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昔の新聞点検隊

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【当時の記事】

浴衣がけ観劇を奨励 冷房装置や扇風機も解禁

警視庁では、観客がほんとにくつろいで演劇を鑑賞できるやうにと親心を示し、一両日中に次のやうな改善案を各劇場王に示達することになった

▽不評なチケット嬢や案内嬢の素質向上をはかるため毎週二回ないし三回出勤時間前一時間位特殊教育を実施する、精神訓話、茶道、華道の教授をはじめ職場体操その他の集団訓練を行ふ

▽二、三年来一部御法度だった電気冷房装置、大型扇風機の使用制限を全面的に解除

▽現在各大劇場は綺羅を競ふ因習を打ち破るため浴衣がけの軽装観劇を奨励する

(1941〈昭和16〉年7月3日付 東京本社版 夕刊2面)

【解説】

拡大店頭に並ぶ色とりどりの浴衣
 街を歩くと、店頭に並ぶ色とりどりの浴衣が目に入る季節になりました。昔ながらの粋な柄や、派手な新柄。見ているだけで、華やいだ楽しい気分になります。夏本番を前に、今回は「浴衣でクールビズ」とも言えそうな70年前の記事です。観劇は仕事ではありませんので、「ビジネス」というわけではないのですが……。

 今夏は東京電力福島第一原発事故の影響で「節電」が盛んに叫ばれています。そこで環境省が呼びかけたのが、スーパークールビズ。初めて聞いたときは噴き出しそうになりましたが、本紙東京本社版も大まじめに夕刊1面に取り上げました。「冷房の設定温度はあまり下げませんから、軽装で暑さを乗り切ってください!」という大号令。みなさんはどのように受け取られたでしょうか?

 人の着るものにまで役所が口出しするなんて、「余計なお世話」かもしれません。しかし、どんなに気温が上がろうとも濃色のスーツを着て汗だくで働かなければならない人たちを見ていると、どうにかならないものかと思うのも事実。「ポロシャツやチノパンでOK!」という国からのお墨付きがあればジャケットを脱ぎやすいという人には、朗報なのでしょう。

 さて、記事を読んでいきましょう。「クールビズ」を唱えたのは環境省ですが、70年前に「浴衣で観劇」を勧めたのは警視庁でした。理由は観客がくつろいで鑑賞できるように、というありがたいもの。しかし、わざわざ「親心を示し」と書くと、押しつけがましい気もします。なくても十分に警視庁の思いは伝わりますので、抜いた方がよいのではと提案します。

 「劇場王」という言葉が出てきますが、今の新聞ではまず使われない、ちょっと古めかしい感じのする表現です。もしかしたら、形が似ている「主」の活字を「王」と取り違えてしまったのかもしれません。いずれにしろ劇場のトップ、つまり経営者のことでしょう。また、「示達」というのも、最近はほとんど使われない、堅い役所言葉。文字通り「上位者から下位者へ命令・通知を文書で示し達すること」の意で、まったく間違いではありませんが、もう少しやわらかくてなじみのある言葉で言い換えた方がわかりやすいと思います。「呼びかける」くらいでよいのではないでしょうか。

 警視庁が挙げた3項目を見ていきましょう。ひとつめは従業員の教育についてです。まず、「チケット嬢や案内嬢」がひっかかります。「○○嬢」は男女の不平等な関係を思い起こさせる表現で、不快に感じる人もいるかもしれません。若い女性を小馬鹿にしたような、差別的なニュアンスを含むことがあるからでしょう。当時、劇場のチケット売り場で働いていたのは女性だけだったのかもしれませんが、今はそうではありません。映画館や劇場でチケット係や案内係として働いている男性もいます。不評なのは、手際が悪かったり、応対が不親切だったり、あまりにも無愛想だったりというような理由が考えられますが、性別とは関係がありませんので「~係」「従業員」などとすればよいと思います。

拡大1938年8月14日付東京朝日朝刊11面
 ためになる話、茶道、華道、体操。現代に置き換えれば、マナー講座にパソコン講座、そしてストレッチ、といったところでしょうか。要するに、「仕事前に一斉研修を開いて従業員教育を」と劇場に助言しているのです。「お行儀がなっていないから、茶道や華道のお稽古をしてマナーを身につけなさい」。警察が民間企業にそんな注文を付けるなんて、今の感覚からすればちょっと不思議ですね。

 ふたつめは、冷房や扇風機の使用制限を解除するというもの。エアコンの設定温度を28度にして節電することが求められる今年の夏とは逆に、数年間自由に使えなかった冷房を解禁するというのですから、客の歓声が聞こえてきそうです。

 そもそも、なぜ冷房や大型扇風機の使用が制限されていたのでしょうか? この記事の2、3年前の新聞を探してみると、こんな見出しが見つかりました。「なんの暑サぐらゐ……消える扇風機や冷房」=右上の画像

 1938(昭和13)年8月14日付の朝刊11面の記事です。電動機の生産配給に強い制限が加えられるようになり、扇風機や電気冷蔵庫、冷房装置は新規の生産はまったくなくなる。いよいよ戦時下にはぜいたく品として残るだけ――。そのころはすでに鉄の制限で扇風機などは無配給だったことや、製材、製氷、精米のための機械も同様の制限を受けることが書かれています。しかし、なぜ「電動機」がターゲットになるのか、いまひとつピンときません。

