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昔の新聞点検隊

トリコロールは3等分じゃない?

森本 類

【当時の記事】

拡大1922(大正11)年1月20日付東京朝日朝刊5面。クリックすると大きくなります。画像には主な直しだけ朱を書き入れています。現在の朝日新聞の表記基準で認めていない漢字の音訓や、当時は入れていなかった句点を入れる等については、原則として記入を省いています

間違ひの仏国旗 松波博士の注意で 市が大慌ての 俄かに造換へ

世界の国民が異境の土を踏んで誰しも懐郷の念に打たれるのは伝統的に親しみのある色と線の自国の国旗であるが、それだけに又之を

異様に崩されたが最後その印象は頗る不快なものとなる、特に今回来朝のジヨ元帥を歓迎すべき仏国国旗は製作上余程注意すべき点があるので松波仁一郎博士は十九日午後後藤市長を訪問して其旨を語ったので東京市では既に歓迎準備として出来上った仏国国旗を

大至急で改造することに決定した、仏蘭西の三色旗、仏蘭西人は此の三色の割合に就て頗る敏感で、一見して快不快の印象を受ける、同国旗は一七〇九年二月十五日の法律で藍白赤の三色を均等であるべき旨制定したところ、其後実際風に翻る時や交叉した所を見ると、均等でありながら赤色が細長く見える代りに、藍色がひどく幅広く感ぜられたので、実験心理学を

応用して三色の幅を現在では図の通りに藍を百分の三十白を百分の三十三、赤を百分の三十七にした、これで誰の目にも快感を与へる事になったのである 尚国旗の棹は、全部濃紺か或は全部黒色で、玉は金色の剣を附げるのが本則であると

(1922〈大正11〉年1月20日付 東京朝日 朝刊5面)

 

【解説】

拡大南スーダン国旗=外務省ホームページから
 7月9日、アフリカで新しい国が誕生しました。スーダンから分離独立した、南スーダン共和国です。アフリカで54カ国目、国連加盟では193番目の国となりました。独立から5日後の14日には加盟が承認され、ニューヨークの国連本部に国旗が掲げられました。黒は国民、赤は自由のために流された血、緑は国土、星は団結の象徴だといいます。

 

 国旗には、さまざまな思いが込められています。シンプルなデザインに見えて、細かい決まりごとがあることも少なくありません。今回は、「トリコロール」と呼ばれるフランスの三色旗を取り上げます。記事によると、あの青、白、赤は、均等な幅じゃないということですが……?

 

 舞台は大正時代の東京。「ジヨ元帥」を歓迎するとありますが、これはジョッフル元帥(1852~1931)のことです。フランスの軍人で、第1次世界大戦のとき北部・北東部軍総司令官をつとめ、連合軍の勝利に貢献しました。取り上げた記事の右側に、日本の軍艦が出迎えの準備をしているという記事があり、ここではちゃんと「ジョッフル元帥」となっていました。少しでも文字数を少なくしたいのはいまも同じ。記事の2度目以降は「同元帥」などとすることもありますが、せめて最初の1回は「ジョッフル元帥」としたいところです。

 当時の記事を見ると、ジョッフル元帥がいかに日本で歓迎されたかがわかります。今回の記事は来日時の紙面ですが、3面と5面の多くを元帥の功績や歓迎準備の様子に割いており、社説でも扱っています。国賓のため警備も厳重で、500人態勢で警戒にあたったと伝えています。

 

 それでは今回も点検です。見出しから見てみましょう。字や表現の誤りはなく、内容もちゃんと本文と対応しているようです。ただ少し気になったのが、「大慌ての」と「俄(にわ)かに」の意味が重複ぎみであること。見出しをつける編集者は、東京市の慌てぶりを強調したかったのかもしれません。しかし、少ない字数に多くの要素を盛り込んで、的確に記事の内容を伝えるのが見出しの役目です。「大慌て」といえば「俄かに=すぐに」という意味は伝わるでしょう。逆もまたしかりです。どちらかにまとめないか、編集者に提案してみましょう。

 

 本文の「後藤市長」は今なら「後藤新平東京市長」とするところです。今回の見出しのように「市」だけで東京市を表すのは当時の東京朝日新聞によくみられる特徴ですが、「後藤市長」のすぐ次の行に「東京市では……」と続いています。この場合はやはり先にあった方が読みやすいです。

 

 この記事で一番目を引く、青:白:赤=30:33:37という比率。確かな数字なのか、調べないわけにはいきません。数字を見ると確認したくなるのは、校閲記者の性(さが)といえます。

 

 「世界の軍旗・翼章・国旗図鑑」(苅安望編著、彩流社)の「フランス共和国」のページを開くと、この比が確かに載っています。ただ、現在この比が適用されているのは海軍旗で、軍旗は均等な幅のようです(同書によると軍旗は「統合軍が使用する旗」、海軍旗は「軍艦の艦尾の旗竿(はたざお)に掲げる旗や海軍が陸上で使用する旗」)。

 さらに詳細な説明を、「国旗総覧」(吹浦忠正著、古今書院)に見つけました。

 

拡大現在のフランス国旗=外務省ホームページから
 「三色の比率は、“視覚上の効果”から、一時、30:33:37の割合が多く用いられたが、1946年の第四共和国憲法で三等分と定められた。しかし、58年の第五共和国憲法で<等分>の語が削除され、正式には三等分、便宜的に不等分も許容という解釈が妥当とされている」

 

 「30:33:37が優勢」→「三等分が正しい」→「三等分が正しいが、不等分もOK」という変遷があったのですね。今回の記事は「三等分と定められた」1946年より24年も前ですから、「30:33:37」が主流だったのでしょう。

 

