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昔の新聞点検隊

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【当時の記事】

地球にサイン 宇宙の謎 次は四月一日だ! “掴め”待機陣を布く
昨年三月廿日以来五十四日目毎に お昼に無電を妨ぐ

「天体のどこからともなく地球に向って謎の信号が送られてゐる」とか「火星人からの合図だ!」とか噂は噂を生んで結局学界の謎となってゐる不思議な現象が近来地球上で或る一定の時日を置いて確認されてゐる、この現象は毎回五十四日おきに起りしかも地球上の昼の部分ばかりで認知されるものでこの時間中には短波無線通信が著るしく妨害を受ける……

ニューヨークのデリンジャー博士は昨秋これを新しい「宇宙現象」として学界に紹介したので忽ち世界各国の興味を惹き、去る二月八日には我が逓信省工務局無線課でも全国の無電台に注意を発して警戒した結果、約一時間に亘ってこの不思議な

現象を感知するに至った、ところでこの原因と云ふのが果して天体からの信号であるかないかは別問題として、五十四日と云ふのは丁度太陽が一廻転する期間の二倍に当ってゐるのと、この現象が夜間は決して起らないと云ふ事実からその五十四日ごとに地球に面する太陽の或る一部から放射される何物かの影響であらうとは推察されるに至ったが、その正体は今もって皆目判らない

デリンジャー博士が昨年の三月二十日これを発見、以来五十四日おきにこの現象を認知したので一つの宿題として学界に紹介したのであるが、逓信省ではその発表があって以来単にこれをラヂオ界に現れる不思議な現象として認知するだけでなく、何の影響でかかる短波長無電の妨害が起るのかを確めるために三鷹村の東京天文台とも協力して次の五十四日目を待ちかまへて居た

ところが第一回の十二月十五日には予期してゐた様な結果も捉へ得ず、二月八日に初めてしかも予期したより

余程長い一時間にわたってこの現象を感じたものであるが天文台で観測した結果は太陽上に何の異変も認められなかったし、さらばと云ってこれを太陽黒点の影響であらうと推定することも出来ない様な結果を招いた、結局五十メートル以下の波長が特に目立って妨害を受けること「磁気あらし」の兆候がないこと……などはわかったがその正体に対する謎は益(ますます)深まって行くばかりである、ところでこの新しい「宇宙の謎」が予定通りに巡って来るとすれば来る四月一日か二日がその「奇蹟の日」に当るわけだ、逓信省では再び全国の短波無電局に

注意を発し二、三日前からその警戒に当らせることになってゐる(以下略)

(1936〈昭和11〉年3月26日付 東京朝日 朝刊11面)

※一部の難読な語句に( )で読みを入れています。

【解説】

 ある一定の周期で地球を襲う電波障害。その影響は計り知れず、しかし、原因はまったくもって不明。臆測が臆測を呼び、宇宙人まで登場するSFさながらの展開に……。今回取り上げるのは、今から70年以上も前のそんなお話。地球全土を巻き込んでの大騒動です。これは……、宇宙のロマンのにおいがプンプンします。

 根拠なんかこれっぽっちもないのに、「宇宙人は存在する」と自信たっぷりに思っている私。記事を読むだけでワクワクが止まりません。

拡大記事1=1935年10月17日付東京朝日朝刊9面
 では、そんな胸の高鳴りとともに、さっそく校閲作業に取りかかりましょう。

 まず、記事を点検しようにも手がかりが少なすぎるので、デリンジャー博士がこの現象を発見した当時の記事を探してみます。確かに1935年10月の紙面で彼の報告を伝えていました=記事1。米科学誌「サイエンス」に掲載された内容によると、「今なほ説明のつかない、新しい宇宙現象」を3月20日に最初に発見したとあります。今回取り上げた記事は36年のものなので、2段目「昨秋……学界に紹介した」、4段目「昨年の三月二十日これを発見」の確認が取れました。本来なら「サイエンス」そのもので確認したいところですが、今となってはそれも難しいのでこれでOKとします。

 記事1を読み進めると、3月20日の後、5月12日、7月6日、8月30日と54日間の間隔を置いて同じ現象が観測されたと書かれています。よし、これで「五十四日」もウラが取れた……、と思うのは早合点。カレンダーを使って、本当に54日空いているのか確認しなければなりません。

 そこで気になるのが、「五十四日おき」「五十四日ごと」と書き分けられた表記のゆれ。二つは同じようで意味が違います。例えば、1月1日から「3日おき」は1月5日、9日、13日のように間に3日挟むことであるのに対し、1月1日から「3日ごと」は1月4日、7日、10日と間に2日挟むことを意味します。どちらかに統一してもらいましょう。

 では、これを踏まえて両方の数え方をしてみます。まず「おき」の場合だと、3月20日から5月12日の間は52日、5月12日から7月6日は54日、7月6日から8月30日は54日。一方「ごと」で数えると、それぞれ53日、55日、55日となります。

