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昔の新聞点検隊

千鳥足ダンス? いえフラダンス!

松本 理恵子

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【当時の記事】

ハンテンとフラフラダンス
門外不出の妙技! 藤田画伯夫人の隠し芸

▽…妙なハンテンを着てゐる男性は、その断髪で知られる通りツグヂ・フヂタ画伯、その傍で踊る人はハワイの美人?……と思ったら大違ひ、これぞ藤田画伯の新夫人マデレンさんなのである

▽…去年の十一月十七日、新夫人を伴って忽然帰朝した画伯は淀橋戸塚町の令姉宅に滞在して近く催す展覧会の準備に忙しいが、マデレン夫人は、時々思ひだしたやうに写真のやうな格好をして踊ってゐる……

▽…といってもこの踊は人に見せるのではない、夫人は生れつき音楽と舞踊が非常に好きで、二三度見聞きするとすぐに覚え込んでしまひ、今度の旅行中にもハワイのフラフラダンスを苦もなく習って来たので、忘れぬやうに時々ひとりで練習するのださうで、いはゆる門外不出の舞踊である

▽…然しレコードに合せて踊るその手ぶり、腰ぶりは、達者なもので正に本職はだし、ふくよかな胸を包んだ赤い布も腰みのも、総て本場のタヒチの土人が使用するものださうで『私の分も持ってゐますよ』と嗣治画伯も一緒になって、腰を振り振り説明してゐた

(1934〈昭和9〉年1月12日付 東京朝日朝刊5面)

拡大「全国きずなキャラバン」で東京を訪れ、華麗なダンスを披露するフラガールたち=5月21日午後、東京都渋谷区の新宿高島屋
【解説】

 東日本大震災、東京電力・福島第一原発事故からの復興を願って、福島県いわき市のレジャー施設「スパリゾートハワイアンズ」の「フラガール」たちが5月から、全国でフラダンスを披露して回りました。その熱演とハワイアンズ再開への道のりはドキュメンタリー映画「がんばっぺ フラガール!~フクシマに生きる。彼女たちのいま~」としてまとめられ、全国で上映中です。

 フラダンスは手や腰をくねらせて踊るハワイの民族舞踊。45年前、常磐炭鉱の閉山で衰退しそうな町を活気づけるために常夏の夢の島ハワイをテーマにしたリゾート施設がオープン。その目玉のアトラクションがフラダンスでした。2006年にはオープンまでの奮闘の様子を描いた映画「フラガール」が公開され、ヒットしました。今ではハワイに旅行する人は多いですし、健康ブームにのってフラダンス教室も人気を集めています。

 

 今回紹介するのは日本で「フラダンス」がまだ珍しかったと思われる1934年の記事です。女性がダンスを踊っている様子が大きな写真付きで紹介されています。この女性は「藤田画伯の新夫人」。先にカタカナで「ツグヂ・フヂタ画伯」とありますが、最初に漢字で出てくる部分もフルネームで「藤田嗣治画伯」としてもらいましょう。最後の段落には「嗣治画伯」とありますね。

 

 藤田嗣治(1886-1968)は洗礼名のレオナール・フジタでも知られる画家。1920年代を中心にパリに集まった外国人美術家の一群、エコール・ド・パリの一員として有名です。「断髪で知られる」とある通り、髪をまっすぐに切りそろえたオカッパ頭がトレードマークでした。丸眼鏡や個性的な服装でも知られていたようで、そのせいで「妙なハンテンを着てゐる男性」などとちょっとひどいことが書いてあるのかもしれません。白黒の写真ではよくわかりませんが、このハンテンもあまりにも個性的で記者の目には「妙」に映ったのでしょう。写真ではオカッパ頭と丸眼鏡はばっちりわかりますね。楽しそうな2人の写真が目をひきます。

 藤田嗣治は、今では「つぐはる」と読まれるのが一般的で、ほとんどの辞書にも「つぐはる」で載っています。記事に「ツグヂ」とあるので不思議に思った方もいるのでは? でも当時の紙面では「つぐじ」と読みをふっているものがたくさんあり、このころは「つぐじ」で通っていたのかもしれません。

 

拡大「藤田画伯帰る」の記事では夫人の名は「マドレエヌ」=1933年11月16日付東京朝日夕刊2面
 夫人の名は「マデレンさん」。ですが、前年の1933年11月17日に藤田が夫人を伴って日本に帰国する際の記事では「マドレエヌ」、また別の記事では「マデレーヌ」とあり、表記が分かれています。記事が出るたびに名前が違っていては読者も混乱しますし、好ましくありません。過去の記事の表記とそろえるなり、夫人の名を今後は「マデレン」に統一するなり、ここは一度、夫人の名前の表記を出稿部に検討してもらう必要がありそうです。調べたところ、夫人はフランス生まれ。「マドレーヌさん」と書くのが一番しっくりきそうですね。

