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昔の新聞点検隊

小便小僧もおしゃれに夢中?

森本 類

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【当時の記事】

あの名高い小便小僧に
 日本の陣羽織をおくる
  赤い金太郎の胸かけも添へて
  我社から……ベルギー大使を通じて

ブラッセルに行った人はたれでもあの有名な市庁の裏手の小さな町の隅に立って千年の小便をやめない裸の小僧を見たであらう、小僧の由来はあまりに古くて史実の徴すべきものがないがブルゴーニュ公の天下ではブルゴンヌの戸籍となりマキシミリアン朝ではドイツ人となり、シャルル・カンの代ではスペイン人となりマリ・テレーズの時にはオーストリー人となり、ナポレオンの天下ではフランス人となり数百年の間あらゆる国籍をもった世界人である

     ◇

一番多くの人に伝へられてゐる小便小僧の伝記はかうである、昔々大昔あの国を治めたブラバン公が二三才の幼君であった、ある時敵の攻撃にあって国が危くなった時味方の軍は幼君をかごにいれて高い木の上にかくしておくと戦ひが長びくので幼君はおかまひなく木の上から味方の軍勢の頭の上に小便の雨を浴せかけたものだ、この不意の襲撃に味方は一時にどっと元気づき勇気百倍攻勢に転じて遂に国難を救ったとある

     ◇

何はともあれこの小僧の人気はすばらしいもので世界中から晴の衣装を贈られてゐる、日本からはまだ一着もオベベを贈ってゐないので今度東西朝日新聞の名で新たに金らん総模様の陣羽織と金太郎の腹がけを贈ることになり東京ベルギー大使の手を通じて送られることになった、初着の式は遠からずブラッセル全市民の大喝さい裏に行はれるはずである

(1927〈昭和2〉年5月12日付 東京朝日 夕刊2面)

【解説】

 人前でやってはいけないことをやっているくせに、世界中から大人気の、いなせなあいつ……。今回は、ベルギーはブリュッセルに立つ「小便小僧」のお話です。なんと、朝日新聞とも意外な関係がありました。

 記事の10年ほど前、欧州をはじめとする国々で、たいへん大きな戦争がありました。第1次世界大戦です。このときベルギーはドイツの侵略を受けます。朝日新聞社はベルギーの抵抗精神をたたえ、日本刀や刀掛け、緞帳(どんちょう)を贈りました。さらなる贈り物のアイデアとして挙がったのが、当時からベルギーの顔だった、小便小僧に着せる服でした。

 記事によれば、小便小僧に服を贈るのは日本で初めて。ただ朝日新聞独自のアイデアというわけではありません。18世紀、ルイ15世の軍隊として来たフランス兵が小便小僧を盗み出し、キャバレーの前に捨てた。ルイ15世はそれをわびて、金の刺繍(ししゅう)入り衣装を贈った――これをきっかけに、世界中からさまざまな衣装が贈られるようになったそうです。

 朝日新聞から贈ったのは、「桃太郎の陣羽織と金太郎の腹がけ」(今回の記事には「桃太郎の」とは書いてありませんが、寄贈式のとき朝日新聞社の特派員が「この新しい陣羽織は桃太郎人形が昔から着て居る」と述べています)。ほかの国のプレゼントに負けないよう、日本独特のものを選んだのでしょうか。ブリュッセルのマックス市長は寄贈式の際、「伝説の桃太郎のベルギーにおける弟と今後はなるのである」と語っています。うーん、確かになかなかいいコンビかもしれません。

拡大寄贈式の様子を報じる記事=1928年1月18日付東京朝日夕刊2面

 それでは点検作業に入ります。まず見出しの「赤い金太郎の胸かけも添へて」。本文を読むと、「胸かけ」は出てこず、「腹がけ」となっています。新聞は本文→見出しの順番でつくられるので、おそらく編集者が誤って見出しをつけたのでしょう。念のため辞書を引いてみると、「胸かけ」「胸がけ」を載せているものは見つかりませんでした。ここはやはり、「子どもに、寝冷え予防のために着ける布。胸・腹を覆い、背中で紐を結ぶもの。はらあて」(日本国語大辞典)の意味の「腹がけ」がよさそうです。

拡大贈られた陣羽織=1928年1月18日付東京朝日夕刊2面
 「我社から」も気になります。現在なら「我が社」と送り仮名を振るというだけでなく、この表現自体あまり使いません。多く使われるのは「本社」です。へりくだる言い方に「弊社」がありますが、朝日新聞のデータベースで見出しの検索をしたところ、戦後は一度も使われていませんでした。「我が社」は偉そうな印象を受けますし、中立的な表現を選んできたということでしょうか。

 なお、記事の最後の段落に「東西朝日新聞の名で」とあるのは、当時は「東京朝日新聞」と「大阪朝日新聞」に分かれていたためです。1940年に、呼称を「朝日新聞」に統一しました。陣羽織をよく見ると、「東京朝(日新聞)」「大阪朝(日新聞)」と書かれているのがわかります=右の画像

 次は文法の問題です。本文1行目「ブラッセル(=ブリュッセル)に行った人はたれでもあの有名な市庁の裏手の小さな町の隅に立って千年の小便をやめない裸の小僧を見たであらう」には改善点がありますが、わかりますか? ヒントは見出しの「あの名高い小便小僧」。

 元の文では、「有名な」のが小便小僧と読めないこともないですが、少し離れすぎています。一読したとき、「市庁が有名」ととらえてしまう人が多いのではないでしょうか。もちろんそれでも意味は通るのですが、見出しとのミスマッチが気になりますし、記事の趣旨からしても「小便小僧が有名」の方が自然と思われます。そこで、「あの有名な」は「裸の小僧」の直前においてもらいましょう。

