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昔の新聞点検隊

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【当時の記事】

桃の節句に付き物の白酒はやめませう 未成年者の禁酒を徹底して

 ☆…三月三日の桃の節句も間近に迫って、女のお子さんのゐる家庭では、雛壇を飾って、白酒を飲むのを楽しみにしてゐますが、この雛祭りの白酒は体位向上、貯蓄奨励の叫ばれてゐる興亜建設の春に当っては、時局に相応はしいものでないとて、日本基督教婦人矯風会、日本国民禁酒同盟では、これを機会に未成年者禁酒禁煙に関する建議をし司法、文部、内務、厚生の四省へ歎願書を出して、全国民へ呼びかけるさうです。そこで矯風会副会頭ガンドレット恒子女史の話を聴く事としました。――【写真はガントレット女史】

「先日、群馬県で千人許りの婦人聴衆に貯蓄奨励の講演を致しましたが、一向ピンと来ませんでした。そこで、例へば皆さんの家庭で御主人の上る晩酌を二合のものを一合 一合のものを五勺とするとして、家庭経済を計算して見て下さいと申しましたところ、大変よく解ると頷かれました。つまり、「貯蓄」「貯蓄」と如何に声を大にして叫んでも、どこの家庭にあっても酒、煙草より他に倹約すべき余裕がない状態にあるのです。殊に銃後国民の体位向上が重要視されてゐる折柄、三月三日の雛祭りを記念として、家庭を護るお母さん方が率先して、相当多量にアルコールを含んでゐる白酒を止め、滋養分に富むと云はれてゐる甘酒その他の飲料水に代へて欲しいと思ひます。甘酒なら大抵の子供も好きですし、何もわざわざ買はなくても、各家庭で簡単に造れます。又、この日全国の小学校、中等学校でも青少年の保健と禁酒、禁煙の訓諭をして、生徒や児童を通じて各家庭へその趣旨を一層徹底させるやう協力を仰ぎたいと思ってをります。

商店法が布かれて以来、店が早仕舞ひになって、小店員達の中には飲酒者が増え、カフェー、バー等にも近頃見慣れぬ青少年者の顔が見えると聞いて居ります。

この法律は銃後国民の中堅層をなす全国の青少年の体位向上、余暇善用を目的として作られたものですから、その趣旨に副って、お店が閉ったらラヂオの修養講座を聴かせると共に、カフェー、バー、飲酒店にも十時閉店の商店法を拡大して欲しいと思ひます。」

(1939〈昭和14〉年2月27日付 東京朝日 朝刊10面)

【解説】

 もうすぐひなまつり。ひな人形を飾って、ひし餅にあられ……と、女の子にとっては今でも特別に楽しみな日かもしれません。今も昔も、祝い事にはお酒が付き物です。今回取り上げたのは、未成年者の禁酒を訴える団体が「白酒でなく甘酒で祝いましょう」と呼びかける記事です。日中戦争のさなか、国家総動員法が公布された翌年のことだけに、「体位向上」「興亜建設」「銃後国民」など、現在はあまり見られない言葉が登場しています。今ならオピニオン面に掲載されそうな記事です。

 それでは点検を始めましょう。顔写真が掲載され、この記事の主役とも言える女性の名前をよく見ると、初めは「ガンドレット恒子女史」となっています。ところが、そのすぐ後では「写真はガントレット女史」。まず、「ト」に濁点が付いたり付かなかったりしていますので、どちらが正しいのか調べましょう。今ではデータベースを検索するのもインターネットを使って辞書を引くのも、机上のパソコンで簡単にできますが、昔はそうはいきません。頭に入っているはずの有名人の場合でも、古新聞のスクラップをめくって調べたり、人名辞典を引いたりするしかなかったでしょう。耳慣れない外国人由来の名前の場合は、特に注意が必要です。

拡大画像1=1942年7月16日付東京朝日朝刊4面
 この女性は、語学教師・音楽家の英国人エドワード・ガントレット氏(1868~1956)と明治時代に国際結婚をした社会運動家です。つづりを確認するとGauntlett でしたので、初めの「ド」は「ト」に直してもらいましょう。「女史」という敬称も現在はまず使いません。性別を問わず用いられる「氏」や「さん」でよいのでは、とアピールします。女性選挙権獲得や平和運動に積極的に取り組み、国際舞台で活躍した彼女は、しばしば紙面に登場しました。音楽家の山田耕筰は弟で、彼が芸術院の会員に推されたときには姉として「楽壇人としての耕ちゃん」という興味深い記事も寄せています=画像1

