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昔の新聞点検隊

富士と南極から謹賀新年!

広瀬 集

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【当時の記事】

富士と南極から“おめでたう” 遥か鳩と電波の麗春頌歌

 氷点下四十度の富士山頂には京大、学習院両山岳部員を初め約百名が参集、昭和十二春、初の日の出を待機してゐる、本社はこの男性的なニュースを報道すべく記者写真部員を特派したが三十一日可愛い本社の鳩に託して快適な「山頂第一報」を齎(もたら)した、又南極洋上各国船と捕鯨争覇に海国日本の意気を示してゐる図南丸に、南極洋上の大晦日を無電で求めた、標高一万二千四百尺、富士山頂霊境と、日本を距る七千海里、南海の涯より、一は平和の使ひ鳩により、他は現代科学の寵児電波によって齎された壮快な越年ニュースを新年初頭の食卓に贈りたい…【カットの写真は南極の我捕鯨船】

債鬼も手が届かぬ…… 氷山の蔭でお雑煮
 母国の春を無電で聴いて 我捕鯨船隊の初夢

【図南丸無電――南氷洋国際漁場にて馬場捕鯨隊長発】わが図南丸の一隊が南氷洋の氷風に檣塔高く日章旗を翻しつつ新年を迎へるのはこれで三度目である、隊員三百五十余名ははち切れさうな元気に一人の病気もなく揃って光輝ある昭和十二年を迎へんとす、心ばかりの正月の用意も出来た、二日がかりで餅もついた、希望に満ちた新年を迎へて我等は一層勇奮、遥に故国から声援を贈らるる各位の期待に酬いんとするものである、ところで我等氷海上の生活をお知らせしたい

浮城のやうな氷山を背景に華々しく展開されてゐる捕鯨戦はいよいよ酣(たけなわ)となった、遠く浮世を離れた地球の涯の一角に、目に見るものは水と空と氷山と無数の海鳥とただそれだけである、南方遥に南極大陸が続いてゐるが、一面の氷原に遮られて近寄る術もない、これでは歳の暮もお正月もあったものではない、一年一度の大晦日に流石の債鬼もここまではやって来ない ありがたいのは無線電信だ、故郷との通信、蒋介石が監禁された、阿部お定が懲役何年、すぐその日の食卓の話題となる

(中略)

漁場は陸地から遠く離れてゐるから海は深く、錨を入れることは出来ない、年中航海状態である、時化の時でもただ漂流して凪ぐのを待つのみ、身軽な捕鯨船は手近の氷山の陰にかくれて、風波をしのぐ、山なす大氷山にも亀裂が生じて轟然たる大音響とともに海の中に雪崩落ちる、一部分を失った氷山は重さの中心を失って、でんぐり返ることがある、避難所のつもりで風を避けてゐた捕鯨船はびっくりして逃げだす、捲込まれたら最後だ

かくて我等の南氷洋漁場は今やシーズンの真最中である、英、諾の捕鯨船隊二十数隊、これに我が国から日新丸と我等図南丸との二隊が加はって、南氷洋上東西五千海里にわたる大漁場にその戦線を拡げてゐる、この間どこにでも平等に鯨がゐるわけではない、今日もノルウェーの捕鯨母船オールエッガーが我等の視界内を西に移動するのを見た、然し捕鯨船同士が互に入乱れて捕獲を競ふ場合は稀にあるが、母船同士が姿を見ることはこの広い大洋の中での珍しいことである、ではみなさん左様なら

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銀嶺に“青春の饗宴”
下界に響けと万歳の唱和 霊峰未曽有の賑ひ

【富士山頂にて 井之丸特派員発鳩便】皇紀二千五百九十七年の祝福された御来迎を拝まんと、大晦日の富士山頂には、はからずも青春勇士達のテント村が出現して、霊峰開山以来未曽有の賑やかさを呈してゐる

三十メートルの突風と極寒を冒し、霧氷に抱きつきながら、いち早く気象台旧館に入った吾々(井之丸記者、西橋写真部員等)一行九名、ついで白銀の山頂を極め、朝日岳にキャムプを張った学習院の勇士六名、銀明水のサコには大阪商大山岳部の学生二十余名が集結して、氷柱の注連縄を張った鳥居の下に九つのテントを張った

(中略)

さて霊峰頂上の新年は? ……もちろん門松お屠蘇の正月気分は味あはれないが、天幕村には気付薬のブランデーがある、これをお屠蘇代りに甜めては、魚の空缶で作ったお粥を雑煮代りに、新春の祝宴を張るといふのである

一方この厳冬の富士山に可憐なる伝書鳩の耐寒試験をせんと馬返しに本拠を置いた学習院鳩班は二十九日朝二合目から、三十日は二合二勺から夫々放翔し、上下連絡は非常な好成績、五キロ五分の記録を作って、天幕間の命をかけての連絡を雪中旋風の中でも、愛すべき鳩に代行させる可能性が立証された

不幸にして鷹に襲はれた鳩が戦闘機の如く鮮かな宙返りをうち、錐揉みの戦術で林中に姿を隠しつつ貴き使命を果すなど、霊山迎春の美しき叙情詩でもあった【写真は山頂を極めた学習院と商大の万歳 下は下界へ飛ぶ鳩=本社鳩便】

(1937〈昭和12〉年1月1日付 東京朝日 朝刊11面)

※一部の難読な語句に( )で読みを入れています。解説や現代風の記事は次のページをご覧下さい。

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当時の記事について

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