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昔の新聞点検隊

女はひとを「君」と呼ぶな

森 ちさと

【当時の記事】

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貞操軽視の小説 断じて不可 三十雑誌社と懇談

 戦時下、国民精神の作興を計るべく雑誌の全面的革新に努めてゐる内務省図書課では五日午後一時より同省会議室に総合、婦人、大衆娯楽各雑誌社の代表約卅名を招き

 内務省側から大島図書課長を始め久山、田中、鈴木、国塩各事務官出席 大衆娯楽雑誌の恋愛及び股旅小説等を中心に検閲当局が社会風教等の見地から面白くないと思ってゐる点を指示して雑誌社側と懇談を重ねたが

 同日検閲当局が指示した事項は事変下に雑誌の刷新に乗り出した検閲当局の根本方針と見られるので大衆娯楽雑誌も内容一新するであらうと注目される、検閲当局が指示した事項のうち主なるものは

一、若い女が多数の男と関係する貞操軽視の恋愛小説、姦通等を興味本位に取扱ったものはよくない

二、股旅小説の中で国定忠治とか清水次郎長などの侠客物はよいが女を中心とする殺傷、賭博、縄張り等を興味本位に書いた股旅小説は面白くない

三、心中、越境事件を煽情的に描いたもの、同性愛を讃美したもの、待合などの遊興を魅力的に書いたものはよくない

四、小説その他の中に女学生の用語として君、僕、姉御等を使用してゐるが女学生は雑誌からかかる言葉を知って使用する傾向があるので用語は十分に注意を要する

五、放縦主義を礼賛した読物はよくない

六、風俗を乱す恐れある広告は一掃したい【写真は懇談会】

(1938〈昭和13〉年9月6日付 東京朝日 夕刊2面)

【解説】

 昨年末に東京都議会で青少年健全育成条例の改正案が可決されたことを思い出していただけますでしょうか。今回は、これに似たところもある、少し重いニュースをとりあげます。

 まず、改正された都条例をおさらいしましょう。法に触れる性行為や近親相姦を「不当に賛美し又は誇張」した漫画などを子どもに売らないように規制する、というのが主な改正点です。作家たちや出版業界などからは、規制対象の表現があいまいで法の拡大解釈につながり、表現の自由を侵す恐れがあるといった声が上がっています。賛否は、それぞれの立場によって細かく分かれ、簡単に結論が出るものでもないと思います。

 そこで、今回の記事です。戦前に検閲当局が雑誌社に出した指示を伝えるものです。

 記事は1938(昭和13)年9月6日付。当時、日中戦争に突入し長期化の様相を呈していました。検閲当局(=内務省警保局図書課)が、反戦的や共産的なもの、当局が道徳的でないと判断したものなどの取り締まりを強めていった時代です。その前年には内務省が大勢の共産主義者を検挙したり、東京帝国大学の教授が反戦的な本を書いたという理由でやめさせられたりしています。38年5月には国家総動員法が施行。そんな世の流れの中で、内務省から雑誌社へ指示が出ました。今の感覚からすると、びっくりするような内容も含まれています。

 まずは、現在のルールに従って校閲してみましょう。

 最初に見出し。このままですと、「断じて不可」と言ったのが誰かはっきりしません。朝日新聞としての主張、とも取られてしまいます。そこで内務省が言った内容だとわかるように「」をつけてもらいます。

 次に指示事項の一の3行目、「興味本位」の「位」の字が右に90度回転しています。当時の新聞は一字一字活字を手で拾って文章にし、紙面の基になる版に組み込んでいました。そのためこのような事態がよく起き、誰も気づけずにこうして残ってしまうものも多くありました。現在はコンピューターで紙面を編集し、フィルムにデータを焼き付けて印刷しているのでこんなことは起きません。朝日新聞で活字が完全になくなったのは1988年。意外と最近、でしょうか。

 そして末尾の「【写真は懇談会】」。現在の紙面では、写真のすぐ横に説明文をつけるか、写真の場面にあたる文章に「=写真、○○撮影=」というような形で挿入しています。

 また、「作興を計る」は「図る」にしてもらいます。今は意図・企図というような意味の場合は「図る」、計算・計画の意味のときは「計る」と使い分けています。

 次に「内容一新」について。「一新」は「古いことを全く改めて、万事を新たにすること」(広辞苑第6版)という意味ですが、ふつう良い方向の物事に用いられる言葉と思われます。指示で変わる内容が、良くなるかどうかは、軽率に判断できません。ここは「内容を大きく変更」などとするのが妥当な表現ではないか、と提案します。2行目の「革新に努め」も似たような感じですが、内務省の立場としては「革新」なので、これはそのままとし、「努める」というやはり良い方向のニュアンスを弱めてはどうか、と出稿部に言ってみます。

