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昔の新聞点検隊

ハットウシンはどう書くか

市原 俊介

【当時の記事】

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「八頭身」か「八等身」か 街の流行語を追って
頭説 古代からの術語
モデルやデザイナー・クラブ 何れも「等」に統一

「八頭身」か「八等身」か? ハットウシンという読み方に違いはない。だが流行には敏感な東京のこと。しかも美人の標準を現わす言葉とあっては……「等」か「頭」かでなかなかウルサイ。いまやミーハー族にいたるまで議論を繰返す始末。「身長が頭の長さの八倍」というだけの元来はたあいもない言葉だが、これが流行語の魔術というもの。昨年のミス・世界美人コンテストで準ミスになった伊東絹子さんの出現がどうやら流行の源らしいが、サテ「ここを通り抜けられた方は世界的美人です」とうたう映画会社の宣伝看板が数寄屋橋ぎわで人目をひいたと思いきや、今週は大森駅前映画館で「通り抜けた女性には招待券進呈」ときた。ところで困ったことには、この言葉、百科辞典にもまだ収録されず、数々のスタイルブックも、筆者によってマチマチ。街々にあふれるこの新流行語を追って、しかるべきスジから聞き集めた意見を「等」説、「頭」説、文献使用例などに分類して紹介することとした。

「等身」説 伊東絹子さんの属する東宝、ハットウシン美人を生んだ東京ファッション・モデル・クラブ、また日本デザイナー・クラブなど、いずれも「等」の字にこのほど統一したという。評論家花森安治氏もこの説をとり「頭身」はコッケイなる間違いと断定していわく

「八等身とは、身長の八等分の一の頭という意味で、頭のことをいう言葉だ。ちかごろ八頭身美人などと使っているが、あれではヤツガシラ美人、ヤマタのオロチになるじゃないか」

「頭身」説 宮本三郎画伯、昨年度ミス世界の日本予選審査員東郷青児画伯、彫刻の清水多嘉示氏、同朝倉響子さん、美術評論家で近代美術館次長今泉篤男氏ら美術関係者は一斉に「頭身」説。代表して芸大人体美学教授西田正秋氏の意見も「八等身はこのごろいい出した誤り」と断定して、いわく「頭部(頭のてっぺんからアゴの先まで)の垂直距離を基本として、その長さで身長を割った数字を頭身指数(head-body-index)という。これは美術解剖学という古代ギリシャ以来の学問で使われる術語だ。これからみても頭が正しい。なるほど八等身の方が字ヅラはいいが、等身(life-size)は身体の大きさと等しく作った像を等身像と呼ぶ時などに使う別な言葉だ」

(中略)

ではどっちがよいか 国立国語研究所の話によると、頭と身体の比率を現わす美術用語だから「八頭身」と書いた方がわかりやすい。新しい言葉はできるだけ合理的でわかりやすい方をとり、またその言葉に歴史がある場合は、歴史と合理性との適当なかね合いで判断することにしている。

(1954〈昭和29〉年5月21日付 東京本社版 朝刊8面)

【解説】

 日々生まれる新語、流行語。その中には、いつの間にか使われなくなってしまうものもあれば、言葉として定着し、国語辞典に掲載されるものもあります。

 今回取りあげるのは、ある日を境に突然現れ、使われるようになった流行語が、一般的な日本語として定着していく過程で起こった、表記の揺れについて触れた紙面です。

 身長と頭部の比が、8対1であることを意味する「八頭身」という言葉。多くの国語辞典にも収録され、いまは一般名詞の仲間入りをしています。最近では、人気を呼んだ阿修羅像など、仏像のスタイルを示すときにも使われていました。

 ただ、この言葉が生まれたのは意外に最近のこと。きっかけは1953年に、一人の日本人女性が「世界美人コンテスト」で入賞したことでした。

拡大1954年5月21日付東京本社版朝刊8面
 1953年の「ミス・ユニバース」で3位になった伊東絹子さん。身長は164センチ。同大会で日本人初の入賞を果たした伊東さんは注目を集め、「八頭身美人」は、すらりとした肢体をあらわす、彼女の代名詞となりました。

 現代のモデル界には9頭身や10頭身も珍しくないようです。伊東さんは当時の日本人にしては、長身だったのでしょう。記事でも触れられていますが、八頭身ブーム中には、伊東さんの等身大のパネルが作られ、見物人が出るほどの人気だったようです=右の画像