 今回はいわば「国旗の中の比」の話ですが、「国旗の外の比」、つまり旗自体の縦と横の割合に決まりはあるのでしょうか。

 

 「世界の国旗大百科」(辻原康夫編著、人文社)によれば、多くの国は厳密に規格を定めているようです。比は国によってまちまちで、スイスやバチカン市国のような正方形の国旗もあります。長方形であれば比率は気にしない、なんて国もあるようです。ただ多くの国が一堂に会する国連や五輪で国旗を掲揚する場合、公平と経済性を考えて縦横比を「2:3」に統一することが多いといいます。

 記事に戻ると、もう一つ、調べないといけないところがありました。フランス国旗が「一七〇九年二月十五日」に制定されたというくだりです。すでに紹介した3冊を見る限り、「1709年」という年は出てきませんでした。中でも「世界の国旗大百科」の「制定」の項を見ると「1794年2月15日」。月日がぴったり一致し、「年を間違えているのでは」という疑惑が頭をもたげます。在日フランス大使館のホームページにも、まったく同じ年月日が書かれていました。これはぜひ筆者に、事実関係の確認を求めましょう。

 

拡大ミャンマー国旗。2010年10月に新しくなった=外務省ホームページから
 続いて、校閲記者は新聞に国旗が載るとき、どういうところに気をつけているかご説明しましょう。まず、地図帳の資料編や外務省のホームページなどで、本当にその国の国旗か確認します。最近国旗が新しくなった国は、古いものになっていないか注意しなければいけません。資料にはまだ新しい国旗が載っていないかもしれませんから、ふだんからニュースにアンテナをはり、頭に入れておく必要があります。昨年10月には、ミャンマー(ビルマ)が新しい国旗を制定しました。

 

 新聞に国旗が載る可能性があるのは、「The Asahi Shimbun」のロゴが入っている図やインフォグラフ(社内では「デザイン」と呼んでいます)、写真です。図などで気をつけなくてはいけないのは、カラーの紙面に載るかモノクロの紙面に載るか、ということ。たとえばフランスの国旗は、モノクロになるとほかの国旗と紛らわしくなります。フランスだけの話題ならいいかもしれませんが、ヨーロッパの記事でモノクロのフランス国旗が出てきたら、イタリアやアイルランドにも見えてしまいます。こういうときは、国旗のすぐそばに国名を入れてもらうことにしています。

 

拡大バンクーバー・パラリンピックの閉会式を終えた選手たち。中央の選手がかぶっている帽子は、「カナダ国旗をあしらった帽子」としてもらった=2010年3月23日付朝日新聞東京本社版第2社会面
 写真には、必ずしも旗そのものが出てくるとは限りません。たとえば五輪やサッカーのワールドカップでは、応援する人が国旗をデザインした応援グッズを持っていたり、顔にペイントをしていたりします。昨年バンクーバーで開かれたパラリンピックの閉会式の記事では、選手たちの集合写真=右の写真=が載りました。中央の選手がカナダ国旗のデザインの帽子をかぶっていたのですが……よく見ると、デザインがちょっとちがう!

拡大カナダ国旗=外務省ホームページから
 正確を期して、写真説明を「カナダ国旗をあしらった帽子」としてもらいました。それぞれの国にとって思い入れのあるものだけに、細心の注意が必要です。

 

 最後にもう一つ、「世界の国旗大百科」からトリビアを。国旗の裏側はどうなっているか、見たことがありますか?

 

 答えは……同じデザイン。しかし、「ほとんどの国は」が付きます。南米のパラグアイは、表と裏でデザインがちがうのです。異なるのは中央部分で、表側が星をヤシとオリーブの葉で囲んだ円形状の国章であるのに対し、裏側はライオンの上にスペイン語で「平和と正義」と書かれています。国旗に限らなければ、米オレゴン州の州旗も表と裏で図柄がまったく異なるそうです。

拡大パラグアイ国旗の表側
拡大パラグアイ国旗の裏側=いずれも在日パラグアイ共和国大使館ホームページから
拡大オレゴン州旗の表側
拡大オレゴン州旗の裏側=いずれも50STATES.COMから

 知れば知るほど奥が深い国旗の世界。最後まで読んで下さったあなたは、きっと国際面を読むのが楽しくなる……はずです。

【現代風の記事にすると…】

仏国旗に誤り 東京市、急きょ作りかえ 松波博士が指摘

 海外にいるとき自国の国旗を見ると懐かしく感じるのは、伝統的に親しみのある色と線があるからだ。しかしそのバランスが崩れた途端、不快な印象にかわる。

 フランスの事情に詳しい松波仁一郎博士は19日午後、後藤新平東京市長を訪ね、「来日したジョッフル元帥を歓迎するフランス国旗には、製作上注意すべき点がある」と語った。市は歓迎のため準備していたフランス国旗を、急きょ作りかえると決めた。

 フランス人は国旗の3色の割合に敏感で、一見して誤りに気づくという。フランス国旗は1794年2月15日、青、白、赤の3色を均等な幅にする法律を制定した。しかし風に翻ると赤が細長く見えたり青が非常に幅広く見えたりしたという。そこで実験心理学を応用し、青を30%、白を33%、赤を37%の割合にした=図=ところ、バランスよく見えるようになった。なお国旗のさおは、濃紺か黒一色で、さおの先には金色の剣をつけるのが本則という。

(森本類)

当時の記事について

原文どおりに表記することを原則としますが、読みやすさの観点から

  • 漢字の旧字体は新字体に
  • 句点(。)を補った方がよいと思われる部分には1字分のスペース
  • 当時大文字の「ゃ」「ゅ」「っ」等の拗音(ようおん)、促音は小文字に

等の手を加えています。ご了承ください