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昔の新聞点検隊

あさましい夢 いじけ切った希望?

森本 類

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【当時の記事】

子供の心にも生活の悩み 課題『何になり度いか』に答へた 涙ぐましい小学生徒のいぢけ切った希望

華やかなお伽話の世界に住む純真な子供の頭に、不景気と云ふ現実の悩みがどんなに暗い影を投てゐるか、最近神田の錦華小学校の男女、四、五、六年の児童にやった「幼き者の抱負」の調に就て見ると

実に想像以上のあさましさに驚かされる、大臣大将を夢みてゐるとのみ信ぜられてゐる少年少女が「私は家が貧しいので学校を出たら納豆売になります」「小僧に行きます」と告白してゐるのには当事者も思はずホロリとしたと云ふ 「お巡さん」もゐる 大工、理髪屋、電車の車掌、運転手、活版屋、米屋、足び屋、職人、勤め人、会社員、畳屋、ガラス屋、やすり屋、土木業等の目的を抱いてゐる男の子供が約半数を占めてゐて子供らしい飛行士、書家、博士、大臣、先生志願は実にさびしく僅に軍人丈けが三割を示してゐる、女の児では「女髪結ひ」や「活花の先生」

長唄や琴、三味線のお師匠さん」「看護婦」「仕立屋」「商人のお神さん」もある、踊り児、奉公人、洋食屋の主婦、お針、松坂屋三越の女店員、女事務員と希望してゐる者もなかなか多く約七割を占めてゐて、最多数は約二割の女教師である 少女らしい願ひとしては僅に立派な奥様や音楽家、書家、大将夫人がある丈けで、男よりも更に女の子供は現実の社会相に触れてゐる痛々しさが読まれる

(1925〈大正14〉年6月24日付 東京朝日 朝刊10面)

【解説】

 子どものころ、何になりたかったですか?

 Jリーグ発足間もない時期に小学生だった私は、「サッカー選手」。4年生の文集に、応援していたヴェルディ川崎(現・東京ヴェルディ)のエンブレムとユニホームを描いた記憶があります。10歳の当時、運動量からすれば対極にある「校閲記者」なる職業に就こうとは、夢にも思っていませんでした(ただ、いまは締め切り間際に、全力で走ることがあります)。 

拡大サッカーワールドカップ南アフリカ大会で活躍した日本代表チーム=2010年6月
 第一生命が1989年から毎年行っているアンケート「大人になったらなりたいもの」の2010年のランキングによると、サッカー選手はワールドカップ南アフリカ大会で日本代表が活躍したこともあり、「野球選手」を抜いて7年ぶりに男子の1位に輝いたそうです。なんだかちょっとうれしくなります。

 子どもに将来の夢を聞きたくなるのは、今も昔も変わらないようです。80年以上前に「幼き者の抱負」を小学生に聞いた、という記事を見つけました。さぞ心温まる記事が読めるかと思いきや……。「子供の心にも生活の悩み」の見出し。当時の日本は、関東大震災(1923年)後に訪れた不況に苦しんでいました。子どもの夢にその影響が出ている、というのが記事の趣旨のようです。

 余談ですが、アンケートを行った「錦華小学校」は現在の東京都千代田区立お茶の水小学校。夏目漱石の出身校として知られています。

  

 さて、現代の校閲記者の視点で点検するとどうなるか。はっきり言って、真っ赤っかになってしまいます。

 たとえば、アンケート結果を「いぢけ切った希望」「想像以上のあさましさ」と記事は評しています。おそらく当時のニュアンスとしては「不況で萎縮し、大きな夢を持てなくなった」ということだったのでしょう。日本国語大辞典(小学館)を見ると「あさましい」は「意外なことに驚いたり、あきれたりする意が原義。よい場合にも悪い場合にも用いたが、現代語では悪い意味にだけ使う」とあります。「いぢける」も1969年の大日本国語辞典(富山房)は「畏れて縮まる。すくむ」という意味だけですが、2008年の広辞苑(岩波書店)6版では「ひねくれて臆病になる」という意味も載っています(1965年の1版17刷には記載なし)。

 今「いぢけ切った希望」「想像以上のあさましさ」と言うと、子どもの希望を「ひねくれている」「心がいやしい」と踏みにじり、納豆売りや小僧などの職業を見下しているように読めてしまいます。職業によって収入の差、華やかさの差はあるでしょう。しかし収入が低かったり地味だったりといった理由で、その仕事の価値が低いということにはなりません(校閲記者はとっても地味ですが、誇りを持って働いています!)。今の新聞なら「いぢけ切った」「あさましい」ではなく、「堅実な希望」「想像以上の堅実さ」などとするところでしょうか。

