メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

昔の新聞点検隊

ホタル光るのは恋のため

山室 英恵

【当時の記事】

拡大クリックすると大きくなります

ほたるの光 ◇恋のため威嚇のため

 蛍とぶ季節が来た、熊笹の間や川べりにあの青白い光を放つ蛍こそはまたなき夏の風物である。蛍は昔から詩歌によく詠まれた。あの青白い光が雌雄相呼ぶために光ってゐるといふことを昔の人は知ってゐたかどうかは疑問だが日本では詩歌の上で妙に恋歌の景物として蛍を詠んでゐる。

 蛍の種類は約五百種ばかりあって、欧洲から西シベリア、支那、印度、中央アジア、アメリカ大陸にまで分布してゐるが日本には源氏蛍、平家蛍、うばほたる、あきほたる、からふとほたるの五種しかゐない。そしてうばほたるの多くは昼間花の上に群がってゐて、夜間光るかどうか疑はしい程発光器が小さく不完全であり、あきほたるは朝鮮と九州の間の対馬島にのみゐるので雌は無翅で幼虫の形をしてゐる またからふとほたるは雄は普通の蛍の形をしてゐるが光らない 雌は蛆の形で細長く身体全体が光る。

 蛍の卵は黄色い小さな粒で四五十位葉の裏にうみつけられてゐる。その卵は翌年四五月頃に孵化して四、五分位の細長い幼虫となる、これは普通「せんびきほたる」と云はれて身体全体が光るので蛍狩の時、よく間違へられて掴みつぶされることがある これは五月末から六月に成虫となり八月頃まで生きてゐる 一般に植物性の液汁を吸うて生きてゐるが時には小動物殊に蝸牛を攻撃することがある、米国では蛍ばかり喰ふ蟇があって夜になるとその蟇の腹の中でピカピカ光るのが皮を透して見えるさうだ。

 蛍の発光は夜行鳥類又は蝙蝠類の攻撃に対して威嚇的警戒するものであるがそれよりは寧ろ雌雄相呼ぶためラブ即ち・アトラクションが主要な目的である

 雌の発光はポッポッと断続的であるが雄はゆっくりとツーイツーイと比較的継続的に光る、だからどんな闇夜にでも(実際闇夜の方がよりよく)光をたよりに雌と雄との区別が出来る。

 実験によると源氏蛍の雌は一分間に六十回前後、平家蛍の雌は二百回位光るのに対して雄は源氏も平家も二十回乃至三十回位しか光らない。

(中略)

 蛍の発光の原因に就ては適当な濃度の酸素と水分と割合に低い温度が必要である。蛍の光は生きた蛍そのままでも死んで乾燥したのでも発光器のみ即ち腹端の二筋だけを切離して沢山集めてもその結果には大した変りのない所を見ると発光は蛍自身の本能による作用ではなく全く自然に行はれてゐるものである 従って今まで考へられてゐた様に呼吸などとは余り重要な関係がないといふことが判る。

(1923〈大正12〉年6月21日付東京朝日朝刊6面)

【解説】

 今年はもうホタルを見ましたか? 私は都内で放流されたホタルを見ました。小さい頃は近所の水辺に見に行っていましたが、大人になってからはなかなか見る機会がなく、ふわぁ~、と光るホタルを久しぶりに見て、安らぎと夏を感じました。今回取り上げるのは88年前、1923(大正12)年の記事。当然ながら、昔もホタルを見て四季を感じていたようです。

拡大画像1=2010年7月17日付週末be e6面「ののちゃんのDO科学」
 では、今回の記事を校閲していきましょう。まずは、熊笹、蛆、蝸牛などの朝日新聞漢字表にない昆虫や植物名は片仮名にしてもらいましょう。 