 「取扱った」は「取り扱った」と送り仮名を入れ、「侠客」には「きょうかく」とルビを振ってもらいます。

 校閲の指摘は以上ですが、当時は通用した言葉も説明しましょう。

拡大1938年1月6日付東京朝日朝刊11面。2人は心中を図ったとも考えられていた
 事項の三にある「越境事件」。紙面上では、当時頻発していた、ソビエトから侵入されたり亡命者が国境を越えてきたり、逆に日本からソビエトへ、という出来事を指していますが、記事の内容から、この場合は、おそらく駆け落ちのことを指していると思われます。ちょうどこの年の1月、人気女優・岡田嘉子と演出家・杉本良吉との「越境事件」が起きています。思想的亡命でもあったのですが、この二人は恋仲で、岡田はそれまでも駆け落ちなどのスキャンダルがあり、別居中とはいえ夫もいました。杉本にも妻がいたため、厳冬の樺太での越境は「邪恋の清算か」などと連日大きく取り上げられました=右の画像

 六つの指示事項に「なんと極端な」と驚かれた方もいらっしゃるでしょう。私も、特に小説などに登場する女学生が「君、僕、姉御」などと使うのは「十分に注意を要する」という4項目めには驚きました。こんなに細かく、それも女性に絞って指示するのか。

 現在とは時代が違うのでなんともいえませんが、当時の人々はどう思ったのでしょうか。ただし、現在の私たちが驚くように、未来の人々が私たちの時代の考え方を知って「なんだこれは?」と言うかもしれませんね。当局の指示から10日あまり後、大衆文学評論家・伊集院斉氏の意見を3日間にわたって掲載しています(9月18~20日付東京朝刊)。

 大まかにまとめると、(1)指示についてはおおむね賛成、「大衆小説というものは、すべて興味的であると同時に、道徳的でもあることを必要としている」(2)侠客物は例外なく禁止すべきではないか(3)女学生の言葉については「それらの単語は、笑いたい盛りの、ちょっとした笑いの動機にすぎない」ので大目に見ても良かったのではないか、となります。

 この指示と前後して子ども向け雑誌についての検閲方針も固まっていきますが、どちらの場合も紙面では特に反論が載っていないようです。反対の人もいたのだと思いますが、そんな声が紙面に取り上げられたり、目立つ反対運動が起こったりするような時代ではなかった、ということなのでしょう。

 今回の記事は、内務省の指示であって法律が新たに作られたわけではありません。もともとある法律の解釈を拡大したものなのでしょうか。時代背景も程度も違いますが、現在も法の拡大解釈は問題になります。ただ、都条例に対しての意見が分かれているように、当時子どもへの影響や売り上げ主義に走る出版社があったことも問題となっていたようです。

(画像には主な直しだけ朱を書き入れています。現在の朝日新聞の表記基準で認めていない漢字の音訓や、当時は入れていなかった句点を入れる等については、原則として記入を省いています)

【現代風の記事にすると…】

貞操軽視の小説「断じて不可」 検閲当局が指示

 戦時下で国民の意識を奮い立たせることを目的に、雑誌の全面的革新を図る内務省図書課は5日午後1時、同省会議室で総合雑誌、婦人雑誌、大衆娯楽雑誌各社の代表約30人を集めて、雑誌の内容変更の指示を出した=写真。

 内務省側からは大島図書課長を始め久山、田中、鈴木、国塩各事務官が出席した。大衆娯楽雑誌の恋愛及び股旅小説などを中心に、検閲当局が社会風俗などの観点から好ましくないと思う点を雑誌社側に伝えた。この指示事項は、戦時下に雑誌の刷新に乗り出した検閲当局の根本方針と見られ、大衆娯楽雑誌も今後、内容を大きく変更することが予想される。検閲当局が指示した事項のうち主なものは以下の通り。

 1 若い女性が、多数の男性と関係を持つ貞操軽視の恋愛小説、姦通などを興味本位に取り扱ったものはよくない
 2 股旅小説の中で国定忠治や清水次郎長などの侠客(きょうかく)物はよいが、女性を中心とする殺傷、賭博、縄張りなどを興味本位に書いた股旅小説は好ましくない
 3 心中、駆け落ちを扇情的に描いたもの、同性愛を賛美したもの、待合茶屋などの遊興を魅力的に書いたものはよくない
 4 小説その他の中に女学生が使う言葉として「君」「僕」「姉御」などを使用しているものがあるが、女学生は雑誌からこのような言葉を知って使用する傾向があるので用語は十分に注意を要する
 5 気ままで享楽的なことを賛美した読み物はよくない
 6 風俗を乱す恐れがある広告は一掃する

(森ちさと)

当時の記事について

原文どおりに表記することを原則としますが、読みやすさの観点から

  • 漢字の旧字体は新字体に
  • 句点(。)を補った方がよいと思われる部分には1字分のスペース
  • 当時大文字の「ゃ」「ゅ」「っ」等の拗音(ようおん)、促音は小文字に

等の手を加えています。ご了承ください