 顔写真の右下からかぎかっこで文章が始まっていますが、このかぎに対応する受けは記事の最後にあるかぎかっこです。あまりに離れている上、途中で「貯蓄」「貯蓄」と、また同じかぎかっこが使われていますね。かっこの中の文章でもう一度かぎかっこを使いたい場合は、今なら二重かぎ(『』)を用いるのが原則ですが、この記事の場合は初めと終わりのかぎかっこを取ってしまい、「聞き手=記者名」など、インタビュー記事ということをはっきりさせてはどうかと提案してみましょう。

 また、上段の後ろから6行目の行頭に読点があります。句読点や終わりかっこなどが行頭にきてしまったり、始めかっこなどが行末になってしまったりするのは禁止事項です。そのため「禁則処理」と呼ばれる処理が必要になります。編集者に「禁則ですよ」と伝えて、1行の字数を調整することで前の行に追い込んだり、次の行に追い出したりして記号の位置をずらす処理をしてもらいましょう。

 ところで、白酒と甘酒の違いをご存じでしょうか? どちらも甘みがあり、白く濁っていて一見似ているので、間違えてしまう人も多いのでは? かくいう私も、それらが別物とは知らず、幼い頃に家族と飲んだ温かいとろりとしたあの白い飲み物はいったいどちらだったのか、考えたこともありませんでした。

 昭和初期に作られた童謡「うれしいひなまつり」で「すこし白酒 めされたか あかいお顔の 右大臣」と歌われていることからもわかるように、桃の節句に白酒という組み合わせはずいぶん昔から定着していたようです。白酒とは、みりんに蒸した米やこうじを混ぜて熟成させたもの。記事にも「相当多量にアルコールを含んでいる」と書かれている通り、度数は7~9%ほどあり、ビール以上に「きついお酒」です。

拡大写真1=東京・神田の豊島屋本店
 一方、記事で子どもの飲み物としてすすめている甘酒は、ほとんどアルコール分を含みません。やわらかく炊いた米にこうじを加えてよく混ぜたものを60度ほどで保温して一晩おくと、できあがり。酒かすを煮溶かして砂糖で甘みを付ける、簡単なつくり方もあります。この季節になると、スーパーの酒かす売り場が充実するのは、甘酒づくりのためなのでしょう。「わざわざ買はなくても、各家庭で簡単に造れます」と強調しているのは、節約、貯蓄が奨励されていた時代だったからだと考えられます。

 調べていると、「桃の節句を白酒で祝うようになったのは江戸時代から」とする古い記事もありました。その元祖ともいわれるのが、東京・神田にある1596(慶長元)年創業の老舗「豊島屋本店」=写真1=です。初春の江戸名物として豊島屋の白酒は特に人気があったようで、客でにぎわう2月末の店頭の様子が「江戸名所図会」にも描かれています。江戸後期の文献「千とせの門」には、1日で1400樽(たる)もの白酒が売れたと書かれているとか。4斗樽で計算すると、およそ100キロリットルに相当します! 「今しか買えない」と思うと、つい手に入れたくなるもの。江戸の人々も、季節の限定品には弱かったということでしょう。

拡大画像2=1937年2月27日付東京朝日朝刊10面
 白酒人気は紙面でも確認できました。1914~23(大正3~12)年には、2月の下旬になると「特別割引売出しを開始すると云う」「例年の通り売出せり」などと、数行の記事が毎年載っていたほどです。15代目の吉村隆之会長(81)によると、戦時中は工場が軍に徴用されたため白酒の生産ができなかったそうですが、戦前の紙面を見ると、今回の記事からちょうど2年前の同日付で「江戸の草分け としまやの白酒」という広告が掲載されていました=画像2。ひな人形があしらわれ、今年の白酒のパッケージ=写真2=にも通じる、かわいらしいデザインです。

拡大写真2=今年の豊島屋の白酒のパッケージ
 少し脱線しましたが、記事を読み進めましょう。終わりの方に、商店法で店が早じまいになったことが書かれています。この法律は、厳しい条件で長時間働かされていた店員の保護を目的に、1938(昭和13)年に施行されました。商店や理容店の閉店時刻を午後10時とすることや、少なくとも月に1日の休日を与えることなどを定めたものです。ただ、旅館や飲食店は営業時間の制限が困難だとして閉店時刻の条項は適用されませんでした。

