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昔の新聞点検隊

拡大1931(昭和6)年1月30日付東京朝日夕刊2面。クリックすると大きくなります。画像には主な直しだけ朱を書き入れています。現在の朝日新聞の表記基準で認めていない漢字の音訓や、当時は入れていなかった句点を入れる等については、原則として記入を省いています
【当時の記事】

活動写真常設館の男女席撤廃に決す 警視庁が全国にさきがけて さばけた改正決行

警視庁保安部では目下興行および興行場の取締規則改正案を作成してゐるがその改正案中には活動常設館の男女席を

撤廃して劇場と同様に男女が気がねなく自由に座席を選べるやうにといふくだけた一項が含まれてゐる、これまでこの方面の「取締り」の厳重な警視庁がどういふ訳で急にこの方針に出るに至ったかと当局の意見を質すと

近来一般劇場では演出法の新傾向として夜の場景を現はす時には場内を暗くする方法を取ってゐる、その時には暗さの点では映画館以上のこともあるのだがさうした演出を自由に許してゐる時代に

映画館内だけに男女別席の制限を置くことはむじゅんした話ではないか、といふのがそもそもこの男女同席を許すことになった動機である

今日のやうに男女接触の機会が多くなって来た時代に今更旧習にとらはれて片手落ちな取締りを行ふのは余りに野暮な話だといふので警視庁が全国にさきがけてこの新方針を

実施することになった訳で制限を無くする代り常設館内の照明は出来るだけ明るくして不快な問題が起らぬやうにしたいとのことである

時代遅れの取締 警視庁の談

「いろいろ実情を調査した結果この制限を止めようといふことになってゐる、男女が悪い事をしようと思へば何も映画館内でなければ出来ないといふ訳ではあるまい、男子の客席はいっぱいになってゐるのに婦人席は空いてゐるが制限があるためにそこへかけることが出来ないといふことも客の立場から考へても馬鹿げたことだしまた興行者側から言っても随分都合の悪い次第だ、さうした種々の点から時代遅れな取締りを止めようと思ひついたのです」

(1931〈昭和6〉年1月30日付 東京朝日 夕刊2面)

 

【解説】

 「はじめてのデートでどこへ行った?」。お酒を飲んでいると、よく出る話題です。やはりよく聞かれる答えが、「映画館」。お互いのことをまだあまり知らない2人が、経験を共有するのにちょうどいい場所なのかもしれません。そんなカップルを許さない時代があったことをご存じでしょうか。

 

 映画はむかし、「活動写真」と呼ばれました。しかし「映画」が新しいことばかというと、そうでもありません。もともと「映画」は字のごとく「うつしえ」、すなわちスライドやそれを映写すること、写し出された絵そのものを意味していました。つまり、動画ではなく静止画だったわけです。そして、動画を「活動写真」と呼んでいました。1923(大正12)年の関東大震災ごろから徐々に「映画」が現在の意味で使われるようになり、「活動写真」ということばはすたれていったそうです(「日本国語大辞典」「世界大百科事典」から)。今回の記事では、見出しで「活動写真常設館」としている一方、本文は「映画館」「(活動)常設館」が混在しています。ことばが移り変わる時期であったことがうかがえます。

 

 「活動写真」はトーマス・エジソンの発明した「キネトスコープ」の訳語だったといいます。1894(明治27)年、ニューヨークのブロードウェーで、キネトスコープを並べた「世界初の映画館」がオープンしました。好評を博しますが、現在の映画館とは大きな違いがありました。それは、一度に見られるのはたった一人だということ。それもそのはず、このキネトスコープは、のぞき穴から連続写真を見る装置だったのです。

 

 2年後の1896(明治29)年には日本に輸入され、神戸で初めて上映されました。現在の「映画の日」が12月1日なのは、このときの上映日に由来しています(上映日は11月25~29日でしたが、きりのいい日が選ばれたそうです)。スクリーンに映写する現在の方式も、翌1897(明治30)年に日本にもたらされます。リュミエール兄弟の発明した「シネマトグラフ」で、やがてこちらが「活動写真」と呼ばれるようになりました。

 

 さて今回の記事の内容は、映画館の「男女席」を警視庁が撤廃しようとしている、というもの。映画館の席が男女で分かれていたとは、驚きです。現代では、決まった曜日に女性に割引をする「レディースデー」などを行う映画館はありますが、男女別々の席にするのはあまり聞いたことがありません。「不快な問題が起らぬやう」との心配があったようですが、さすがに当時の警視庁も「時代遅れ」と判断したようです。

 

