昔の新聞点検隊
(2011/03/01)
【当時の記事】
子供が喜ぶ美味しいコロッケ
割れぬ様に揚げるには 材料と水加減が大切
コロッケが割れて困るがどうしたらいいか?といふ相談を受ける事が多い。
……◇……
元来コロッケにする中の材料は、そのままで食べられるやうに味をつけ予め蒸したものでなければならない。
従って衣が揚る程度でよい。その場合よく割れるといふことを聞くが、それはメリケン粉を中に入れるからである。
……◇……
作り方は俎の上にメリケン粉を撒布し、それに中の材料を長くのばして横に転がし、長い筒形になったものを庖丁で切り、メリケン粉の上でコロッケの形にする。
……◇……
コロッケは元来遊戯のクリッケットと同じ文字から来た語で
その形もクリッケットのサイヅチのやうに丸い筒形であるのが本当で、よくそこいらの洋食屋で出すやうな扁平なのは、メンチボールと穿き違へてゐるのである。
……◇……
愈形が出来たら、メリケン粉のついた所を拇指と人差指で、崩れぬやうに軽く挟んで扱はねばならない。
手の平でペタペタと叩くやうでは駄目だ。
……◇……
揚げ方は中身はクリームのやうに軟かに揚げて皿に盛るといふ心持でよい。油の要領及び水加減はカツレツと同じである【一戸伊勢子女史談】
(1934〈昭和9〉年11月13日付 東京朝日 朝刊5面)
【解説】
ワイフもらってうれしかったが
いつも出てくるおかずは コロッケコロッケ
今日もコロッケ 明日もコロッケ
これじゃ年がら年中コロッケ
アハハハアハハハこりゃおかし
「コロッケ」を連呼するこの詞、名前もそのまま「コロッケの唄」です。なんと今から100年近く前の1917(大正6)年に流行しました。洋食のコロッケが当時からこんなになじんでいたなんて、少し意外な気もします。
コロッケが日本に伝わったのは、幕末から明治にかけての文明開化のころでした。フランス語のクロケットcroquetteがことばの由来のようです。ただ、これは私たちが思い浮かべる「コロッケ」とは少し違います。「世界大百科事典」(平凡社)によると、日本のコロッケが主にジャガイモ、タマネギ、ひき肉を材料にするのに対し、「クロケット」はボイルもしくはソテーした魚貝や肉を細かく刻んだりすり身にしたりして、スライスしたマッシュルームやトリュフを入れたものが具になります。そこにベシャメルソースやポテトピューレをあわせて揚げるそうです。また日本ではウスターソースなどをかけて食べますが、「クロケット」はトマト系のソースを添えるのが一般的といいます。日本のソースについて、「明治・大正・昭和 食生活世相史」(柴田書店)は「いかに文明開化といっても、人の味覚だけはおいそれと変えられず、米飯に合った和風的味覚を西洋料理にも求めて、努力がなされたのであろう」と分析しています。
コロッケは「洋食」の一つに数えられますが、同時に日本独特の食べ物であると言えそうです。
それでは校閲作業に入りましょう。まず「春はクルクルにへ~んしんっ!!」(2010年6月15日公開) でも触れたように、インタビュー記事の場合は話し手の名前を前に出すとわかりやすくなります。見出しにもとるとベストでしょう。ちなみに一戸伊勢子さんは、1920年から朝日新聞で料理欄を執筆しました。前年の執筆受諾のお知らせによると、現在のお茶の水女子大や東京家政大で教員をしていたそうです。
見出しの「割れぬ様に揚げるには 材料と水加減が大切」は記事の内容と合っているでしょうか。コロッケが割れてしまう原因は、「メリケン粉を(材料の)中に入れるから」だと一戸さんは言います。メリケン粉(=小麦粉)はまな板にまぶして、その上でコロッケの形を整えるために使うのであって、具と一緒にしてはいけないとのことです。現在はさらに卵黄とパン粉をつけます。言及がないのは、当時はつけなかったからではなく、当たり前のことだから省いたのかもしれません。この前後の時期のコロッケの記事では言及していました。
一方「水加減」は、記事の末尾に「カツレツと同じである」とあるだけで、具体的な量や気をつけるべき点は書かれていません。
こうして見てみると、「材料と水加減が大切」という見出しは、少し的はずれな気がしてきます。「割れぬ様に揚げるには 小麦粉は外側に」などの代替案を、見出しを考える編集者に伝えましょう。そもそも、コロッケやカツレツを作るときに「水加減」が問題になることは考えにくいです。もしかしたら、「火加減」とすべきところが「水」になってしまったのかもしれません。
「穿(は)き違へて」は「履き違えて」とします。現在の朝日新聞では、「穿く」は「ズボン・靴下などを身につける」ときに、「履く」は「靴・げたなどを足につける」ときに使うことにしています(ただし「穿く」は朝日新聞漢字表にない漢字なので、紙面では原則として平仮名で書きます)。「はき違える」という表現は「誤って他人の履き物をはく」ことから来ているので、この使い分けからすると「履」がいいでしょう。ただ「穿き違える」をのせている辞書もあるので、必ずしも間違いというわけではありません。