 「約五百種ばかり」も気になります。「約」と同じ意味をもつ「ばかり」が同時に使われてしまっています。「約」か「ばかり」のどちらかを抜いてもらいましょう。

 直後に国・地域名が並べられています。この中にある「支那」は、現在は紙面では使わないことにしています。中国をさす言葉のひとつで、言葉自体に侮蔑(ぶべつ)的な意味があるわけではありません。日本が中国を植民地化しようとしたりして中国人を軽んじていた頃に日常的に使われていたので、現代の中国の人には悪いイメージが染みついてしまいました。今では「中国」が浸透していますので、ここも「中国」としてもらいましょう。「印度」も片仮名で「インド」とします。ただ、見出しや記事中で他の国と列記する時は「日印」や「米印」のように書くこともあります。同様に漢字1文字で書く国名は「英」「米」「仏」「露」などがあります。

 先に進みましょう。ホタルの幼虫の大きさを「四、五分(ぶ)」と書いています。当時は「分」が一般的な単位として使われていましたが、今の人には大きさがイメージしにくいですね。1分は1寸(約3.03センチ)の10分の1=約0.3センチ。計算すると、幼虫の大きさは1.2~1.5センチのようです。

 「ラブ即ち・アトラクション」も言いたいことはわかるのですが、唐突な感じです。校閲センターでは、色々な年代の読者にきちんと伝わるようになるべく日本語で書くことを提案しています。文脈から推測すると、「求愛行動」という意味でしょうか。記者に問い合わせてみましょう。

拡大画像2=1996年6月27日付東京本社版朝刊38面
 さて、記事の最初の方にあった蛍の種類はどれぐらいいるかという話。当時は、世界では約500種、日本では5種が確認されていたのでしょうが、今では世界で約2千種類、日本にも40種類以上いることがわかっています=右上の画像1

 また、1993(平成5)年7月2日付の記事では、(1)ホタルは幼虫時代にだけ光るものを含めても発光するものの方が少数派(2)世界2千種のホタルの中でも水生のホタルは例外中の例外、などと解説しています。

 ホタルは昔から人々の心をとらえていたようで、記事にもたびたび登場します。

 1980(昭和55年)年8月11日付ではヒメボタルの光による交信の平均的な推定パターンをまとめることで、人工光で自然界にいる雌のホタルにラブコールを送ることに成功した、という実験結果を報じています。

拡大画像3=1986年11月7日付東京本社版夕刊14面
 さらに96年には、どのような発光がモテるのか――という実験結果を載せた記事も=左上の画像2。発光の頻度が高い雄ほど雌から返事をもらえる場合が多かったそうです。

 昨年7月13日付の紙面では、ホタルの雄の群れが一斉に光るのは雌に同じ種だとわかってほしいから、という米国の研究者の論文が発表されたことを報じています。ホタルの雄に見立てた8個のLEDをばらばらに光らせたときは、雌はほとんど反応しなかったとのことです。

 2008年のノーベル化学賞を受賞した下村脩さんが発見した緑色蛍光たんぱく質は、現在では医療や生命科学の研究に活用されているそうです。この発見のきっかけになったのは光るオワンクラゲでしたが、「ホタルの光」も何かの技術に利用されているのでしょうか。 

 過去の記事を見ていたら、「光るタバコ」という見出しを発見しました=画像3。米国の研究チームが高等な植物の細胞で遺伝子がどのように発現するのかをホタルの発光酵素ルシフェラーゼの遺伝子を使って調べたとのこと。ルシフェラーゼの遺伝子を「運び屋」に仕立てた細菌でタバコの葉の細胞の遺伝子に導入し育てたら、タバコの葉が光ったそうです。

 最後に、1933(昭和8)年の、捕まえたホタルを長生きさせることに成功した喜びの投稿を紹介します=画像4。投稿によるとホタルは「三日も生きてゐるのは寧ろまれで、大抵一二日で死んで終(しま)ふ」が、いろいろ工夫した末に飼育籠にたまたまキャベツを入れたら、「26日生き、戸外に放してからも光った」。

