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昔の新聞点検隊

針とトウガラシで退散!

【当時の記事】

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唐辛子で目つぶし 婆さん、強盗を撃退
豪いぞ共立女子専門の不寝番 縫針も使ひチクリ

二日午前三時十五分頃神田区今川小路一ノ二二共立女子専門学校分校寄宿舎の不寝番の老婆斎藤しげ(七一)が停電のため提灯をつけて巡回中、洗面所付近の廊下の戸が開いてゐたので不審に思ひ近寄ると

突然何者かに提灯をたたき落された、その瞬間に老婆は白布で覆面し黒いマスクをかけた男を見たが、そのあとは真っ暗やみ この男がアッと声をあげる老婆を押へて「騒ぐと殺すぞ」といふとすぐ傍から別の声で「こっちへ引っ張って来い」と聞え、続いて又も違った声で「やっつけろ」といったかと思ふと一人が矢庭に老婆の頭髪を引っつかんだ、ところが老婆は日頃髪の中に縫針を差して置く癖がありこの夜も七八本の針が入ってゐたので髪をわしづかみにした

男は忽ち掌を刺されて手を離し「こいつ頭ン中に小刀を差してやがる」と飛びのいた途端、かねて老婆が思ひつきで不寝番の際必ず携帯してゐる灰と唐辛子をまぜた目つぶしを一生懸命怪漢等の立ってゐるあたりにたたきつけた、この勇敢以上の振舞にびっくりした怪漢等はつひにそのまま逃げだしてしまった

「お婆さん、三人組強盗を走らす」の報に寄宿舎は忽ち鶏舎に犬が飛び込んだ様な騒ぎで西神田署員の外警視庁から田中警部も

出張 調べ中だが犯人が果して三名であったか否かは疑問だが洗面所の窓から侵入して廊下で電灯のスイッチを切り真ッ暗闇にし仕事を始めようとするところに老婆が出て来たものらしく現場付近には覆面用の白布とマスクが遺留されてをりとに角老婆の強胆と周到な用意が強盗を未然に防いだものであった【写真はしげさん】

早速御褒美を戴く
 「追ッ払ふ用意はチャンと」 殊勲のお婆さん談

学校では早朝職員が相談の結果永瀬教頭がお礼としてしげさんに金一封を贈ったが一方二百余名の寄宿生も何か贈り物をすべく代表者が協議中である

当のしげさんは、四年前から不寝番を勤め人の好いお婆さんとして

生徒にも愛されてゐるがこの夜は何か予感があったらしくいつになく同僚の若い女中に「私はいつでも死ぬる覚悟だから」などと笑っていってゐたといふ、七十を越した老婆とは思はれない元気で語る

真暗なところへ私は目が少々不自由なので強盗が何人であったかははっきりしません、私は昼間眠って夜仕事をするので平常かういふヤツが来たらかうしようなどと考へて目つぶしも手離さず小さい洗面器にいれて持って歩いてゐるのです

前日神田でお女中さんが強盗に説教した話を学生さんに聞かされ、もしこの学校に入ったら何とかして追っ払ってやらうと考へてゐましたが、私の様な老人でも強盗が逃げるのだからそんなにこはいものぢゃないと思ひます

(1932〈昭和7〉年12月3日付 東京朝日 夕刊2面)

【解説】

拡大3億円事件発生を伝える1968年12月10日付東京本社版夕刊1面
 5月12日、東京都立川市で、被害額が約6億円という現金強盗事件が起きました。警察庁によると、国内の現金強奪事件としては過去最多の被害額だそうです。

 この事件が報道された時、私は「被害額で3億円事件を超えたのか」と思いました。

 3億円事件は、おそらく誰もが知っているでしょう。1968(昭和43)年に東京都府中市で起きたのですが、未解決です。白バイ警官に扮装した犯人が現金輸送車に近づき、「この車にダイナマイトが仕掛けられているので、調べる」と言って運転手を輸送車から降ろし、そのまま輸送車に乗って逃げた……あの事件です。強盗事件として捜査され、7年で公訴時効になりました。ですが、被害者を傷つけるなど凶悪さが感じられないのか、「強奪事件」と呼ばれているようです。時効になったときの記事を見ると「事件を強盗罪(最高刑は15年)とみれば……(中略)……事件後7年の経過で時効が成立する」と書いています。はっきりと強盗事件と断定するのは難しかったと思われます。

 立川市の事件は、「被害者を刺すなどして脅迫し、金庫室の暗証番号を聞き出した」ので、複数の容疑者が強盗傷害などの疑いで逮捕されました。明確な強盗事件です。3億円事件と単純に比べることは、難しそうです。

 今回は、昭和の初期に、運良く強盗らしき男たちを撃退したおばあさんの話です。「運良く」というのがポイントです。

 1928(昭和3)年、現在の東京都千代田区神田一ツ橋に、共立女子専門学校(後の共立女子大学)が設置されました。その学校の寄宿舎で働いていたのが斎藤しげさん(71)です。

