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昔の新聞点検隊

警官のふり見てわがふり直せ?

森本 類

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【当時の記事】

古くからあった 警官の用語廃止
相手により使ひ分けた標準語
余りに時代遅れと

警視庁管下の警察官がこれまで一般公衆に対して用ゐてゐた用語例は八月一日から廃止することになり都下各署長に通牒を発した、この用語例といふのは

 明治三十一年六月警視庁第一部長(今の警務部長)から各署長に通達したものでその用語は
 

 
  第一用語標準   第二用語標準
あなた おまへ
何にですか 何にか
さうです さう
もしもし おいおい
いけません いけない
暫くおまちなさい 暫くまて
何某さん 何某

の標準を挙げ車夫、馬丁若くはこれに準当するもの又はそれ以下のものに対しては第二用語を

 それ以上の者には第一用語を標準として「出来得る限り懇切丁寧にするやう」と注意がある その後大正二年三月に用語標準に一部改正があった、それは第二用語標準中「おいおい」は徒らに人の感触を害し妥当を欠くといふので「もしもし」に改められた、この用語標準を見るとまるで小学校の生徒を教養する程度の標準で時代が移った今日から見ると如何に当時の警察官のレベルが低かったかが想像され滑けいの感があり、警察官の

 体面上からもかかる用語標準をそのままにして置くことは面白くないといふので廃止することになった訳だが

これに備ふるにはこの三日から新規拝命者は教習所を出てから六ケ月間を各署に配属勤務後更に一ケ月間教習所で教養し又古くから勤続してゐる巡査に対しては特にこの際十日間づつの教養をなすことになり

既に去る六月始めから麹町、堀留錦町の三署を臨時教習所として勤務上

 支障ない範囲で各署から二名乃至三名をだして教養してゐる、教官は専任警部七名と警視庁の課長、係長がその任に当ってりを

教習生の巡査中には六十になってからの手習そのままの者もあるが、教養の成績は案外良好で上官に対する用語もその階級によって四通り位は心得てゐるので、前記過渡期の用語標準を存置するまでの必要が認められないのでこの際廃止することになったのださうである

(1930〈昭和5〉年8月2日付 東京朝日 夕刊2面)

【解説】

 「おいおいおまえ、しばらく待て」――。突然おまわりさんにこんな風に言われたら、誰でも気分が良くないはず。しかし特定の職業の人に、こうしたことば遣いをするというマニュアルが存在していた時代がありました。今回は、「さすがに時代遅れ」とマニュアルが廃止されたことを伝える記事を取り上げます。

 

 記事によれば、「車夫、馬丁若(もし)くはこれに準当するもの又はそれ以下ものに対しては第二用語を それ以上の者には第一用語を」使うとされていたようです。以前の記事(7月5日公開「あさましい夢 いじけ切った希望?」)にも書きましたが、職業に収入などの違いはあっても、上や下はないはず。ただ歴史上、差別的な扱いを受けてきた職業があることも事実です。

 

 「車夫」や「馬丁(ばてい)」は、それぞれ「人力車をひく人」「馬の世話をする人、馬の口を取ってひく人」。なぜこうした職業が差別されたのか、校閲センターで議論したことがあります。「人の足に成り代わる」という仕事がいやしい職業とされたのが理由のようです。多種多様な職業がある現代では、こうした意識は薄れています。たとえば「車夫」は最近観光地などで復活していますが、今の車夫に対してこのような差別意識を持つ人はいないでしょう。校閲センター内では、「やりたい仕事がなかなか選べなかった時代と、数ある仕事の中から望んでその仕事をしている時代の違い。職業選択の自由の差では」という意見も出ました。

 

拡大(1)今年10月時点の大卒就職内定率は過去2番目に低い59.9%だった=11月19日付東京本社版朝刊3面
 こうしたことばとは別に、文脈や言い回しで差別的な表現になってしまうこともあります。「○○までして」「○○じゃあるまいし」といった書き方をされたら、どんな仕事の人でも気分を害するはずです。書き手に自覚がないケースも多く、「無意識の差別意識」が隠れていないか、校閲はよくよく目を光らせねばなりません。

 

 いつの時代でも、全員がやりたい職業に就けているわけではありません。仕事自体に就けない人も多くいます。今年10月1日時点の大卒の就職内定率は過去2番目に低い59.9%でした=記事1。特定の職業に対する偏見が昔より薄れる一方で、「正規/非正規」「常勤/非常勤」といった違いが現代では新しい差別意識を生む要因となっていることも意識する必要があります。