 さて、「はっとうしん」の「とう」は、「頭」か「等」か。音は同じでも、字面から受ける印象はだいぶ違う2字で、当時は表記が割れていた、と報じられています。現在目にするのは「頭」での表記が多いように感じますが、辞書類ではどうなっているのでしょうか。調べてみましょう。

 日本国語大辞典(小学館)では、「八頭身・八等身」と、両方を見出し語として採用しています。意味は「身長が首から上の部分の長さの八倍に相当すること。女性の均整のとれた姿態とされる」としており、引用している用例は「頭」の表記になっています。

 一方、広辞苑第6版(2008年、岩波書店)では、見出し語を「八頭身」としています。意味は「身長が頭部の長さの八倍であること。女性の最も美しいスタイルとされる」。

 実は伊東さんの入賞の2年後、1955年に発行された広辞苑の第1版で、この語は早速収録されました。この時は、「八頭身・八等身」と両方を見出し語に取っています。当時は「等」で表記された例が一定数あったということでしょう。第1版では語釈を「身長が頭部の長さの八倍の意で、からだの釣り合いのとれた美人の標準をいう」としていました。

拡大「八等身」と書いている記事も=1954年4月24日付東京本社版夕刊3面
 「等」が広辞苑の見出し語から消えたのは、1991年発行の第4版から。この頃には、「等」の表記があまりみられなくなっていた、ということでしょうか。

 実際、使われ始めたときは揺れのあったとされる表記も、現在は「頭」の方でほぼ定着したといえそうです。朝日新聞も今では「八頭身」で統一しており、記事データベースでも最近は「等」を使った例はほとんど見当たりません(当時は「八等身」の表記をしている記事もありました=左の画像)。

 ちなみに、「八」を除いた、「頭身」「等身」それぞれの語の現代での意味は、「頭身」が「あたまとからだ。頭部とそれ以外の身体の部分」、「等身」は「人の身の丈と等しい高さ」(日本国語大辞典)。

 「頭身」は前に数字をともなった形以外で見かけることはほとんどありません。一方、「等身」は、「等身大」という言葉で目にする機会が多いように思われます。

 少し脱線すると、この「等身大」は扱いが難しい言葉で、本来は「人間と同じくらいの大きさ」といった意味。ところがいつの間にか、「本物の大きさと同じくらいの大きさ」といった意味の使用例が出てきました。

 少し前、東京・お台場にロボットアニメ「ガンダム」の巨大な人形ができたとき、「『等身大』ガンダム、お台場に立つ」などとしている記事がありました。厳密にいえば誤用といえるのでしょうが、カギ付きで使っているなら許容範囲かな、と迷うところです。原作の設定上の大きさならば「原寸大」の方がふさわしいかな、でも架空のロボットに原寸もないか……。悩ましいところです。

拡大伊東絹子さんが3位に入ったことを伝える記事=1953年7月19日付東京本社版朝刊7面
 では、本筋に戻って、記事を校閲していきましょう。

 まず、「頭」説を唱える著名人のうち、敬称が他の人は「氏」なのに「朝倉響子さん」だけ「さん」。当時は男女で使い分けていたのかもしれませんが、今の紙面では統一するのが自然です。現代語訳は「さん」にそろえます。

 東郷青児さんの肩書の「画伯」という言葉も、今なら「画家」とするでしょう。画伯だと古めかしく、威厳がある印象を受けます。画家に直すと、画伯という言葉があらわす著名で実績のある画家、といったニュアンスは消えてしまいますが、この記事は東郷さんの画業を論評したものではありませんし、よりニュートラルな表現に変えれば違和感がないでしょう。

 記事の冒頭、伊東さんが世界美人コンテストで「準ミス」になった、としていますが、すでに触れたように3位の誤りだと思われます。もしかしたら当時の仕組みでは3位でも準ミスと呼んでいたのかもしれません。調べてみたものの確たる証拠は見つからず、入賞時の記事を元に、3位だったとなっているが「準ミス」としても間違いではないか、この記事を書いた記者に確認してもらいましょう。

 その入賞時の記事、紙面での扱いは写真付きの短い雑報でした=右の画像。しかも伊東さんについては「日本の伊東絹子嬢は三位であった」と触れているだけ。この扱いだけを見ると、伊東さんが後に大きな話題になるとは思えませんね。

 この記事、今なら「ユニヴァース」ではなく「ユニバース」という表記になる、2位のハンセンさんだけファーストネームがない、「嬢」は今なら「さん」にするなど、細かい点にいろいろ疑問がありますが、それはまた別の話。

