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昔の新聞点検隊

ねずみ小僧になれなくて

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【当時の記事】

芝居を見て賊を働らく

文盲の早学問と一ト口にこそ云へ、見るものの心一ツ勧善にも勧悪にも傾くもの。実に芝居狂言ほど世にむづかしきものはなし。

小石川区指ケ谷町○○番地の酒屋●●方へ一昨夜の二時ごろ二階の小窓打破りて忍入りし曲者は、ぬき足して階子を下り箪笥の抽斗をぬき出して居る音を聞き、主人の●●目を覚し起上りさま泥坊々々と叫びし声に見世の人々も飛起きて裏表を取囲みしに、其勢ひに辟易して元の階子を逃上らんとする曲者の足を以て引下し、とうとう生擒にして出張の巡査に引渡し、巡査は直ちに警察署へ拘引して取しらべしに、此の曲者は同区巣鴨三丁目に住む△△(二十三)とて元来なまけ好の男なれど、只の一度盗みなどしたことなく一年三百六十五日ぬらりくらりと遊び暮し、去る七日ぶらぶらと浅草の常磐座を見に往き鼠小僧の狂言を見て成程と感服し、同じ人間と生れたからは俺等も一番鼠小僧の真似をして盗んだ金を貧民に恤み、△△は義賊だと新聞にでも唄はれ終には芝居にでもされたいものとマヅ其の手初めに●●方へ忍入たるなれど、自分の運命拙なくして斯の如くお召捕になりしはいかにも残念千万なりと肘つッぱらして申し立たるよし。扨も笑止や。

(1893〈明治26〉年1月10日付 東京朝日 朝刊3面)

※今回は読みにくいため、句読点を補っています。これらは原文には入っていません。また、人権上の配慮のため、名前などを伏せています。

【解説】

 昨年末から、漫画「タイガーマスク」の主人公・伊達直人を名乗って、全国の児童養護施設などに贈り物を届ける出来事が相次いでいます。今回は、明治の時代に同じように贈り物をしようとしたけれど、手段を間違え、あっけなく捕まった男の話です。

 「文盲の早学問と一ト口(ひとくち)にこそ云へ」は、「芝居は無学の早学問」ということわざのことを言っているものと思われます。このことわざは、「無筆の早学問」とも言いますが、「学のない人でも芝居からはいろいろなことが学べる」という意味です。芝居は、歴史物から勧善懲悪の物語まで、楽しみながら学ぶことができます。たとえ文字が読めなくても色々なことが知識として学べる……ということなのですが、「文盲」という言葉は今ではまず使いません。

 「文盲」は無学なことや文字の読み書きができないことを「盲=目が見えないこと」に例えており、視覚障害者の人たちに大変失礼な表現です。当時は一般的な表現でしたが、今では「文字の読み書きができないこと」を表すなら「非識字者」などとします。

 さらに、この記事を読んだ限りでは、この男が、字が読めたのかそうでないのかがわかりません。もし本当に「字が読めないので芝居を見に行き、悪影響を受けて盗みに入った」のなら、この男のような社会的弱者に対する差別を助長しています。逆に字が読めたのなら、事実と異なります。そこで、「一ト口にこそ云へ」まで削ることを出稿部に提案します。

 勧善懲悪の物語は、もちろん、良い行いを勧めています。しかし、その芝居を見る人の心によっては、悪い行いを勧めているようにも受け取られます。そうして勘違いをした男が忍び込んだのが、現在の東京都文京区にあたる東京市小石川区の酒屋です。酒屋●●は、被害者なので呼び捨てではなく「●●さん」とします。

 「一昨夜の二時ごろ」とありますが、この記事は1月10日付の朝刊に掲載されているため、8日の午前2時のことでしょう。この書き方が、現在の新聞とは異なっています。

 現在では、例えば1月11日に選挙がある場合、10日付の新聞では「あす投開票」、11日付では「きょう投開票」と見出しをつけることはありますが、記事では原則として「11日投開票」と日付を入れて書くようにしています。そして、過去の出来事には、「昨日」「一昨日」などの表現は通常使いません。読者に、その出来事が起きた日をわかりやすくするためです。

 「曲者」は、「容疑者」に直しましょう。英語の小文字nのように見える「」は、変体仮名と呼ばれるもので、「は」と読みます。現在の日本では、変体仮名は看板や書道などの限定的な場面でしか使われていません。

 1900(明治33)年に小学校令施行規則が改正され、平仮名と片仮名が現行の字体になりました。変体仮名は、平仮名の「いろは」と「ん」について、現在通用している字体とは異なっている形です。「」は、漢字の「八」の字を崩したもの。この事件が起こったのは1893年なので、まだ変体仮名が使われています。

 抜き足差し足で忍び込んだ男ですが、その物音で、酒屋の主人は目を覚まします。「見世」は、「仲見世」という言葉もあるように、「店」のこと。「見世の人々」というのは、今で言うところの住み込みの従業員でしょうか。