拡大画像4=1933年6月9日付東京朝日朝刊5面
  捕まえて2日ぐらいで死んでしまっていたホタルが実に13倍も長生きした驚きの飼育方法。投稿者が「同好の士にこの秘法をお伝へしたい」と考える気持ちもよくわかります。なぜキャベツがホタルを長生きさせたのかはこの記事からはわかりませんが、キャベツは今でもホタルの幼虫が餌にする貝のカワニナの好物として知られています。

 ホタルが飛んでいるところを久しぶりに見ることができた今年の夏は、姿を見られただけでも幸運だったのかもしれません。

(画像には主な直しだけ朱を書き入れています。現在の朝日新聞の表記基準で認めていない漢字の音訓や、当時は入れていなかった句点を入れる等については、原則として記入を省いています)

【現代風の記事にすると…】

ホタル光るのは恋のため、威嚇のため

 ホタルが舞う季節がやってきた。クマザサの間や川辺に青白く輝くホタルこそ、夏の風景にふさわしい。ホタルは昔から詩歌によく詠まれた。雌と雄が互いを呼び合うために光っているということを昔の人は知っていたのかどうか分からないが、日本では不思議と恋歌にホタルを詠み込んでいる。

 ホタルは約500種あり、ヨーロッパから西シベリア、中国、インド、中央アジア、アメリカ大陸にまで分布している。日本にはゲンジボタル、ヘイケボタル、ウバホタル、アキホタル、カラフトホタルの5種しかいない。ウバホタルは昼間、花の上に群がっていて、夜間光るかどうか疑わしいほど発光器が小さい。アキホタルは朝鮮半島と九州の間の対馬にしかいない。羽がなく、幼虫の形をしている。またカラフトホタルの雄は普通のホタルの形をしているが光らず、雌は細長く体全体が光る。

 ホタルの卵は黄色い小さな粒で40~50ぐらいが葉の裏にうみつけられる。翌年4、5月ごろに孵化(ふか)して1.2~1.5センチぐらいの細長い幼虫となる。これは普通「センビキホタル」と言われて体全体が光るので、ホタル狩りのときに間違ってつかんでしまい、つぶされることがある。5月末から6月に成虫となり、8月ごろまで生きている。一般に植物の液汁を吸って生きているが、時には小動物、特にカタツムリを攻撃することがある。米国ではホタルばかり食うカエルがいて、夜になると、そのカエルの腹の中でピカピカ光るのが皮を通して見えるそうだ。

 ホタルの発光は夜行性の鳥類やコウモリの攻撃を警戒し、威嚇するためでもあるが、むしろ雌と雄が互いに呼び合う求愛が主な目的だ。

 雌はポッポッと断続的に光り、雄は比較的ゆっくりとツーイツーイと継続的だ。だからどんな闇夜にでも(実際闇夜の方がよりよい)光を頼りに雌と雄の区別が出来る。実験によると、ゲンジボタルの雌は1分間に60回前後、ヘイケボタルの雌は200回ぐらい光るが、雄はゲンジもヘイケも20~30回しか光らない。

 (中略)

 ホタルの発光には、適当な濃度の酸素と水分、やや低い温度が必要である。ホタルの発光は、生きたままでも、死んで乾燥したものでも同じで、発光器である腹端の2筋だけを切り離して集めてもたいして変わらない。ホタル自身の本能で光らせているのではなく、全く自然に行われているので、今までは呼吸などと関係があると考えられていたが、そうではないということが分かってきている。

(山室英恵)

当時の記事について

原文どおりに表記することを原則としますが、読みやすさの観点から

  • 漢字の旧字体は新字体に
  • 句点(。)を補った方がよいと思われる部分には1字分のスペース
  • 当時大文字の「ゃ」「ゅ」「っ」等の拗音(ようおん)、促音は小文字に

等の手を加えています。ご了承ください