 夢を「子供らしい」「少女らしい」というのも、現代なら適切ではありません。「こうあるべきだ」を大人が子どもに押しつけているようです。過去の調査があるならば、それと今回と比較して、「人気の職業」が増えたのか、減ったのかという客観的な情報を伝えたいところです。

 ジェンダーにとらわれないという観点からも、好ましくない表現があります。今の朝日新聞では、「職業名や職務一般について書く場合は性別のない資格名称を使う」ことにしています。「看護婦」を法律改正によって言い換えられるようになった「看護師」に直すのはもちろん、「女髪結い」「女店員」「女事務員」「女教師」の「女」はすべて削りたいところです。性別によって労働条件に差をつけることは男女雇用機会均等法で禁止されており、職業に性差があるような表現は好ましくありません。「男○○」をほとんど見かけないことからも、偏った呼び方であることがわかります。

 ただ、法改正で「看護師」になったのは2002年、男女雇用機会均等法が施行されたのは1986年。この記事が出た1925年は女性の社会進出はまだ遅れていて、今以上に男性中心の社会でした。この記事もそんな社会の反映なのでしょう。

拡大ケーキを作るパティシエは現代の人気の職業の一つ
 表現がばらけているところは統一してもらいましょう。見出しの「小学生徒」が本文では「四、五、六年の児童」に、男子では「先生」だったのが女子は「教師」になっています。朝日新聞ではそれぞれ呼称に取り決めがあります。小学生には「児童」、中学・高校生には「生徒」、大学生や高等専門学校生には「学生」を使います。学校教育法を参考にした分け方です。教員も同様に、幼稚園から高校まで「教諭、助教諭」を使うことにしています。ただ、記事の内容によって堅苦しく感じるときは、「先生」「教員」「教師」も使います。今回の場合は、どちらかに統一してもらえれば良いことになります。

 「長唄や琴、三味線のお師匠さん」の前にかぎかっこを補って、点検の仕上げとしましょう。

 2010年の第一生命のアンケートに戻ると、男子のランキングはサッカー選手に続き、野球選手、学者・博士、警察官・刑事、医者の順。女子は1位から食べ物屋、保育園・幼稚園の先生、学校(習い事)の先生、看護師、医者(最後は同率)でした。1位は男女とも、86年前には挙げられることすらなかった職業ということになります(「食べ物屋」はお菓子屋とパン屋をあわせたものだそうです)。男女ともに「医者」を挙げているのも当時と変わった点といえます。

 あくまで個人的な印象を述べれば、現代は男子がテレビなどで見たり聞いたりして憧れを抱く職業を挙げるのに対し、女子は実生活の中から身近な職業を選ぶ、といった傾向があるのでしょうか。

 86年でこれだけ変わったのだから、いつの日か「校閲記者」が上位に入ることもあるかも、とひそかに期待しています。

(画像には主な直しだけ朱を書き入れています。現在の朝日新聞の表記基準で認めていない漢字の音訓や、当時は入れていなかった句点を入れる等については、原則として記入を省いています)

【現代風の記事にすると…】

子供の心にも生活の悩み 予想以上に堅実な将来の夢

 純真な子供の心に、不景気の現実がどれほど暗い影を落としているか――。東京・神田の錦華小学校で、4~6年の男女に「将来やりたい仕事」を聞いたところ、大人の想像以上に堅実な職業を思い描いていることが分かった。

 大臣・大将を夢みているかと思いきや、「私は家が貧しいので学校を出たら納豆売りになります」「でっち奉公に行きます」と答えているのには、学校関係者も思わずホロリとしたという。男子の半数は、警官、大工、理容師、電車の車掌や運転士、活版屋、米屋、足袋屋、職人、勤め人、会社員、畳屋、ガラス屋、やすり屋、土木業といった仕事を挙げた。飛行士、書家、博士、大臣、先生は少なく、軍人が3割を示しているのが目立つ。

 女子は髪結いや生け花の先生、長唄や琴・三味線の師匠、看護師、仕立屋、商人のおかみさん、踊り子、奉公人、洋食屋、お針子、百貨店の店員、事務員が約7割。最多は先生で約2割だった。主婦や音楽家、書家、大将夫人は少なかった。

 女子は男子以上に、社会情勢に影響されているようだ。

(森本類)

当時の記事について

原文どおりに表記することを原則としますが、読みやすさの観点から

  • 漢字の旧字体は新字体に
  • 句点(。)を補った方がよいと思われる部分には1字分のスペース
  • 当時大文字の「ゃ」「ゅ」「っ」等の拗音(ようおん)、促音は小文字に

等の手を加えています。ご了承ください