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昔の新聞点検隊

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【当時の記事】

仮令西園寺公でも だれでも無駄なカナ駅名 あらしの如き禁止反対の声の中に あごをなでる小川新鉄相

鉄道省の前大臣が三年がかりでやっとの事で練りあげた各駅ホームの片仮名左書きの駅名札も小川新鉄相の一撃に葬り去られて、朝令暮改の甚だしさにびっくりしたのは鉄道省のお役人ばかりではない 漸く

宿願がかなって喜んでゐた「カナモジカイ」の人達の憤慨は非常なもので五日午後三時から

理事の日向利兵衛氏を始めとして世話役の丸山府立第六高女校長、上野陽一氏、永井茂弥氏等が集って相談の末

小川鉄相を訪問詰問すると共に全国会員に檄を飛ばして近日中にカナモジ大会を開き鉄相の禁止に対抗して気勢を挙げる事になった、そのいひ分を聞くと

『列車が左から駅に進入する以上どうしても駅名は左書きでなければ不便だ、第一片仮名にすれば小学校の一年生にも読める 軍艦の名なども既に左書仮名文字となって居る位だ、しかもこの請願の署名には司法大臣原嘉道博士なども交って居り、外務省政務次官森恪氏などもこれには大賛成である……』

所がこれに対し小川鉄相は『駅名札は絶対に変へない事に決めた』

とやに下り、更に

『現在右書きで旅客はちっとも不便を感じてゐないぢゃないか 何を苦しんで百万円も百五十万円も投じ変更する必要があらう

     ◇

ナニ、原君がカナモジ会員だって?……たとひ原君が居ようが西園寺さんがゐようが、そんな事で無駄に金は費ひたくない、軍艦などは少いからいいさ

     ◇

それも国民の輿論が仮名文字の左書きを熱望してゐるのならばそれは考へる、仮名どころかローマ字にだってするさ、それは要するにお客さんの要求次第だ 鉄道省自身が進んでそんな事をする必要はございません』

(1927〈昭和2〉年5月6日付 東京朝日 朝刊11面)

拡大東京モノレール羽田空港国際線ビル駅の表示には、中国語とハングルも
【解説】

 ホームの駅名表示をじっくり見たことがありますか? 「漢字」「ひらがな」「ローマ字」の3通りで表記されていることが多く、駅によっては中国語やハングルが加わっていることもあります。漢字を多く知らない子どもにも、アルファベットなら読める外国人にも親切なこの表示。昔からあったものなのか、新聞をめくって調べてみましょう。

拡大1945年10月19日付東京朝日朝刊2面
 まず見つけたのが、1945(昭和20)年10月19日の記事=左の画像。末尾に「正しい平仮名の下に漢字、その下にローマ字の駅名標示が全部左書きで近くおめみえする」とあります。左書き?――そう、当時の駅名は右書き、つまり右から左へ書かれていたのです。記事を読むと、駅名を右から書くか、左から書くかはこれ以前に議論があったもよう。次はその渦中へ、タイムスリップします。

 さかのぼることさらに20年弱。1927(昭和2)年3月3日に「面目一新の駅名札 四月からこの片カナ」との記事がありました=右下の画像。「トウキヤウ」「オホサカ」といずれも古典的仮名遣いで例が示されています。この「だれにも読み易い片仮名左横書き文字」に統一するため、ほかの字と紛らわしくない書体をようやく選び出したとのこと。着々と準備を進めている様子がうかがえます。

拡大1927年3月3日付東京朝日朝刊7面
 しかし、この「カタカナ左書き」は、ある人物の登場によって頓挫してしまいます。田中義一内閣で新しく鉄道相に就いた、小川平吉氏です。小川氏は同年5月4日に各地に電報を流し、表記統一の中止を命じました。すでに塗り替えていた駅もあったため、このあとしばらく駅名表示は右書きと左書きが混在することになります。

 今回は、この中止命令に対する賛否両論を取り上げた記事を見ていきましょう。「仮令西園寺公でも だれでも無駄なカナ駅名」。「仮令」は「たとえ」(あるいは「たとい」)と読み、「西園寺公」は明治~大正時代に2度首相をつとめた西園寺公望(さいおんじ・きんもち)です。当時の政界において大きな発言力を持っていた元老の、最後の一人でもあります。小川氏は、たとえこの大物政治家がカタカナ駅名に賛成したとしても、中止命令は覆さないと言っているのです。何とも強い決意が表れています。

 まず気になったのは、これまでも何度か取り上げた「人名のフルネーム」。「小川新鉄相」は「小川平吉新鉄相」にしてもらいましょう。ついでに「鉄道省の前大臣」にも名前を入れて、「井上匡四郎前鉄道相」とすると現代の紙面らしくなります。ただ、閣僚のように著名な政治家もフルネームで書くようになったのは、朝日新聞ではごく最近のことです。正確に言うと2009年9月。そう、政権交代が契機になっています。それまでの自民党中心の内閣とは大きく顔ぶれがかわったため、首相や党首も含め政治家は全員、記事で最初に出てくるときはフルネームにすることにしました。

 一般の人はもちろんフルネームで書きます。この記事の中では、「丸山府立第六高女校長」が名字だけになっています。調べたところフルネームは「丸山丈作」で、東京府立第六高等女学校(現・都立三田高校)の初代校長だそうです。ちなみに、「カナモジカイ」はカタカナの横書きを広めることを目的とした団体です。1920年に設立され、現在も活動しているようです。