 記事の中にも、「時代遅れ」な表現が見られます。「片手落ち」は現在の朝日新聞ではなるべく使わないことにしています。「配慮が一方に欠けること」を表し、ことば自体に差別的な意味があるわけではありませんが、腕のない人や手の不自由な人が連想されやすいためです。入学試験などの「足切り」も同様の理由で使いません。それぞれ「不公平な」「2段階選抜」などと言い換えればすみ、もとのことばを使わないといけない場面はまずないのではないでしょうか。

 「男女席撤廃に決す」「改正決行」と見出しはうたっていますが、本文には「改正案を作成してゐる」とあります。現在では、まだ「案」の段階の場合、見出しには「改正へ」などとしています。そうしないと、見出しだけ読んだ人は「すでに規則が改正されたのか」と思ってしまいますよね。たった1文字ですが、あるとないとでは大違いなのです。

 

 また、「警視庁の談話」という見出しがありますが、警視庁のどんな立場の人が出したコメントなのか分かりません。当時はこれが当たり前だったのでしょうが、今の紙面ならコメントを出した人の名前と肩書もできれば入れてほしいところです。

 

 漢字の使い方を現代の朝日新聞の基準で直すと、「夜の場景を現はす」は「表現する」という意味なので「表す」にします。談話の「止めよう」も、「やめよう」と読むなら平仮名にします。常用漢字表では「止」に「や(める)」という読み方を認めていないためです。「とめる」と読むなら漢字でも書けます。また、見出しは「取締」、本文は「取締り」とばらついていますが、法律名や役職名でもないので今なら「取り締まり」とします。それから「むじゅん」は「矛盾」でしょう。なぜ平仮名になっているのか分かりませんが、漢字にしてもらいましょう。

 

 1931年の記事をほかにも見ていくと、女性の活躍が多く取り上げられていることに気づきます。

拡大宮森美代子さんのパラシュート降下成功を伝える記事=1931年3月7日付東京朝日夕刊1面

 たとえば3月7日の夕刊1面トップを飾った宮森美代子さん。パラシュート研究所に勤める19歳は、「製造者たるもの、まず自分で飛び降りなければ」と降下を決心します。千葉県の飛行場には約5千人の観衆が集まり、露店ができるほどの注目度だったそうです。「今生死の境に立つ放れ業をやらうといふのに」という記事の表現からも、危険を伴うものであったことがうかがえます。宮森さんは見事降下に成功し、「恐怖心もなくフハリフハリよい気持で降りて来ました」とコメント。約3カ月後の5月24日にも、3千メートル上空からのパラシュート降下を成功させました。

拡大旅客機の女性客室乗務員の採用試験の模様を紹介する記事=1931年2月6日付東京朝日夕刊2面

 空にまつわるニュースとしては、初の旅客機の女性客室乗務員が生まれたのもこの年でした。採用試験のもようは、志願者を「モダン天女」「エアガール」と呼んで大きく扱われました。

 

 女性の参政権が認められるのはまだ先(1945年12月)ですが、少しずつ男女の垣根が低くなり始めた時代だったのかもしれません。

【現代風の記事にすると…】

映画館の男女別席を撤廃 警視庁が全国初の改正へ

 警視庁保安部が作成中の興行および興行場の取締規則改正案に、映画館の男女を別席にしている「男女席」を撤廃し、劇場と同様に自由に座席を選べるようにする、という内容が盛り込まれる。この方面の取り締まりに厳しい警視庁が、なぜ方針転換したのか。

 最近の一般劇場では、演出の新しい傾向として、夜の情景を表す時に場内を暗くする方法を取っている。時には映画館より暗くなることもある。そうした演出を自由に許している時代に、映画館だけ男女別席にするのは矛盾していないか、というのが今回の方針変更の理由だ。

 男女が同じ場に集まる機会が増えた時代に、旧習にとらわれて不公平な取り締まりをするのは、あまりにも野暮である。そこで警視庁が全国に先がけて方針を打ち出した。男女が自由に席を選べる代わりに、映画館内はできるだけ照明を明るくして、問題が起こらないようにしたいという。

「取り締まりは時代遅れ」

 △△□□・警視庁××課長の話 各種の調査結果で、男女別席をやめようということになっている。カップルが悪いことをしようと思えば、映画館でなければいけない理由はない。男性席はいっぱいなのに、空いている女性席に座ることができないのは、客の立場からすると馬鹿げたことだ。興行者側にも都合が悪い。こうした理由から、時代遅れな取り締まりをやめようと考えた。

(森本類)

当時の記事について

原文どおりに表記することを原則としますが、読みやすさの観点から

  • 漢字の旧字体は新字体に
  • 句点(。)を補った方がよいと思われる部分には1字分のスペース
  • 当時大文字の「ゃ」「ゅ」「っ」等の拗音(ようおん)、促音は小文字に

等の手を加えています。ご了承ください