拡大1938年8月14日付東京朝日朝刊4面
 同じ日の朝刊4面を見てみると、アタマ(トップ記事)に、「電動機の生産配給 軍需以外は禁制 五大会社が自治統制」という大きな見出しで本記が詳しく書かれていました=左の画像

 「鉄と銅、とりわけ銅を確保するため、兵器工業を中心とした軍需産業用のもの以外は、電動機の生産・配給を停止するよう、メーカーに統制組合を作らせることになった」「電動機は大手5社が集中して製造しているため、法による強制ではなく、自治制限の形をとらせる方針にした」。そんな内容です。最初に見つけたのは、この記事を受けたものだったようですね。確かに、電動機には銅や鉄が必要です。子供のころ学校で、銅線を自分で巻いてコイルにし、モーターを作ったことを思い出しました。

 この記事で、電動機の「平和産業用」あるいは「一般の不用不急用途」として例示されているのが、扇風機、電気冷蔵庫、冷房装置、灌漑(かんがい)用、製材用、精米用、製氷用など。前文の数行だけでも、戦争のにおいが感じとれます。壊れても生産はしていないし、新たに購入するわけにもいかないのですから、あるものを大切に使うしかなかったはずです。読み進めると、商工省令、銅使用制限の改正規則が8月1日に公布されていることも書かれていました。

拡大1938年7月31日付東京朝日朝刊2面
 さらに時間をさかのぼります。同年7月31日付の銅使用制限規則改正の記事=右の画像=は衝撃的でした。「日用品殆ど禁止」の見出しで、列挙された品目は257種。鉛筆削り、カーテン金具、こはぜ、スプーン、ルーズリーフの金具、スライドファスナーなど、身の回りにある細かなものばかり。いったい、ハエたたきや茶こしをいくつ集めれば、軍需産業の足しになる量の銅が取れるというのでしょう。気が遠くなりそうです。1938年は国家総動員法が制定された年。まさにすべてを動員して、国力を軍需に注ぎ込んでいたことを、これらの記事は証明しています。

 このあたりで、今回の記事に戻りましょう。警視庁が劇場に求めた3項目の最後は、「浴衣がけの軽装観劇」でした。美しい服やきらびやかな装い、また華やかに装い飾った人のことを「綺羅」といいます。暑い夏、やたらぜいたくに着飾って華やかさを競うようなことはせず、さらりと浴衣のような軽装で舞台を楽しめばよいではないかという提案は、至極もっともなことだと思います。

 もともと、「綺」は綾織りの軽い絹、「羅」は透けるような薄い絹のこと。美しい衣服をまとった人たちが連なり並んでいる様子を夜空に輝く星に例えて「綺羅、星のごとく居並ぶ」などとする表現を聞いたことはないでしょうか。「えっ?! キラキラ星とは違うの?」と思った方、ぜひお手元の国語辞典を開いてみてください。たとえば、広辞苑第六版は「きらぼし」の項目を立てて、「(もと『綺羅、星の如く』からか)暗夜にきらきらと光る無数の星」と説明しています。堂々と辞書に載っているくらいですから、これも誤用から生まれた別の日本語として、定着していると考えてもよいでしょう。

拡大犬も浴衣で涼む?
 現在、浴衣は花火大会へ行く若い女性のユニフォームのようにもなっていて、中には「綺羅」もびっくりの派手なものも見かけます。一方、品のある柄を上手に着て真夏のお出掛けを楽しむ人の姿は、まるで一服の清涼剤のよう。「浴衣は外出着ではない」と目くじらを立てる人は昔も今もいるようですが、お祭りでもなんでもない暑い日に、涼やかに浴衣を着こなした人を見かけると、やはり風情があってよいものだなぁと感じます。すだれやうちわが見直されているこの夏、お気に入りの風鈴でも新調して、浴衣を日常生活に取り入れてみてはいかがでしょうか?

(画像には主な直しだけ朱を書き入れています。現在の朝日新聞の表記基準で認めていない漢字の音訓や、当時は入れていなかった句点を入れる等については、原則として記入を省いています)

【現代風の記事にすると…】

浴衣で観劇のススメ 冷房、扇風機も解禁

 客がゆったりとくつろいで演劇などを鑑賞できるよう、警視庁は一両日中に劇場経営者に、次のような改善案の検討を呼びかける。

 (1)応対の悪いチケット係や案内係の従業員に、週2、3回出勤前に1時間ほどの特別な教育を行う。訓話のほか、茶道や華道を教えたり、体操などの集団訓練を指導したりする。

 (2)ここ2、3年、一部で制限されていた冷房や大型扇風機の使用を全面的に解除する。

 (3)大劇場に出かけるときに派手な衣装を競うように着る現在の因習を打ち破るべく、浴衣など軽装での観劇を奨励する。

(上田明香)

当時の記事について

原文どおりに表記することを原則としますが、読みやすさの観点から

  • 漢字の旧字体は新字体に
  • 句点(。)を補った方がよいと思われる部分には1字分のスペース
  • 当時大文字の「ゃ」「ゅ」「っ」等の拗音(ようおん)、促音は小文字に

等の手を加えています。ご了承ください