 

 記事に戻りましょう。気になったのは、「まるで小学校の生徒を教養する程度の標準」「如何(いか)に当時の警察官のレベルが低かったかが想像され滑けいの感があり」という部分。用語例は確かに批判されるべき内容ではありますが、いささか筆が滑っている印象です。事実関係を示せばいいことで、軽く見るようなことばを並べる必要はないでしょう。あまり書きすぎると、記事に説得力も生まれません。「なくても記事の趣旨は伝わるのでは」と提案してみることにしましょう。

 

 新聞では基本的に、「今月」にあたる日付は月を入れないことにしています。今回は8月2日付の記事ですから、「八月一日から廃止」の「八月」はいりません。逆に月を入れるのはどんな場合か。新聞は前日のニュースを伝えることが多いので、「○月1日」付の紙面には「30日」や「31日」がたくさん出てきます。それが今月なのか先月なのかわかりにくい時は、月を入れます。

 

 またやっかいなのが、この「今月」「先月」「来月」といったことば。たとえば11月30日につくる紙面で10月を指して「先月」を使ったとします。この新聞が読者のみなさんに届くのは12月1日。「先月」は11月を指しているように読めてしまいます。こうした表現はまぎらわしいので、なるべく日付を明らかにするか、「翌月」「前月」などを使うようにしています。日曜日から新しい週に入るので、土曜日に紙面をつくる(読者のみなさんには日曜日に届く)ときの「今週」「先週」「来週」にも、同様に注意を払います。

 

拡大(2)参院予算委員長があまりのヤジのひどさに苦言を呈した=9月29日付東京本社版朝刊4面
 警視庁の課長らが臨時教習所の教官をやっているという部分で、「その任に当ってりを」とあります。「当ってをり(当たっており)」とすべきところ、「を」と「り」をひっくり返してしまったのでしょう。活字の拾い間違いかもしれません。

 

 汚いことば遣いといえば、国会でのヤジが思い出されます。特に9月にあった野田佳彦首相の所信表明演説でのヤジはひどく、朝日新聞の声欄には「極めて不愉快」「見苦しい」「がっかりした」といった意見が多く寄せられました。参院予算委員会では、委員長がヤジのひどさに苦言を呈したことも=記事2。話す相手の違いはあれ、80年も前に「時代遅れ」とされた乱暴なことばの数々。議員のみなさんも昔新聞を読んで、勉強されてはいかが?

(画像には主な直しだけ朱を書き入れています。現在の朝日新聞の表記基準で認めていない漢字の音訓や、当時は入れていなかった句点を入れる等については、原則として記入を省いています)

【現代風の記事にすると…】

時代遅れの警官用語を廃止 相手により使い分け

 警視庁は1日、一般人への言葉遣いの用語例を廃止し、都内の署長に通知した。用語例は1898(明治31)年6月に警視庁第一部長(現・警務部長)が各署長に通達したもので、主な内容は次の表の通り。
 

  第1用語標準   第2用語標準
あなた おまえ
何ですか 何か
そうです そう
もしもし おいおい
いけません いけない
しばらくお待ちなさい しばらく待て
○○さん ○○

 車夫や馬丁といった職業の人には第2用語を使う。それ以外の人には第1用語を使い、「できる限り懇切丁寧に」との注意書きもついていた。

 1913(大正2)年3月に一部改正された。第2用語標準の「おいおい」は相手の感情を害し適切でないため、「もしもし」に改められた。今では標準を決めるまでもなく当然のことなので、廃止することになった。

 廃止に伴い3日から、1年目の警官は教習所を出て各署に配属された半年後、再び教習所で1カ月の研修を受けることになった。また勤続年数の長い巡査も、10日間の研修を受ける。すでに6月初めから、麹町、堀留、錦町の3署を臨時教習所として、各署2、3人が研修を受けている。専任の警部7人と警視庁の課長、係長が教官を務める。

 教習生の中には「六十の手習い」もいるが、成績は良好。上官への言葉遣いも、階級によって4通りは心得ているため、これまでの用語標準は必要性が認められず、廃止が決まった。

(森本類)

当時の記事について

原文どおりに表記することを原則としますが、読みやすさの観点から

  • 漢字の旧字体は新字体に
  • 句点(。)を補った方がよいと思われる部分には1字分のスペース
  • 当時大文字の「ゃ」「ゅ」「っ」等の拗音(ようおん)、促音は小文字に

等の手を加えています。ご了承ください