拡大2007年ミス・ユニバース世界大会で優勝し、都内のホテルで記者会見に臨んだ森理世さん
 このミス・ユニバースは、1952年から毎年開催されている老舗のミスコンテスト。日本は第1回から代表を送っていて、伊東さんが入賞したのは第2回大会でのことでした。1959年に児島明子さんが日本人で初めて優勝し、2007年には日本代表の森理世さんが48年ぶりに優勝したことで話題になりました。

 さて、この「八頭身」という言葉、伊東さんの活躍がきっかけで流行したのは間違いないのですが、誰が最初に言い出したのかまでは突き止められませんでした。朝日新聞の記事に登場したのは1954年が初めてだったようです。

 うらべ・まことさんの「流行うらがえ史」(1965年、文化服装学院出版局)によると、伊東さんに八頭身という代名詞がついたのは、「産経新聞企画部にいた大川直次氏、通称“八頭身係りの直サン”のネーミング」によるとありますが、詳しい事情にまでは触れられていません。

 伊東さん自身は、後に「八頭身ていうことばは、デザイナーのかたがはじめておっしゃったんじゃないかしら。あたくし、知らなかったですわ」(徳川無声さんとの対談「問答有用」で、週刊朝日1955年9月11日号)と語っています。

(画像には主な直しだけ朱を書き入れています。現在の朝日新聞の表記基準で認めていない漢字の音訓や、当時は入れていなかった句点を入れる等については、原則として記入を省いています)

【現代風の記事にすると…】

「八頭身」か「八等身」か 街の流行語を追って

 「八頭身」か「八等身」か?

 「ハットウシン」という読み方に違いはない。だが、流行には敏感な東京。しかも均整のとれた女性の理想的なスタイルを表す言葉とあっては、「等」にするか「頭」にするかは、なかなか難しい問題だ。いまやミーハー族まで議論を繰り広げている。

 「身長が頭の長さの8倍」という、他愛もない言葉だが、これが流行語の「魔術」というものか。昨年のミス・ユニバースで3位になった伊東絹子さんの出現がどうやら流行の源らしい。「ここを通り抜けられた方は世界的美人です」とうたう映画会社の宣伝用の看板が数寄屋橋ぎわで人目をひいたり、今週は大森駅前映画館で「通り抜けた女性には招待券進呈」となるイベントが開かれたりしている。

 困ったことに、この言葉は、辞典にもまだ収録されておらず、数々のスタイルブックでも、筆者によって表記がまちまちだ。街にあふれるこの流行語を追って、関係者らから聞き集めた意見を「等」説、「頭」説、文献使用例などに分類してみた。

 「等身」説 伊東絹子さんの所属する東宝、ハットウシン美人を生んだ東京ファッション・モデル・クラブ、また日本デザイナー・クラブなどでは、いずれも「等」の字にこのほど統一したという。

 評論家の花森安治さんも「等」説をとっており、「頭身」は滑稽な間違いと断定。「八等身とは、身長の8等分の1の頭という意味で、頭のことをいう言葉だ。ちかごろ八頭身美人などと使っているが、あれではヤツガシラ美人、ヤマタのオロチになるじゃないか」と話している。

 「頭身」説 画家の宮本三郎さん、昨年度のミス・ユニバースの日本予選審査員で画家の東郷青児さん、彫刻家の清水多嘉示さんや朝倉響子さん、美術評論家で近代美術館次長の今泉篤男さんら美術関係者はそろって「頭身」説を唱えている。

 東京芸術大の西田正秋教授(人体美学)によれば「八等身はこのごろ言い出した誤り」。「頭部(頭頂部からあごの先まで)の垂直距離を基本として、その長さで身長を割った数字を頭身指数(head-body-index)という。これは美術解剖学という古代ギリシャ以来の学問で使われる用語だ。これからみても頭が正しい。なるほど八等身の方が字面はいいが、等身(life-size)は身体の大きさと等しく作った像を等身像と呼ぶ時などに使う別な言葉だ」という。

 (中略)

 ではどちらがよいか 国立国語研究所によると、「頭と身体の比率を表す美術用語だから『八頭身』と書いた方がわかりやすい。新しい言葉はできるだけ合理的でわかりやすい表記を選び、またその言葉に歴史がある場合は、歴史と合理性との適当なかね合いで判断することにしている」という。

(市原俊介)

当時の記事について

原文どおりに表記することを原則としますが、読みやすさの観点から

  • 漢字の旧字体は新字体に
  • 句点(。)を補った方がよいと思われる部分には1字分のスペース
  • 当時大文字の「ゃ」「ゅ」「っ」等の拗音(ようおん)、促音は小文字に

等の手を加えています。ご了承ください