 「不寝番の老婆」とありますが、おそらく、寮の管理人の仕事でしょう。「老婆」は今の紙面ではまず使いません。当時はニュアンスが違ったのかもしれませんが、今では失礼な言葉になってしまいました。高齢の女性を指すもっとニュートラルな言葉としては「老婦人」などもありますが、この記事では71歳という年齢もあるので、あえて「老婆」「老婦人」などと言わなくてもいいでしょう。「老婆」という言葉は削るように筆者に依頼します。

 事件を伝える記事につく見出しの「婆さん」と「お婆さん」も、現在の新聞の見出しでは使わない書き方です。「71歳女性」としましょう。

 実は、最初にこの記事を見つけた時、見出しに読めない文字がありました。それが「豪い」です。これは、「えらい」と読みます。辞書を引くと、「えらい……偉い、▲豪い」というようにのっています。この▲の記号は「常用漢字表にない音訓です」という意味です。朝日新聞は原則として常用漢字表の範囲内で書くことにしているので、校閲記者としては「表外訓ですから、『偉い』とするかひらがなにして下さい」と見出しをつける人に依頼します。

 見出しの中で、もう一つ。「強盗」の「盗」の字が、現在使われている字体とは違います。「次」のにすいの部分にさんずいがあります。これは旧字体で、1949(昭和24)年に内閣が告示した「当用漢字字体表」より前に使われていた字体です。

 現在の新聞で使われているのは新字体なので、記事の中の主な旧字を新字に直してみます。「眞っ暗→真っ暗」「來い→来い」「元氣→元気」などは、旧字の形から読めますが、「強膽→強胆」「追ッ拂ふ→追っ払う」「豫感→予感」となると、新字になる時に形が変わっているため、読みにくいかもしれません。

 寄宿舎の管理人の斎藤さんは、停電中、ちょうちんを持って見回りをしていました。そこへ侵入してきたのが、3人組と思われる男たちです。

 ちょうちんがたたき落とされ、真っ暗で何も見えません。男の1人は、斎藤さんを押さえつけようと頭をつかみます。それが、痛い!

 私が「痛そう」と思ったのは、男たちではなく斎藤さんの方でした。「日頃髪の中に縫針を差して置く癖が」とあり、「針を頭に刺して痛くないのかな」と思ったのです。

 時代劇などで、裁縫をしている女性が、髪の毛で針をぬぐうシーンを見たことはありませんか。髪の毛は油分を含むので、あの動作をすると針がさびにくくなるそうです。昔、針山の中に人間の髪の毛を詰めた物もありました。斎藤さんも、針をさびにくくするため、髪の中に差していたのでしょう。差し方としては、かんざしのような感じでしょうか。

 東京都内の大手手芸用品店に足を運んでみたところ、様々な種類の針山が売られていました。針が差しやすいようにフェルト地でできており、中に詰まっているのはポリエステルのわたでした。商品説明には「針がさびにくいポリエステルです」とあり、残念ながら、髪が詰まった物はありませんでした。

 男たちに押さえつけられた斎藤さんですが、針の他にも、持ち歩いている物がありました。トウガラシと灰を交ぜた目つぶしです。

 トウガラシの辛い成分はカプサイシンで、普通に食べるなら汗が出るだけですみます。しかし、目に入ると大変です。催涙スプレーの原料としても多用されていて、目がひりひりして涙が止まらなくなります(ちまたで言われているスプレーの効果を書いているだけで、私には催涙スプレーを吹きかけられた経験はありません)。

 真っ暗だったところに、トウガラシで目が開けられなくなっては、ひとたまりもありません。男たちは退散しました。

 寄宿舎は大変な騒ぎになり、警視庁からも捜査員がやってきました。斎藤さんの話から「どうやら強盗は3人組らしい」とされ、記事も、「3人が口々に斎藤さんを脅した」ように書かれています。停電で真っ暗だったので、正確な人数はわからないのです。しかし、停電は男たちが「廊下で電灯のスイッチを切り真ッ暗闇にし」たのが原因らしいと分かったようです。この「スイッチ」は、今で言えばブレーカーのようなものだったのでしょうか。それを切れば建物全体が真っ暗になり、斎藤さんは停電だと思ってちょうちんを下げて探りに行ったところ、強盗と鉢合わせした――という状況が思い浮かびます。

拡大1932年12月2日付東京朝日夕刊2面
 男の格好は、どうでしょうか。白い布で覆面をして、黒いマスクをかけていたようです。覆面は、顔のどこまで隠していたのでしょうか。鼻や口も隠すほどの大きさだったら、その上からマスクを付けるのは難しいような気がします。これも問い合わせてみたいところです。

 斎藤さんは、もともと用心深い人だったのでしょうが、共立女子専門学校の学生から聞いたある事件を深く心に刻んでいたようです。

 斎藤さんの記事がのった12月3日の前日、朝日新聞の夕刊は、「強盗に説教した気丈夫な女中さん」と題してその事件を報じています=左の画像

 ある屋敷に強盗が入りました。鉢合わせしてしまったお手伝いの女性が、「金に困って来た」と言う強盗に、「こんなことをしても何のためにもならない。改心しなさい」と優しく説教をして食事代をあげたという話です。この女性は「警察に届け出ない」と約束したのですが、結局、強盗は屋敷の主人からの通報によって逮捕されました。