 10月の施行を前に、厚生省職員による談話が載っています(1938年9月21日付)が、そこには「徴兵検査の結果、商業従事者は体格が悪く、丙種の割合が一番高かった」と書かれていました。また「ラジオで20分ほど修養になる講話等を放送して、余暇を有効に勉強させるようにする」ともありました。労働者の体格向上を目指して、などと聞くと今では不思議な気がしますが、戦時中にあっては強い軍隊をつくるため、立派な体格の健康な若者が大勢求められていたのでしょう。

 未成年者禁酒を訴える記事にこのような形で取り上げられるということは、厚生省の思惑とはうらはらに、早く仕事が終われば飲みにでも行こう、と繰り出した若者が多かったのでしょうか。帰ってラジオを聴いて勉強するより、「バーで一杯」が若い店員たちの楽しみだったのかもしれません。バーと並んで出てくる「カフェー」は喫茶店ではなく、女性が接客をし、飲酒ができる店です(詳しく知りたい方は、「ことば談話室」の「おしゃれな『カフェ』1・2」〈2010年4月22、29日公開 〉をご覧下さい)。ちなみに、この商店法は1947(昭和22)年、労働基準法の施行によって廃止されました。

 私が最後にひなまつりをお祝いしてから、もう何年になるでしょう。未成年者の飲酒はダメですが、今やすっかり大人になったので、今年は甘酒でなく白酒を飲んでみようかなと思っています。

(画像には主な直しだけ朱を書き入れています。現在の朝日新聞の表記基準で認めていない漢字の音訓や、当時は入れていなかった句点を入れる等については、原則として記入を省いています)

【現代風の記事にすると…】

桃の節句 白酒やめて甘酒を 未成年者の禁酒徹底

 3月3日の桃の節句を前に、女の子のいる家庭では、ひな人形を飾って白酒を飲むのを楽しみにしていることだろう。日本基督教婦人矯風会と日本国民禁酒同盟は、この白酒は体格向上につながらず、貯蓄奨励が叫ばれている時勢に合わないとして、未成年者の禁酒・禁煙に関する決議をした。司法、文部、内務、厚生の4省に嘆願書を出し、全国民に呼びかけるという。同会副会頭のガントレット恒子さん=写真=に話を聞いた。

    ◇

 先日、群馬県で千人ほどの女性に貯蓄奨励について講演したが、まったくピンと来ていない様子だった。そこで、「家での夫の晩酌量を2合から1合、1合から5勺(しゃく)に減らすとして家計を計算してみて下さい」と酒量を例に話したところ、大変よくわかるとばかりに聴衆はうなずいていた。

 つまり、「貯蓄、貯蓄」とどれだけ声を大にして叫んでも、どの家庭も酒やたばこ以外に倹約する余裕がない状態なのだ。特に現在は国民の体格向上が重視されているが、ひなまつりを機に、アルコール分が多い白酒をやめて、家庭のお母さんが率先して栄養のある甘酒など他の飲み物に代えてほしい。

 甘酒はほとんどの子どもも好きな上、買わなくても家庭で簡単につくれる。また、この日は全国の小中学校で青少年の保健と禁酒・禁煙について教え、生徒や児童を通じて各家庭へその趣旨を一層徹底させるように協力してもらいたい。

商店法の施行以来、店が早じまいになり、飲酒する若い店員が増えて、カフェやバーなどでも若い人の姿が見られるようになったと聞く。

 この法律は一般国民の中堅層をなす全国の若者の体格向上や余暇活用を目的に作られたものなので、その趣旨に沿って、店が閉まったらラジオの修養講座を聴くなどしてほしいと思う。午後10時閉店とする商店法の対象をカフェやバー、飲酒店にも拡大できないものだろうか。

(上田明香)

当時の記事について

原文どおりに表記することを原則としますが、読みやすさの観点から

  • 漢字の旧字体は新字体に
  • 句点(。)を補った方がよいと思われる部分には1字分のスペース
  • 当時大文字の「ゃ」「ゅ」「っ」等の拗音(ようおん)、促音は小文字に

等の手を加えています。ご了承ください