 これは困りました。どちらの場合でも「54日」ではそろいません。記者に確認を求めるついでに、「約50日おき」ぐらいにしては?と提案しておきましょう。

 そうすると、3段目に出てくる「五十四日と云ふのは丁度太陽が一廻転する期間の二倍」という記述も修正が必要になってきます。「約50日おき」にしてはどうかと提案している以上、「丁度(ちょうど)」は削ってもらった方がいいでしょう。あっちを直したことで、こっちに食い違いが生じた、というのはままあること。至る所に目を光らせていなければなりません。ちなみに国立天文台によると、太陽は地球に対して約27.3日の周期で自転しているそうです。

 ここまで来ればあとは細かい直しだけです。

 2段目冒頭。ニューヨークと聞いてどこの国か分からない人はほとんどいないでしょうが、一応、ここはアメリカを表す「米」が必要になるケースです。4段目の三鷹村の前にも「東京府」(当時は東京「都」ではなく「府」でした)を入れてもらいます。あとは見出しを含めてところどころに出てくる「無電」。今では「無線」の方がなじみがありますので、書き換えを提案しましょう。

 世界中を騒がせた怪現象。記事は警戒網を敷いたところで終わっており、その後どうなったのか、実に気になります。過去の紙面を調べてみると、続報が載っていました。

拡大記事2=1936年4月2日付東京朝日朝刊11面

 待ちかまえていた4月1日には音さたなく、「エイプリル・フールだ」といったんは報じました=記事2=が、翌2日に待望の(?)無線障害が起きました=記事3。

拡大記事3=1936年4月3日付東京朝日夕刊2面
 ここでじらしのテクニックを使ってくるなんて、宇宙人もかなりのやり手だな……妄想は膨らみます。しかし、当時から流れた月日は70年。科学の進歩はすさまじく、謎を解き明かすには十分すぎました。原因は明らかにされ、この原稿を書く過程でそれを不覚にも知ってしまうことに。結果、強力に推し進めていた「宇宙人説」もあえなく崩れ去ることとなりました。

 タネ明かしをすると、地球の上層部には電波を反射する性質を持つ電離層と呼ばれる領域が広がっています。この電離層に電波を反射させることで長距離通信が可能になっているわけですが、太陽表面上で爆発(フレア)が起きると、多量のX線や紫外線が発生します。それらが電離層を乱すことで電波が正常に反射しなくなり、長距離通信が困難になる、というからくりです。現在では、発見者にちなんで「デリンジャー現象」と呼ばれています。

 なんともまあ、現実的。怪現象もすっかり丸裸です。できれば知らないままでいたかった、宇宙に夢を見たっていいじゃない! 私みたいな素人はそう思わずにはいられません。しかし、現実は時として残酷なもの。人はこうして大人になっていくのです。宇宙人に思いをはせた、あのトキメキもお星様となって宇宙の彼方へ消えていってしまいました。

(画像には主な直しだけ朱を書き入れています。現在の朝日新聞の表記基準で認めていない漢字の音訓や、当時は入れていなかった句点を入れる等については、原則として記入を省いています)

【現代風の記事にすると…】

宇宙からの謎のサイン 50日おきに無線に障害 原因究明に警戒網

 「天体のどこからともなく地球に向かって謎の信号が送られている」「火星人からの合図だ!」などとうわさになって、学界でも謎となっている不思議な現象が地球上で確認されている。毎回約50日おきに、地球上の昼の部分ばかりで発生するこの現象。発生するとその間、短波無線通信が著しい妨害を受けるという。

 米ニューヨークのデリンジャー博士が昨秋、新しい「宇宙現象」として学界に紹介。世界各国で興味をひき、日本でも逓信省工務局無線課が全国の無線台に注意を促して警戒した結果、2月8日に約1時間にわたってこの不思議な現象が起きた。「50日」は太陽が1回自転する期間のおよそ2倍にあたり、この現象が夜間は決して起こらないという事実から、太陽から放射される何物かが影響していると考えられる。しかし、その正体は現在でもまったく分かっていない。

 デリンジャー博士は昨年3月20日にこの現象を発見。以来、約50日おきに観測されたという。逓信省は、これを単なる不思議な現象ととらえるだけではなく、何の影響でこのような無線障害が起きるのかを確かめるため、東京府三鷹村の東京天文台とも協力して警戒した。当初予想された12月15日には何も起きなかったが、2月8日に初めて観測。予想よりも長く、1時間にわたって無線に障害が生じた。天文台によると、太陽上に何の異変も認められず、太陽の黒点の影響だろうと推定することもできなかったという。波長が50メートル以下の無線が特に目立って妨害を受ける▽磁気あらしの兆候がない、ことなどは分かったが、その正体に対する謎はますます深まっていくばかりだ。

 この新しい「宇宙の謎」が予定通りに来るとすれば4月1日か2日が、その「奇跡の日」に当たるとされる。逓信省では再び全国の無線局に注意を促し、2、3日前から警戒に当たらせるという。(以下略)

(永川佳幸)

当時の記事について

原文どおりに表記することを原則としますが、読みやすさの観点から

  • 漢字の旧字体は新字体に
  • 句点(。)を補った方がよいと思われる部分には1字分のスペース
  • 当時大文字の「ゃ」「ゅ」「っ」等の拗音(ようおん)、促音は小文字に

等の手を加えています。ご了承ください