 帰国した藤田夫妻が滞在したのが「淀橋戸塚町の令姉宅」。現在の紙面では県庁所在地と政令指定都市以外の市町村は都道府県名から書くことを原則にしています。全国に配られる新聞ではその地域に詳しくない人にもどこの話かわかるようにする必要があるからです。「淀橋戸塚町」は「東京市淀橋区戸塚町」としてもらいましょう。今の高田馬場や早稲田(東京都新宿区)のあたりです。「令姉」は他人を敬ってその姉を呼ぶ言い方ですが、今の紙面では平易な表現を心がけているので、たんに「姉の家」でいいでしょう。

 そして、見出しにも大きくありますが、やっぱり気になるのが「フラフラダンス」。社会の出来事を軽妙に紹介する朝日新聞の長寿コラム「青鉛筆」風の記事なので、冗談で「フラフラ」と書いているのかなとも思いましたが、昔の紙面をみると「フラフラダンス」としているものがちらほら。ここは大まじめに「フラフラダンス」と言っているようです。

 ハワイ語では「フラ(hula)」だけで「踊り、ダンス」の意味なので、ダンス教室や専門家の間ではダンスをつけずに「フラ」のみで呼ぶことが多いといいます。だったら「フラ」が1回でも2回でもいいじゃないかと言われてしまうかもしれませんが、「フラフラダンス」では酔っぱらいがフラフラしているみたい……。つい想像して私は笑ってしまいました。腰をフリフリ、のイメージもあって「フラフラダンス」になったのかもしれませんね。いまは「フラダンス」で定着していると思うので、「フラ」を1回にしてはどうかとアピールします。

 

 夫人が踊る様子を表した記述にも気になる点があります。「腰ぶり」「ふくよかな胸」「腰みの」です。

 まず「ふくよかな」はいらないでしょう。男性のいやらしい視点で女性の体を見ているように感じられます。最初の段落の「ハワイの美人」とあわせて、女性を性的な興味の対象として見ていると思われてもおかしくありません。今の紙面では「美人」「イケメン」など、外見について必要以上に触れる表現はあまり使いません。人を見た目で判断することにつながると考えるからです。

 また「腰ぶり」や「腰みの」それ自体は変な表現ではありませんが、そばに注意を喚起するかのようなマーク。ここにも男性的視点の隠された意図を感じてしまう……のは考えすぎかもしれませんが、少なくとも強調するようなマークは不要でしょう。

 

 「本場のタヒチの土人」も今では使いません。「土人」はその土地で生まれ育った人、という意味ですが、未開地域の原始的な生活をしている住民を侮蔑的に呼ぶときにも使われます。ここでは「タヒチの人」で十分に意味は通じるでしょう。

 ところで、今まで「ハワイのフラダンス」と書いていたのに、ここで急に「タヒチ」が出てきました。太平洋のポリネシア海域の島であるハワイとタヒチのダンスは関係が深く、タヒチアンダンスはフラダンスの元になったとも言われるもの。「本場のタヒチ」でおかしくはないのですが、背景を知らない人は「フラダンスってハワイなの? タヒチなの?」と混乱してしまうかも。当時は今ほどフラダンスが一般的ではなかったのですからなおさらです。少し説明を補足したいところです。

(画像には主な直しだけ朱を書き入れています。現在の朝日新聞の表記基準で認めていない漢字の音訓や、当時は入れていなかった句点を入れる等については、原則として記入を省いています)

【現代風の記事にすると…】

フラダンスの練習に励むマドレーヌさん 帰国した画家・藤田氏の夫人

 ▽…個性的なデザインのハンテンを着ている男性は、そのオカッパ頭で知られる画家のツグハル・フジタさん。その傍で踊る人はハワイの女性?……と思ったら大違いで、藤田嗣治さんの新夫人マドレーヌさんなのである。

 ▽…去年の11月17日、夫人を伴って突然帰国した藤田さんは東京市淀橋区戸塚町の姉の家に滞在して、近く開く展覧会の準備に忙しいが、マドレーヌさんは時々思い出したように写真のような格好をして踊っている。

 ▽…といっても、この踊りは人に見せるのではない。マドレーヌさんは幼い頃から音楽と舞踊が大好きで、二、三度見聞きすればすぐに覚えることができる。今度の旅行でもハワイのフラダンスを苦もなく習ってきたので、忘れないように時々ひとりで練習しているそうだ。

 ▽…しかしレコードにあわせて踊るその手や腰の動きはまさにプロ級。赤い上着もモレ(腰みの)もすべて、ハワイと同じくポリネシア海域の島で、フラダンスとも関係が深い本場タヒチの人が使うものだそうで、「私の分も持っていますよ」と嗣治さんも一緒になって踊り、説明していた。

(松本理恵子)

当時の記事について

原文どおりに表記することを原則としますが、読みやすさの観点から

  • 漢字の旧字体は新字体に
  • 句点(。)を補った方がよいと思われる部分には1字分のスペース
  • 当時大文字の「ゃ」「ゅ」「っ」等の拗音(ようおん)、促音は小文字に

等の手を加えています。ご了承ください