 主人と従業員の勢いにおじ気づいた男は、下りてきたはしごを再び上って逃げようとします。しかし、追いかけてきた人に足を取られ、引きずり下ろされます。「足を以て」とあるのは、この場面を想像すると「足をつかんで」と思われるので、「足を持って」と直しましょう。

 かけつけた巡査に引き渡された男は、同じ小石川区内の巣鴨に住んでいました。地蔵通商店街で有名な、現在の豊島区巣鴨です。巣鴨は1878年に小石川区に編入されていて、豊島区に入るのは昭和に入ってからのことです。

拡大1991年9月、閉館直前の浅草・常盤座
 「今まで一度だって盗みなんてしたことはない」と弁明する男が、なぜ盗みに入ったのか。それは、犯行の前日、浅草の常磐座にある狂言を見に行ったことが原因でした。

 この「常磐座」は、1887年に開業した劇場で、後に「常盤座」と改称されます。「榎本健一(エノケン)が人気の常盤座」「浅草の喜劇の殿堂」としてずっと長い間親しまれましたが、1991(平成3)年に惜しまれつつ閉館しました。

 男が改称前の常磐座で「感銘を受けた」狂言は、鼠(ねずみ)小僧という盗賊が主人公でした。江戸時代、鼠小僧次郎吉という男が約100カ所の武家屋敷に忍び込み、金3千両ほどを盗みました。鼠小僧は御用となり、最後は処刑されるのですが、江戸の人々が不思議に思ったことがあります。捕まって家宅捜索を受けた際、盗んだお金はほとんど見つからなかったのです。さて、そのお金はどこにいったのでしょう?

 「酒やばくちに使っていた」というのが現代の定説ですが、江戸時代の庶民の間では、「大名や悪徳商人から盗んだ金を、貧しい者に与えていた」という義賊説が広まりました。武士や商人に対する不満が大きかったのでしょう。「鼠小僧義賊説」は大いに受け、講談、戯曲、歌舞伎などになって親しまれました。酒屋に盗みに入った男が見たのは、そういう芝居の一つです。

 男は考えます。「俺のことも、鼠小僧みたいに芝居にならないかな」

 ただし、その後の行動がいけません。手始めに同じ区内の酒屋に忍び込みましたが、あっさり捕まりました。「運悪く捕まってしまって残念だ」と嘆く男について、この記事の筆者は、「笑いが止まらないことだ」と結んでいます。

 それでは、現代風にしてみましょう。見出しには、必ず「容疑」という言葉を入れます。男は盗みに入りましたが、盗む前に捕まっているので、窃盗未遂容疑でしょう。その他に、住居侵入容疑も加わります。さらに侵入する際に酒屋の小窓を割っているので、器物損壊の疑いでも事情を聴かれたものと思われます。

(画像には主な直しだけ朱を書き入れています。現在の朝日新聞の表記基準で認めていない漢字の音訓や、当時は入れていなかった句点を入れる等については、原則として記入を省いています)

【現代風の記事にすると…】

ねずみ小僧をまね窃盗未遂容疑

 酒店に忍び込んで金を盗もうとしたとして、警察は8日、東京市小石川区巣鴨3丁目の△△容疑者(23)を窃盗未遂容疑などで逮捕した。容疑を認めているという。 

 調べによると、△△容疑者は、8日午前2時ごろ、同区指ケ谷町の酒店経営●●さん方に2階の小窓を打ち破って侵入。はしごを下りてたんすの引き出しを抜き出していたところを見つかった。

 ●●さんは物音で目を覚まし、「泥棒、泥棒」と叫んだところ、店の従業員も起きて裏口と玄関を取り囲んだ。△△容疑者はその勢いに尻込みし、下りてきたはしごを上って逃げようとしたが、足をつかまれて引き下ろされたという。

 通報で駆けつけた警察官に引き渡され、署で取り調べを受けた△△容疑者は、「自分は怠け者だが、今までただの一度も盗みなどはしたことがない。一年中遊んで暮らしていた」と話しているという。しかし、犯行前日の7日、浅草の常磐座にねずみ小僧の狂言を見に行った際、「なるほど」と感心し、「同じ人間に生まれたからには、俺もねずみ小僧のまねをして、盗んだ金を貧しい人に恵んでやろう。そして△△は義賊だと新聞にのり、いずれは芝居にしてくれないかな」と考えたという。

 8日の犯行はその「手始め」だったといい、「自分は運が悪かった。こんなふうに捕まってしまい、残念で仕方がない」と話しているという。

(永島葵)

当時の記事について

原文どおりに表記することを原則としますが、読みやすさの観点から

  • 漢字の旧字体は新字体に
  • 句点(。)を補った方がよいと思われる部分には1字分のスペース
  • 当時大文字の「ゃ」「ゅ」「っ」等の拗音(ようおん)、促音は小文字に

等の手を加えています。ご了承ください