 「左書仮名文字」は「左書き仮名文字」と送り仮名を入れてもらいましょう。ほかに3カ所ある「左書き」はいずれも送り仮名を入れており、ここだけないのは違和感があります。当時の朝日新聞では書き方のルールがありませんでしたが、今では送り仮名のルールが細かく決められており、「左書き」と書きます。見出しの場合、それを考える編集者にとっては1、2文字の増減も大きな問題です。ルール違反であれば早めに指摘しなければいけません。

 人につく「など」は「ら」にしましょう。前にもこのコーナーの「金のうろこ、盗まれる」(2010年7月27日公開)で書きましたが、「など」には相手を軽んずるニュアンスがあるためです。

 「やに下(さが)り」は「気どってかまえる。高慢な態度をとる」(小学館の日本国語大辞典)という意味。キセルの火皿のついた方を上げ、脂(やに)を吸い口の方へ流す動作からできたことばです。今ではあまり見かけない表現ですので、文脈も考えて「かたくなになり」などとした方が分かりやすいですね。見出しの「あごをなでる小川新鉄相」も、小川氏があごをなでた様子を描写したというより、やにさがった様子を表す慣用表現でしょう。これも今なら「意気盛んな」「息巻く」などとすると誤解がないと思います。

 さて、「右書き」と「左書き」の問題に戻りましょう。小川鉄道相は左書きに反対する理由として、「日本文は古来右より記載するを原則とし」ていることを挙げました。「右書き」は昔の文章に多い印象がありますが、はたしてこれは正しい認識なのでしょうか。

 「横書き登場」(屋名池誠著、岩波新書)によれば、江戸時代以前の右書きは「一行一字の縦書き」であり、厳密な意味での右横書きは幕末にやっと登場するのだそうです。日本語の横書きは右も左も「横書きする外国語の文字との関わりから生じたもの」で、日本語はもともと縦書きしか持っていなかったといいます。小川鉄道相は間違った認識のもとに中止命令を出したことになります。

 横書き成立の途上でおもしろいのは、縦書きのルールをそのまま横書きにとりいれてしまっているものが見られることです。「ー」(音引き、長音符)が縦になっていたり、促音(ッ)や拗音(ャなど)が直前の文字の下にぶら下がっていたり、ルビが右に振られていたり……。横書きのルールが確立された現代ではおかしく見えますが、縦書きしかなかった時代の人にとってはおそらくそうすることが自然だったのでしょう。むしろこうした例を見ると、今のようなルールになったのは偶然に過ぎないのかもしれない……。そんな思いすらしてきます。

 世界には、「牛耕書き」といって1行ごとに右横書きと左横書きが入れ替わる文字や、渦巻き状に進んでいく例(ギリシャ・クレタ島のファイストスの円盤)もあります。ただ、日本語のように縦にも横にも書ける言語は珍しいのだそうです。新聞は基本的に縦書きですが、見やすさやアクセントのために、記事を横書きにして使うことも少なくありません。どんなところが横書きになっているか、探してみてはいかがでしょうか。

(画像には主な直しだけ朱を書き入れています。現在の朝日新聞の表記基準で認めていない漢字の音訓や、当時は入れていなかった句点を入れる等については、原則として記入を省いています)

【現代風の記事にすると…】

「たとえ西園寺元首相でも 無駄なカナ駅名認めぬ」 禁止反対のクレームの嵐に 意気盛んな小川新鉄相

 井上匡四郎前鉄道相が3年がかりで練りあげた片仮名左書きの駅名札は、小川平吉新鉄相の「鶴の一声」で中止が決まった。朝令暮改に驚いたのは鉄道省の役人だけではない。宿願がかなって喜んでいた「カナモジカイ」の怒りは大きく、5日午後3時から、理事の日向利兵衛氏を始め、世話役の丸山丈作東京府立第六高等女学校校長、上野陽一氏、永井茂弥氏らが集まり協議した。

 小川鉄相を訪問し、理由を尋ねるとともに、全国会員に呼びかけて近日中にカナモジ大会を開き、鉄相の禁止に対抗してアピールすることにした。その理由は「列車が左から駅に進入する以上、どうしても駅名は左書きでなければ不便だ。第一、片仮名にすれば小学1年生にも読める。軍艦名などもすでに左書き仮名文字になっているくらい。しかもこの請願の署名には原嘉道司法相らも入っており、森恪外務政務次官らもこれには大賛成だ」としている。

 これに対し小川鉄相は「駅名札は絶対に変えないと決めた」と強硬姿勢を崩さない。「現在右書きで客はちっとも不便を感じていないじゃないか。何を苦しんで100万円も150万円も投じて変更する必要があるのか。原君がカナモジ会員だって? たとえ原君がいようが西園寺さん(西園寺公望元首相)がいようが、無駄な金は使いたくない。軍艦などは少ないからいい。もちろん、世論が仮名文字の左書きを熱望しているのなら考える。仮名どころかローマ字にだってする。要するにお客さんの要求次第。鉄道省自身が進んでそんなことをする必要はない」

(森本類)

当時の記事について

原文どおりに表記することを原則としますが、読みやすさの観点から

  • 漢字の旧字体は新字体に
  • 句点(。)を補った方がよいと思われる部分には1字分のスペース
  • 当時大文字の「ゃ」「ゅ」「っ」等の拗音(ようおん)、促音は小文字に

等の手を加えています。ご了承ください