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昔の新聞点検隊

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【当時の記事】

珍獣の婿探し 女探検家来る

【横浜電話】世界の珍獣としてこれまで生きて捕へられたことがないといふチベット高原に棲むパンダ(熊猫)を育てあげ世界の動物愛好家をアッといはせたニューヨークの探検家ウイリアム・ハークネス夫人は今回このパンダのお聟さんを探しにチベットに出かける途中七日入港のダラー汽船P・フーヴァ号で横浜へ立寄った、夫人は語る

スーソンといふ名前をつけて可愛がってゐます、今はシカゴの動物園で特別に育てて貰ってゐます、夏が嫌ひなので特別な部屋を作り温度の調節をして冷くして貰ってゐます、私によくなついてゐてそれはそれは可愛いものです【写真はハークネス夫人と珍獣パンダ】

(1937〈昭和12〉年8月8日付 東京朝日 夕刊2面)

【解説】

 2頭のジャイアントパンダが東京・上野動物園にやってきました。その名の通り体は大きいですが、垂れ目に見える白黒模様がなんとも愛くるしいですね。今回取り上げる記事は、幼い野生パンダを捕まえて米国へ初めて連れ帰った、たくましい女性が主人公です。かわいがっているパンダの「お相手」を探しに再び中国へ向かう船旅の途中で、横浜港に寄ったというものです。

拡大子どものパンダ=2007年、和歌山・アドベンチャーワールド
 記事を読んでみると、いろいろ疑問がわいてきます。まず違和感を持ったのは、「~夫人」と書かれているだけで、女性の名前がどこにも出てこないことです。また、見出しに「女探検家」とありますが、本文の書き方だと探検家なのはウイリアム・ハークネスさんなのか、その夫人なのかがはっきりしません。時代背景から考えて、男性の可能性が高そうな気はしますが、何通りにも解釈できる表現は新聞記事にはふさわしくありません。

 調べてみると、この女性はルース・ハークネスさんという米ニューヨークのファッションデザイナーで、探検家の夫ウィリアムさんの遺志を継ぎ、パンダを追って海を渡った人ということがわかりました。実際にパンダを見つけて捕まえたのですから、この女性自身を「探検家」と呼んでも間違いではないでしょう。そして、記事には職業や氏名、わかっていれば年齢も入れたいところです。

 また、見出しの「珍獣の婿探し」と本文中の「お聟さんを探しに」で「むこ」の漢字が違っています。見出しは本文の表記と合わせるのが原則ですが、「聟」は常用漢字表にない字なので、本文を「婿」に直しましょう。

 ハークネスさんが捕らえたパンダはこの記事では「スーソン」と名付けられたと書かれていますが、これはどうやら手書き原稿時代ならではの間違いのようです。このパンダの正しい名前はスーリン。漢字だと「蘇琳」です。カタカナの「ソ」と「リ」は、形が似ていますね。手書き文字なら確かに見間違えてしまった可能性も高そうです。相手が人間でなくても、固有名詞、とりわけ名前の誤りは重大。今なら翌日に訂正記事を出さなくてはいけないかもしれません。

 ハークネスさんがパンダを見つけたのはこの記事が掲載される前年の1936(昭和11)年。中国だけにすむこの希少動物の生態について、現在では、竹を好んで食べること、四川省など一部地域でしか生息が確認されていないこと、絶滅の危機にひんしていることなどが、日本でも広く知られています。本物を見たことはなくても、身の回りには愛らしい容姿をモチーフにしたキャラクターなども多く、身近な動物だと言えるでしょう。野生動物の保護活動を行うNGO「世界自然保護基金(WWF)」のシンボルにもなっていて、ロゴマークを目にしたことがあるという人も多いはずです。

拡大画像1=1972年10月11日付朝日新聞東京本社版夕刊11面

 しかし、当時はそれほどよく知られていませんでした。米国に渡ったスーリンが、初めてパンダを目にする人々をとりこにしたことは想像に難くありません。1972(昭和47)年に日中友好を記念して初来日したひとつがいのパンダ、カンカンとランランのように、たちまち人気者になったことでしょう。カンカンとランランの来日時のパンダブームは、朝日新聞からもうかがえます。それまでほとんど紙面に登場しなかったパンダが、「好物はカキや甘いリンゴ」「寝るのが好き 乾燥はきらい」「パンダ何と鳴く?」=画像1=などの見出しで、大きく報じられました。

拡大画像2=1981年6月3日付朝日新聞東京本社版朝刊22面
 カンカンとランランがやって来た上野動物園には、この珍しい動物をなんとか一目見ようと多くの人々が押し寄せ、長蛇の行列ができました。「客寄せパンダ」や「人寄せパンダ」という言い回しは、この2頭の集客力から生まれたものだとされています。1981(昭和56)年6月3日付の東京都議選の記事には「人寄せパンダ」が見出しとしても登場していました=画像2。応援演説にやってきた田中角栄元首相が「自分は『人寄せパンダ』」とおどけた、と書かれています。

 さて、今回の記事に戻りましょう。米国では、シカゴの動物園に空調設備の整った特別の飼育部屋が造られ、スーリンはそこで育てられたようです。今年2月に来日したパンダを受け入れた上野動物園は「パンダ舎を約9千万円かけて床暖房付きに改装した」と先日報道されました。近く公開予定のリーリー(雄)とシンシン(雌)は、気に入ってくれるでしょうか?

 当初、雌だと思われていたスーリンは、後に雄であることがわかりました。それでも、「スーリン」という名前は、歴史的なパンダの名前として今も愛されています。この名を受け継いだのは、米カリフォルニア州のサンディエゴ動物園で2005年に生まれた雌パンダ。同動物園のウェブサイトによると、こちらのスーリンは昨秋、四川省にあるパンダの保護センターに旅立ったということです。

(画像には主な直しだけ朱を書き入れています。現在の朝日新聞の表記基準で認めていない漢字の音訓や、当時は入れていなかった句点を入れる等については、原則として記入を省いています)

【現代風の記事にすると…】

パンダ育てる米女性、お相手探しの船旅へ

 世にも珍しいパンダ=写真上=を育て上げ、世界中の動物好きを驚かせた米ニューヨークの服飾デザイナー、ルース・ハークネスさん(36)=写真左=が7日、ダラー汽船P・フーバーで横浜港に入った。

 チベット高原に生息するこの珍獣が生きたままで捕まえられたことはこれまでなかったが、ハークネスさんは探検家の夫ウィリアムさんの遺志を継ぎ、昨年、幼いパンダを見つけて保護し、初めて米国に連れ帰った。

 ハークネスさんによると、パンダは「スーリン」と名付けられ、現在は米シカゴの動物園に設けられた特別室で飼育されている。「夏が嫌いなので、空調設備の整った特別な部屋を造って、涼しくしてもらっています。私によくなついて、それはそれはかわいいものです」とハークネスさん。スーリンの「お相手」を探しに、この後、チベットに向かうという。

(上田明香)

当時の記事について

原文どおりに表記することを原則としますが、読みやすさの観点から

  • 漢字の旧字体は新字体に
  • 句点(。)を補った方がよいと思われる部分には1字分のスペース
  • 当時大文字の「ゃ」「ゅ」「っ」等の拗音(ようおん)、促音は小文字に

等の手を加えています。ご了承ください