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昔の新聞点検隊

拡大1936(昭和11)年11月5日付東京朝日夕刊4面。クリックすると大きくなります。画像には主な直しだけ朱を書き入れています。現在の朝日新聞の表記基準で認めていない漢字の音訓や、当時は入れていなかった句点を入れる等については、原則として記入を省いています
【当時の記事】

卓上科学 食茸と毒茸 簡単な見分け方

秋の食卓になくてはならぬ風雅な茸は、よほど古くから食用に供せられてゐたものらしく、庭訓往来とか尺素往来といふ書にも見えてゐる。昔の動植物図鑑ともいふべき和漢三才図会に、食茸の代表者なる松蕈の項をみると

凡そ松蕈は山城の北山の産最も佳也。赤松の陰処、秋雨湿に醸されて生ず、初め落葉を戴きて見難し、漸く長ずる者二、三寸、頭円く柄有り、鼓の槌の如し。その大なる者尺に近し。

云々とある。

食用になる茸は、松茸の外に、我が国では古くから栽培せられ、楢や椎や栗の幹に、切れ目を入れて培養する椎茸、多くの茸より少し早く発生する故にその名のある初茸、蓋は比較的に小さく、茎の太い玉蕈 、形人形の如く外面には柔軟な短毛を密生し、質が水母に似てゐるといふ木耳、松林樹下の沙中に多く見出される松露、その他、革蕈、はらたけ、しりたけ、ならたけ、ひらたけ、まひたけ、うすたけ、くろかは、からたけ等々。これだけ知ってゐれば十分。

秋の一日を茸がりに遊ぶ面白さは格別だが食用蕈と有毒菌とを誤っては恐ろしい悲劇を生む。その鑑別は大体次のやうなものである。

有毒菌は、香味なく、時に不快な臭ひさへ発す。根元から傘まで、真直ぐによく裂けぬ。粘液状の乳汁を傘の上につけてゐる。色沢が如何にも濃厚で、都会の女のやうだ。概して湿地に多い。これ等の点に注意されるのが常識だ。毒蕈の名称を挙げてみれば、へびたけ、つきよだけ、べにてんぐたけ、たまごてんぐたけ、きつねのたいまつ等、グロテスクなものばかり。一茶の句に

御子達よ赤い菌に化されな。

とある。

食用茸でもいつまでもおくと腐敗しやすいものだから、採取後は出来るだけ早く食べるか、或は新しい中に強烈な秋の陽にあてて十分乾燥させて保存するやうにしなければならない。

(1936〈昭和11〉年11月5日付 東京朝日 夕刊4面)

【解説】

 食欲の秋。サンマを始め、ギンナン、栗、梨、柿など、おいしい食材はいろいろありますが、旬の味覚としてきのこを忘れるわけにはいきません。昨年は毒きのこによる食中毒が相次ぎましたが、現在でも食用と見分けるのは難しいといわれています。今回取り上げるのは、75年前の「卓上科学」。当時の簡単な見分け方は、今でもあてになるのでしょうか?

 

 記事ではまず、きのこが昔から食べられていた証拠に、室町時代に成立したとされる「庭訓往来」や「尺素往来」といった古い文献を挙げています。これらは、庶民の教育のために書かれた、今でいう教科書。昭和初期の読者には不要だったのかもしれませんが、いつごろ成立した、どのような役割の書物だったのかという説明を加えると親切です。「庭訓往来」は月々の往復書簡のような形式で書かれています。調べてみると、確かにありました。10月の返信に「酒煎松茸」「平茸鴈煎」などの表記があります。「尺素往来」にも「干松茸」の文字が見つかりました。

 

 次に出てくる「和漢三才図会」は、江戸中期に書かれたとされる、絵入りの百科事典。世界的な博物学者・南方熊楠が、友人宅にあった全105巻を読んでは記憶し、自宅で正確に書き写したといわれているものです。マツタケの項目は、101巻にありました。原稿に引用文がある場合、社内に参照できる書物などがあれば、正しく引かれているか一字一句確認していきます(現代風では、平凡社の東洋文庫から読み下し文を引用しました)。現在では、博物館や大学などのサイトで画像アーカイブが公開されている場合もあるので、インターネットも頼りになります。

 記事中、きのこを表す漢字は「茸」「蕈」「菌」の3種が使われていますが、常用漢字の範囲内で書けない動植物名は片仮名で書くのが原則です。「松茸」や「平茸」など、漢字がイメージを助けてくれるものもありますが、植物に当てられた漢字は何通りもあることも珍しくなく、合理的なルールだといえるでしょう。ここでは「玉蕈」と書かれているシメジも、「湿地」「占地」などの書き方があります。花や樹木の名前など、風流な雰囲気が出なくなって少し残念に思うこともありますが、引用部以外は「マツタケ」「シイタケ」「シメジ」などとします。

 

 記事を読んでひとつ気になったのは、「形人形の如く」とキクラゲについて説明している部分。人の形ではなく、人の耳の形に似ているので「木耳」と書くのではないでしょうか? 日本国語大辞典(小学館)は「担子菌類キクラゲ科のきのこ。夏から秋にかけて山地の広葉樹の倒木や枯木に群生する。体は人の耳状で波状に屈曲し……」としています。「人の耳」ではないか、問い合わせてみましょう。

 