拡大寄贈式で陣羽織を着せられる小便小僧=1928年2月5日付東京朝日夕刊1面
 修飾語が多くなってくると、必然的に一文も長くなるもの。複数の読み方ができてしまったり、意味がとりにくくなったりします。限られた行数に多くの情報を詰め込む新聞記事では、陥りがちなミスと言えるかもしれません。

 記事にある通りいつ立てられたのか断定するのは難しいのですが、1989年の紙面によると、14世紀には小便小僧のもととなる石像がいまと同じ場所にあったそうです。

 今回の記事に沿ってベルギーの歴史を振り返ってみると、ブルゴーニュ公国に編入されたのが15世紀ごろ。シャルル勇胆公(1433~77)が亡くなりブルゴーニュ家が途絶えたため、その娘マリーはハプスブルク家のマクシミリアン1世と結婚します。このときドイツはまだ「神聖ローマ帝国」という国でした。おそらく記事では、読者にわかりやすいように「ドイツ人」と書いたのでしょうが、正確を期すために当時の国名を入れなくて良いか、筆者に確認を求めたいところです。

 シャルル・カン(カール5世、1500~58)の支配からしばらくはスペイン領に。1713年のユトレヒト条約でオーストリア領となり、マリー・アントワネットの母であるマリー・テレーズ(ドイツ語読み=マリア・テレジア、1717~80)が支配した時代もここに含まれます。ちなみに朝日新聞が土曜日に発行する「be」の「ベルばらkids」にも登場する「マリー・テレーズ」は、アントワネットの母ではなく娘。「女帝」として権勢をふるった母の名前をそのまま娘につけたそうですから、注意が必要です。

 1795年からは戦争に勝ったフランスが統治しました。記事には書かれていませんが、さらにオランダへの帰属を経て、1830年についに独立を果たします。

 ベルギーの建国前からさまざまな歴史を見てきた小便小僧。「最高齢の市民」と呼ばれるのもうなずけます。

 漢字とかなの交ぜ書きになっているところを解消して、点検の仕上げとしましょう。「金らん」は「金襴(きんらん)」に(「襴」が常用漢字表にない字なのでルビを振ります)、「喝さい」は「喝采」にしてもらいます。

拡大JR山手線浜松町駅のホームに立つ小便小僧
 小便小僧を直接見てみたい? ご安心下さい、ベルギーまで行かなくても大丈夫です。JR浜松町駅(東京都港区)の3・4番線ホームで見ることができます。

 1952年に地元の歯科医から同駅に贈られたこの小便小僧は、地元の手芸グループによって衣替えをしてもらっています。私が行ったときは、偶然にも「金太郎の腹がけ」をしていました=写真。5月らしくかぶとをかぶっていたり、こいのぼりを持っていたりするほか、「ガンバレ東日本」「みなさん応援しています」ののぼりも。かわいらしさに気が和むと同時に、少し勇気づけられる気がしました。

 シンガポールのマーライオン、コペンハーゲンの人魚像と並んで「世界3大がっかり」に数えられることもあるブリュッセルの小便小僧。でもそれは、期待が大きいことの裏返しとも言えるでしょう。酸いも甘いもかみ分けた「桃太郎の弟」に、あなただったら何を着せたいですか?

(画像には主な直しだけ朱を書き入れています。現在の朝日新聞の表記基準で認めていない漢字の音訓や、当時は入れていなかった句点を入れる等については、原則として記入を省いています)

【現代風の記事にすると…】

ベルギーの小便小僧に陣羽織を贈る 金太郎の腹がけも添えて 本社から駐日大使を通じて

 ブリュッセルに行った人はみな、市庁の裏手の小さな町の隅に立って千年の小便をやめない、有名な裸の小僧を見ただろう。小僧の由来はあまりに古いため確かめるのは難しい。15世紀ごろからのブルゴーニュ公の天下ではブルゴーニュ公国の人となり、マクシミリアン朝では神聖ローマ帝国(現在のドイツを中心とする地域)の、シャルル・カン(カール5世、1500~58)の代ではスペイン、マリア・テレジア(1717~80)の時代にはオーストリア、そしてナポレオンの天下ではフランスの人となり……数百年の間に、さまざまな国の民となった世界人である。

     ◇

 小便小僧の伝記で、有名なのは次の話だ。いまのベルギーを治めていたブラバン公が2、3歳のとき、敵の攻撃にあい国が危うくなった。味方の軍はブラバン公をかごに入れて高い木の上にかくしておいた。戦いが長びいたため、ブラバン公はおかまいなく木の上から味方の軍勢の頭上に小便の雨を浴びせかけた。不意の襲撃に味方は一気に勢いづき、攻勢に転じて遂に国難を救ったという。

     ◇

 小便小僧の人気は高く、世界中から晴れの衣装が贈られるが、日本からはまだ一着も贈っていない。そこで、東西朝日新聞の名で新たに金襴(きんらん)総模様の陣羽織と金太郎の腹がけを、駐日ベルギー大使の手を通じて贈ることになった。寄贈式は近く、ブリュッセル市民の大喝采に包まれて行われるだろう。

(森本類)

当時の記事について

原文どおりに表記することを原則としますが、読みやすさの観点から

  • 漢字の旧字体は新字体に
  • 句点(。)を補った方がよいと思われる部分には1字分のスペース
  • 当時大文字の「ゃ」「ゅ」「っ」等の拗音(ようおん)、促音は小文字に

等の手を加えています。ご了承ください