあり、「聖ニコラス説」の裏付けになります。ただこれ以上聖ニコラスに言及はなく、いつごろの人物かはわかりません。

 続いて「世界大百科事典」(平凡社)でも同じく「サンタクロース」を引いてみると、今度は聖ニコラスのことが詳しく書いてありました。「4世紀に小アジアのミュラの司教であったニコラウスに由来し、聖ニコラウスを意味するオランダ語のSint KlaesまたはSinterklaasが英語でなまってサンタ・クロース(正しくはサンタ・クローズ)となった」。おおむね記事の記述と一致しますが、「紀元前」がつかず「4世紀」となっている点は異なります。

 反証のためには、さらに資料がほしいところです。今度は「図説 クリスマス百科事典」(ジェリー・ボウラー著、柊風舎)というクリスマスにまつわることばを集めた本をひもときます。「聖ニコラウス」の項を開くと「4世紀のミュラの司教で、広く人気を呼んでいる中世の聖人。贈り物をくれるという評判が聖ニコラウスとクリスマスを永遠に結びつけた」。

 これはいよいよ、「紀元前300年」というのはあやしくなってきました。これらの資料のコピーを持って、筆者のもとへ走りましょう。おっと、見出しの「二千三百年前」と本文の「今から二千二百二十四年も前」も一緒に直してもらうのを忘れてはいけません。

拡大昭和初期のサンタクロース=1932(昭和7)年12月23日付朝刊8面
 次の段落に移りましょう。「今のロシアはあの始末だから」との書き方には時代を感じます。レーニンが死去した1924(大正13)年は、ソビエト社会主義共和国連邦(ソ連)が成立して2年が経ち、イギリス、イタリア、フランスに承認された年。1921年に始まった新経済政策(ネップ)によって経済は回復しつつありましたが、まだ不安定な国の状況を揶揄(やゆ)したのでしょうか。

 サンタクロースのエピソードに出てくる「貧乏華族」は初め「家族」の誤りかと思いましたが、必ずしもそうではないかもしれません。というのも、「サンタクロースって、だあれ?」(ロビン・クリクトン著、教文館)に同様のエピソードが紹介されているのですが、その中に「父親は曽(かつ)ては富裕な人だったのですが、不運と判断の誤りが重なって、一切合財を失ってしまいました」とあるからです。ここでの「華族」は「身分の高い家柄。貴い家柄。貴族」(日本国語大辞典)の可能性もあります。「明治時代に設けられた、身分制度の称の一つ。……皇族の下、士族の上に位置し、種々の特権を受けた」(同)が筆者の念頭にあったとも考えられます。今回はひとまず、広い意味の「貴族」にしておきましょう。

 「お嫁にやる」との表現は、現在の紙面ならば気になります。戦前は、戸主が支配権を持ち、その下に妻と子、子の妻、孫、戸主の弟妹が入る戸籍制度でしたので、「嫁ぐ」や「入籍する」ということばがその通りの意味を持ちました。しかし現在は、結婚は両性の合意のみに基づいて成立すると日本国憲法24条で定めており、娘を相手の家に入れることを親が決める(=お嫁にやる)わけではありません。朝日新聞では「嫁ぐ」の代わりに「結婚する」を、「入籍」の代わりに「婚姻届を出す」をなるべく使うようにしています。「お嫁にやる」も今なら「娘が結婚する」などを使いたいところです。

 最後に、コカ・コーラとサンタクロースの関係に触れておきたいと思います。「コカ・コーラの広告によってサンタの服の色は赤に定着した」という説を聞くことがありますが、これは必ずしも正しくないようです。再び「図説 クリスマス百科事典」を引用すると、「公正を期して言うならば、コカ・コーラの宣伝は書籍や広告や映画によってすでに標準化されていたサンタのイメージ(白い毛皮で縁取りした赤い衣装、黒長靴、黒ベルト)を利用したに過ぎない」。コカ・コーラの企業サイトによると、サンタクロースを広告に使い始めたのは1931年。1924年の今回の記事がサンタの特徴をしっかりとらえていることからも、「コカ・コーラ説」が誤りであるとわかります。

(画像には主な直しだけ朱を書き入れています。現在の朝日新聞の表記基準で認めていない漢字の音訓や、当時は入れていなかった句点を入れる等については、原則として記入を省いています)

【現代風の記事にすると…】

サンタクロースは名家の息子 1600年前シリアの生まれ

 クリスマスが近づきました。子どもが大好きなサンタクロースはどんな人なのか、ルーツを調べてください。

―東京都八王子市本町 和詞男―

     ◇

 たくましい白銀のひげを生やし、血色もよく、しわでいっぱいの人なつっこいほほえみをする。縁の白い真っ赤な三角帽に暖かそうな真っ赤な毛皮のコート、長靴といういでたち。ひいているそりの上には子どもが喜びそうな物がうんと積まれている。しきりに降り続く雪が積もりに積もる、クリスマスの前夜である……。

     ◇

 サンタクロースは毎年、クリスマスシーズンに現れる。このおじいさんがどんな人なのか、ルーツを調べるのは、簡単なようで実は難しい。うそだとおもったら信者の人に聞いてみるといい。すぐ答えられる人は少ないだろう。

     ◇

 このおじいさんにまつわる物語はとても多く、どれが本物か区別がつかない。最も信頼できる説を基に、サンタクロースのルーツを紹介しよう。

     ◇

 名前からわかるように外国人で、生きていたのは4世紀ごろ。今から約1600年前、シリアのミュラという田舎町に住んでいた名高い僧正で、大変なお金持ちの息子だったそうだが両親などはわかっていない。

     ◇

 ロシアの守護神にされたこともあるが、今のロシアはあの状態だから果たしてどうだろう。ただ一つ確かなことは、今でも船乗りや泥棒、女性や子どもたちの守護神とされていることだ。泥棒の守護神とは恐れ入るが、専門書にそう書いてあるから仕方ない。

     ◇

 もともと「サンタクロース」という名称は「セント・ニコラス」がなまったもので、オランダ語読みという。「聖ニコラス」やサンタクロースと聖人扱いされるに至った理由は、次のような伝説からだ。

     ◇

 ある晩、サンタクロースはある貧乏な貴族の家の前を通りかかり、何げなく中で話していることを聞いて驚いた。父親が3人の娘を前に「結婚のためのお金がない、悪いがかわいい娘たちよ、『品性を落とした生活』をしてお金をこしらえてくれ」と無理強いをしている最中だった。

     ◇

 あきれたクロースは黙って家へ走った。帰ったらすぐ黄金がいっぱいに入った財布をふところにねじ込み、引き返してそれを窓から投げ込むと、また家へ戻っていった。

     ◇

 それを3晩も続けてやった3度目に、とうとうその貴族に見つかった。しかしクロースは「こんなことをして君を助けたなんて決して外で言ってはいけない。神様が下さったと思って、お礼を言いなさい」と言って別れた。3人の娘は、おかげでめでたく結婚できたという。

     ◇

 クリスマスの前夜、サンタクロースが子どもたちの靴や靴下の中へこっそり贈り物を入れて歩くという話は、ここから出たものである。(三茶庵)

(森本類)

当時の記事について

原文どおりに表記することを原則としますが、読みやすさの観点から

  • 漢字の旧字体は新字体に
  • 句点(。)を補った方がよいと思われる部分には1字分のスペース
  • 当時大文字の「ゃ」「ゅ」「っ」等の拗音(ようおん)、促音は小文字に

等の手を加えています。ご了承ください