 たくさんの食用きのこが登場しますが、形状がすぐに思い浮かぶのはこのうち何種類でしょうか? エノキやナメコ、エリンギなどは家の近くのスーパーでもよく見かけますが、私はハラタケ、ウスタケ、クロカワなどは食べたことも聞いたこともありませんでした。図鑑を見ても、この記事に出てくるシリタケとカラタケというのがいったいどのようなきのこを指しているのか、はっきりと突き止めることができませんでした。

 

 地方によって異なる呼び名があるとも考えられますし、単純に誤植や脱字があった可能性も否定できません。調べると、シリタケでなく「シワタケ」、カラタケでなく「カラスタケ」「カワラタケ」なんていうきのこはあるということがわかりましたが……。

 

 財団法人日本きのこセンター(鳥取市)に聞いてみました。「シリタケというのはちょっと想像できないですね。シワタケは食べませんし……」と菌蕈(きんじん)研究所の長澤栄史・上席主任研究員。「カラタケはおそらく辛いきのこのことではないでしょうか。『きのこの語源・方言事典』(山と渓谷社)によると、古語としてはケロウジのことをカラタケと呼んでいたことがあったようですね。食用のコウタケに似たきのこですが、苦みと辛みがあり、現在は食べられていないと思います」とのことでした。

 

 いよいよ毒きのこの特徴について見ていきましょう。芳香がないこと、悪臭があるものもあること、まっすぐに裂けないこと、どろっとした白い液体が付着していること、色が濃いこと、ここまでは理解できます。問題はその次。「都会の女のやうだ」?! きのこが都会の女性のよう、とはどういうことでしょう? 都会の華やかさというイメージから、「カラフルな」というニュアンスを出したかったのでしょうか? 毒きのこだけに、毒々しい感じがするとでも言いたかったのでしょうか? それならば「派手な」とか「毒々しい」と書けばよいでしょう。

 

 筆者が都会の女性にどのような印象を抱いているのか、読者は知るよしもありませんし、「如何にも濃厚で」に続いているのも、嫌らしい感じがします。いずれにしろ、筆者は都会の女性に痛い目に遭わされたことがあったのかもしれませんね。

拡大マツタケ狩りの収穫

 ただ、長澤さんによると、これらはどれも言い伝えに過ぎず、はっきりと見分ける確実な条件は「残念ながら、ない」ということでした。中毒を防ぐには、「ツキヨタケは暗いところで発光する」などと、間違えやすいきのこの特徴を覚えるしかないそうです。きのこは奥が深いですね。現代風では、根拠がないことを明記したいと思います。

 

 江戸時代の俳人、小林一茶の句にある「菌」は、「きのこ」と読み、秋の季語です。きのこ狩りに山に向かう子どもたちの姿が浮かびますね。私のふるさと丹波地方は、おいしい栗やマツタケの産地です。立派な地元産は高価でなかなか手が出ませんが、きのこはどれも大好物。まずは、いろんなきのこをたっぷり入れた、炊き込みご飯でも作ってみようと思います。

【現代風の記事にすると…】

毒きのこにご注意!

 秋の食卓に欠かせないきのこは、かなり古くから食べられていたようで、室町時代に成立したとされる庶民の教科書「庭訓(ていきん)往来」や「尺素(せきそ)往来」にも登場する。江戸時代の百科事典「和漢三才図会」を見ると、食用の代表格であるマツタケの項には「そもそも松茸(まつたけ)は山城の北山の産が最もよい。赤松の陰処が秋に雨湿のために醸されて生え出る。はじめは落葉を戴(いただ)いていて見つけ難い。だんだん成長して二、三寸になると、頭は円く、柄があって鼓(たいこ)の槌(ばち)の形に似る。大きなものは一尺に近いのがある」とある。

 食べられるきのこは、マツタケのほかにも様々な種類がある。日本で古くから栽培されているシイタケは、ナラやシイ、栗の幹に切れ目を入れて育てる。ハツタケは多くのきのこよりも少し早めに生え出るためにその名がついたという。ふたは小さく茎が太いシメジも、おいしい。人の耳の形に似たキクラゲは外側に柔らかい短毛があり、クラゲのような歯ごたえが特徴だ。ショウロは多くの場合、松林の砂に埋まっている。他に、コウタケ、ハラタケ、ナラタケ、ヒラタケ、マイタケ、ウスタケ、クロカワなど。これくらい知っていれば十分だろう。

 秋の一日、きのこ狩りに出かける面白さは格別だが、食用と毒きのこを間違えると恐ろしい悲劇になる。簡単に見分ける方法はあるのだろうか?

 毒きのこについては、▽芳香はなく、不快な臭いがすることもある▽根元から傘の部分までをまっすぐにうまく裂けない▽粘り気のある白い液体が傘の上についている▽色つやが濃厚▽湿地に生えていることが多い――などという言い伝えがあるが、現在ではそれらは根拠がないとされており、詳しい知識がない人は注意が必要だ。有毒なものは、ヘビタケ、ツキヨタケ、ベニテングタケ、タマゴテングタケ、キツネノタイマツなど、グロテスクなものが多い。小林一茶も「御子達よ赤い菌(きのこ)に化(ばか)されな」と詠んでいる。

 食用でも長く置くと腐りやすいので、採った後はなるべく早く食べるか、新鮮なうちに秋の強い日光に当て、十分に乾燥させて保存しなければならない。

(上田明香)

当時の記事について

原文どおりに表記することを原則としますが、読みやすさの観点から

  • 漢字の旧字体は新字体に
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  • 当時大文字の「ゃ」「ゅ」「っ」等の拗音(ようおん)、促音は小文字に

等の手を加えています。ご了承ください