「拇指」は「親指」と書くのがいいでしょう。これも漢字だけ見れば間違いではないのですが、「おやゆび」とルビを振ってあるのが気になります。「拇指」は音読みで「ぼし」と読み、「拇」は1文字で「おやゆび」と読むからです。
ところで、記事中ほどの「コロッケは元来遊戯のクリッケットと同じ文字から来た語」には驚きました。確かにもともとの「クロケット」と「クリケット」は音が似ていますが、それ以外の共通点が見あたりません。果たして本当に正しいのか、調べてみることにしましょう。
結論から言えば、はっきりした語源はわかりませんでした。「世界たべもの起源事典」(東京堂出版)によると、フランス語のcroquer(バリバリと音を立てて食べ物をかむ)がcroquetteになるとする説、枕形の運動具のcroquetに形が似ているとする説があるそうです。一方、クリケットcricketを「新英和大辞典」(研究社)で引いたところ、古フランス語のcriquetからきており、「球を打つ音がコオロギの鳴き声と似ているところからか」とありました。どちらもフランスの言葉を起源とし、また「音」がもとになっているという共通点があることがわかります。
ただ、ここから「同じ文字から来た語」と判断するのは早計です。調査が足りないだけかもしれませんが、本当に断言してよいか、「いくつかある説の一つ」ではないか、確認を求めたいところです。
クリケットに関してもう一つ。コロッケの形は「クリッケットのサイヅチのやうに丸い筒形」が正しいと書かれていますが、「サイヅチ(才槌)」というのはバットのことでしょうか。しかし、クリケットのバットは船をこぐオールのような扁平な形をしており、円筒形ではありません。
もしかすると、一戸さんは「クロッケー(croquet)」と取り違えているのかもしれません。クリケットと同じく英国で人気のスポーツで、「ゲートボールの祖先」とも言われます。日本クロッケー協会のホームページによると、1870年代には日本に伝わっていたようです。クロッケーで使う「マレット」は長い柄の木槌で、その先端はまさに円筒形をしています。「世界たべもの起源事典」の「枕形の運動具のcroquet」もクロッケーのマレットを指すと考えられそうです。
ただ、ここで「クロッケーのマレットのように」とたとえても、具体的なイメージが浮かぶ読者は少ないのではないでしょうか。クロッケーには申し訳ないですが、「ゲートボールのスティックの先端部のように」とした方が親切な気がします。
日本のコロッケと欧州のクロケットは違う、という話を冒頭にしました。クロケットにはさらに、デザート用のものがあるそうです。アンズをシロップ漬けにしたり、バニラや砂糖を加えた牛乳で米を煮たり……。およそ私たちの想像する「コロッケ」とは結びつかない材料や方法が並びます。
日本にも、ちょっと変わった組み合わせがあります。その名も「コロッケそば」。意外なことに、1898(明治31)年にはすでに東京で流行していたそうです(「明治・大正家庭史年表」〈河出書房新社〉)。現在でも、関東の老舗そば屋や駅ホームのそば屋で食べることができます。
意外と長いコロッケの歴史に思いをはせながら、そばをすすってみるのはいかがでしょう。でも、麺はのびないように気をつけて!
(画像には主な直しだけ朱を書き入れています。現在の朝日新聞の表記基準で認めていない漢字の音訓や、当時は入れていなかった句点を入れる等については、原則として記入を省いています)
【現代風の記事にすると…】
子どもが喜ぶおいしいコロッケ 割れぬように揚げるには 小麦粉は外側に 一戸伊勢子さん
コロッケが割れて困るがどうしたらいいか、という相談をよく受けます。
……◇……
まずコロッケの中身は、そのままでも食べられるように味つけをし、あらかじめ蒸したものでないといけません。
衣だけを揚げる程度でよく、割れてしまうのは小麦粉を中に入れるからです。まず、まな板の上に小麦粉を散らし、材料を長くのばして横に転がします。長い筒形になったものを包丁で切り、小麦粉の上でコロッケの形にして下さい。
……◇……
コロッケはゲートボールの祖先と言われる競技・クロッケーと同じことばに由来するとの説があり、正しい形はゲートボールのスティックの先端部のように丸い筒形です。よく洋食屋で見る扁平なものは、メンチボールと履き違えているのでしょう。
……◇……
いよいよ形が出来たら、小麦粉のついたところを親指と人さし指で崩れぬように軽く挟んで扱います。手の平でペタペタとたたいてはいけません。
中身はクリームのように軟らかく揚げ、皿に盛るという心持ちでよいでしょう。油の要領と水加減はカツレツと同じです。
(森本類)
原文どおりに表記することを原則としますが、読みやすさの観点から
等の手を加えています。ご了承ください