 斎藤さんはこの事件を聞き、「もしこの学校に強盗が忍び込んだら、何とかして追い払ってやろう」と考えていたそうです。気丈な女性で、「私の様な老人でも強盗が逃げるのだからそんなにこはいものぢゃない」と話しています。

 ただ、この談話をそのままのせてしまうと、やみくもに強盗に立ち向かう人が出てきてしまうかもしれません。現在ならば、この部分は使わない方がよいと思います。斎藤さんは、「運良く」撃退できただけです。

 「強盗は怖くない」という談話がなくても、記事につく写真から、斎藤さんの言葉が伝わってくるようですね。写真につく説明文を「絵解き」と言いますが、絵解きを書くならば、「トウガラシの目つぶしを入れた洗面器を持ってほほ笑む斎藤しげさん」でしょうか。

(画像には主な直しだけ朱を書き入れています。現在の朝日新聞の表記基準で認めていない漢字の音訓や、当時は入れていなかった句点を入れる等については、原則として記入を省いています)

【現代風の記事にすると…】

トウガラシで反撃 71歳女性、侵入の男らを撃退
 共立女子専門学校で不寝番 縫い針も使ってチクリ

 2日未明、東京都千代田区神田の共立女子専門学校の寄宿舎に強盗が侵入した。寝ずの番をしていた管理人の斎藤しげさん(71)に撃退され、逃走。警視庁では強盗未遂事件として捜査している。

 管理人の斎藤さんによると、2日午前3時15分ごろ、ちょうちんをつけて巡回中、洗面所付近の廊下の戸が開いているのを見つけた。不審に思って近寄ると、突然ちょうちんをたたき落とされた。その瞬間、白い布の覆面と黒いマスクをした男を見たが、その後は真っ暗になったという。

 ちょうちんをたたき落とした男は「あっ」と声を上げた斎藤さんを押さえつけ、「騒ぐと殺すぞ」と脅迫。すぐそばで別の男が「こっちへ引っ張ってこい」と言う声や、また別の男が「やっつけろ」と言う声を聞いたという。そのうちの1人が、突然、斎藤さんの頭をつかんだ。

 斎藤さんは日頃から髪に縫い針を差しておく癖があり、この時も7、8本の針が髪の中にあった。頭をつかんだ男はその針で手のひらを刺されて手を放し、「こいつ、頭の中に小刀を差してやがる!」と飛びのいたという。そのとき、斎藤さんは、以前から夜の巡回中に必ず持ち歩いている「灰とトウガラシを交ぜた目つぶし」をつかみ、男が立っていたあたりに必死でたたきつけた。この勇気ある行動にびっくりした男たちはそのまま逃走した。

 「斎藤さんが3人組の強盗を撃退した」という知らせに寄宿舎は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。西神田暑の捜査員のほか、警視庁から田中警部も乗り込んできて捜査中である。

 警視庁の調べでは、押し入ったのが3人組かは不明だが、男らは洗面所の窓から侵入し、廊下で電灯のスイッチを切った。停電の状態になった寄宿舎内を物色しようとしたところへ、斎藤さんが来たらしい。斎藤さんの大胆さと、トウガラシを持ち歩いていた用意周到さが強盗を未然に防いだといえる。【写真は斎藤しげさん】

さっそく金一封を贈呈
 「追っ払う用意はちゃんとしていた」と斎藤さん

 共立女子専門学校では朝早くから職員が相談し、永瀬教頭がお礼として斎藤さんに現金を贈った。200人ほどいる寄宿生たちも、斎藤さんに何か贈り物をすることを計画しており、代表者が話し合っている。

 斎藤しげさんは4年前から寄宿舎で寝ずの番をし、人の良いおばあさんとして生徒に愛される人気者。しかし、この夜には何か虫の知らせがあったらしく、同僚の若い女性に「私はいつでも死ぬ覚悟はできているから」と笑っていたという。

 斎藤しげさんの話 真っ暗でしたし、私は目が少し不自由なので、強盗が何人だったかははっきりしません。私は昼間に眠って、夜は仕事をします。日ごろから、「こういう強盗が来たらこうしよう」と考えていました。トウガラシの目つぶしも、肌身離さず、小さい洗面器に入れて持ち歩いているのです。「神田で1日、若い女性が強盗に説教した」という話を学生さんから聞き、もしこの学校にも入ってきたら、何とかして追っ払ってやろうと考えていました。

(永島葵)

当時の記事について

原文どおりに表記することを原則としますが、読みやすさの観点から

  • 漢字の旧字体は新字体に
  • 句点(。)を補った方がよいと思われる部分には1字分のスペース
  • 当時大文字の「ゃ」「ゅ」「っ」等の拗音(ようおん)、促音は小文字に

等の手を加えています。ご了承ください