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昔の新聞点検隊

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【当時の記事】

消えず仕舞ひだが おったまげさす 珍らしや甲賀流の忍術公開

七日午後一時から帝国ホテル演芸場で甲賀流十四代の忍術士の公開があった、観衆のうちには忍術に縁の深いガマが好きの渡辺法相や、徳川公、有馬伯、杉本博士等等のお歴々から羽左、梅幸、猿之助など舞台で忍術を見せる連中などザッと三百名ばかり消えてなくなるのを楽しみに固づを飲む――

舞台では甲賀者の忍びの色を用ゐた羽織はかまの忍術者藤田西湖君(三三)がまづセオリーの講義の最中「忍術はよく印を結んで消えてなくなるといはれてゐるが冗談ぢゃありません、人間が消えてなくなってたまるもんですか?……」と「日本の忍術について」の題下に忍術史から説き起して、柔、剣、武道やさしく踊、奇術、舌の音楽と忍術者が心得べき百般の極意について一くさりあった後

いよいよ実験に移る

「まづ指や腕を逆にかうされた時には……」と指と手くびの関節を抜いてブラブラに下げて水車のやうにグニャグニャと振り回す、鼻で煙草をスパスパやって煙を出さず腹の中に消して見せ、終ひには見事なおヘソを持った大きな腹をだして胃袋の中にラグビーのボールを入れて上下にしごくやうに胃袋の運動を見せる

観衆の中の老人と娘さん、このままいよいよ消えでもするのではないかと双眼鏡(オペラ・グラスに否ず)を出て藤田氏を凝視してゐるうち実験は進んでテーブルの上に置いてあるコップをひっつかんでまるで氷砂糖でもかむやうにコリコリとうまさうな音を立てて断然食った、見てゐた若い女性達の中からはヒャーッとビックリして声をだす者もある

今度は忍者に必要な犬の鳴声三十五種、新聞紙を丸めて尺八にして六段や追分を吹いて見せたり、最後に八貫目の鉄片を上半身裸で舞台に大見得を切り「ウント、ウント……」で胸にたたきつけ「何でも『観念』である、さすれば何でも出来る」と忍術新哲理をはきだしてたうとう消えずに五時終り

(1931〈昭和6〉年11月8日付 東京朝日 朝刊11面)

【解説】

 ある日突然、不正などを明るみに出すことを「すっぱ抜く」と言います。記者のあいだでは、いわゆる特ダネを報じることを「抜く」と言い、「抜かれた」記者は急いで追っかけ取材をします。私たちが省略してしまうこの「すっぱ」、実は意外な意味があるのですが、ご存じでしょうか。

 正解は抜き足、差し足、忍び足……の、忍者です! 漢字では「素破」「透波」と書きます。日本国語大辞典の「素破抜(すっぱぬく)」の項には、「スッパ(忍者)が思いがけないところに立ち入るのにたとえていうか」と語源説が載っています。世界大百科事典によれば、忍者はほかにも「忍(しのび)」「かまり」「間諜」「乱波(らっぱ)」「隠密」などさまざまな呼ばれ方をしていたようです。

 今回は忍者の中でも有名な甲賀流が、その術をホテルで披露したという記事を取り上げます。写真の藤田西湖(せいこ)さんは、甲賀流14代の忍術家。東京日日新聞(いまの毎日新聞)の記者を続けながら忍術を研究し、「最後の忍者」と言われた人です。はたしてどんな術が飛び出すのか、想像するだけでワクワク……したのもつかの間、藤田さんは「人間が消えてなくなってたまるもんですか」。「消えずじまいだが」との見出しや、記事末尾の「とうとう消えずに」といったあたりからも、編集者や記者の落胆がうかがえます。

拡大5年後の1936年にも、藤田西湖さんが科学者らにした講義の内容が紹介されている=36年12月29日付東京朝日朝刊8面

 しかし冷静になって考えてみると、少し未練がましくはないでしょうか。藤田さんは消える術こそやりませんでしたが、関節をはずしたり、コップを食べたり、誰が見ても人並み外れたワザをいくつもやっています。「ヒャーッとビックリして声をだす者もある」など、観客の驚いた顔が浮かびます。「消えなかった」というところを見出しにとってスポットを当ててしまうと、期待はずれな部分があった印象が強く出てしまいます。記事末尾の表現とともに、別の表現にしたり削ったりしてはどうか提案してみましょう。

 しかし忍術と聞いて、思い浮かべるのは何もドロンと消える姿だけではないでしょう。手裏剣や変わり身の術を浮かべる人も少なくないはず。それとも当時の人は「忍者=消える術を使う」とのイメージを誰もが持っていたのでしょうか。だとしたら、それはそれで興味深いことです。

 ほかに直すところはないか、見ていきましょう。

 「固づを飲む」は今の紙面では「固唾(かたず)をのむ」と書きます。漢語の一部を仮名で書く「交ぜ書き」を避ける、常用漢字表にない字の「唾」を使わない(あるいはルビを振る)という原則からです。「唾(つば)」には単独で「つ」という読みもあるので「づ」でも良さそうですが、現代仮名遣いでは原則として「ぢ」「づ」は「じ」「ず」と表記することになっています。例外の一つは、二つの語の連合によって音が濁るものです。「鼻」と「血」で「はなぢ」、「手」と「綱」で「たづな」がこれに当たります。逆に二つの語に分解できないものは、「稲妻(いなずま)」のように「づ」になりません。「固唾」はこの仲間なんですね。「日本語ってムズカシイ!」と思わずうなってしまいます。

 「双眼鏡」の後ろにわざわざ「オペラ・グラスに否(あら)ず」と注釈がついているのはなぜでしょうか。広い意味ではオペラグラスも双眼鏡の一つですが、一般的には、接眼レンズが凸レンズになっているものを双眼鏡といい、オペラグラスは凹レンズという違いがあるようです。凹レンズはそのままで正立像が見えるのでシンプルですが、凸レンズは上下がさかさまになってしまうので、プリズムなどを使って正立に見えるようにしています。複雑な構造になる代わり、より遠くのものが見えます。

拡大伊賀市と甲賀市が連携し、忍者をモチーフにしたナンバープレートを作った。今年4月から原付きバイクに交付される=2012年2月1日付大阪本社版朝刊32面
 今回の忍術公開は観客約300人の会場ですから、おそらくオペラグラスで十分なのでしょう。本格的な双眼鏡を持っているお客さんがいることを記者は伝えたかったのかもしれませんが、双眼鏡とオペラグラスの違いを知らない読者にはその意図がわかりません。「本格的な双眼鏡」などとした方がわかりやすいのではないでしょうか。

 時代劇や小説にとどまらず、漫画やゲームなどいろいろなメディアに登場する忍者。実際にはどんな存在だったのでしょうか。

 起源ははっきりしませんが、特に活躍したのは戦国時代でした。かの徳川家康も忍者をうまく活用したといわれています。織田信長が明智光秀に討ちとられた「本能寺の変」では、家康も命をねらわれます。いまの滋賀県甲賀市から三重県伊賀市へ逃げるとき、家康を守ったのが「甲賀者」「伊賀者」と呼ばれる忍者でした。その後も秘密組織として重宝され、徳川政権の確立に貢献したといわれます。

拡大プロ野球・広島の赤松選手は外野フェンスを駆け上がってホームラン性の当たりを好捕=2010年8月5日付東京本社版朝刊15面
 忍者は、密偵や暗殺が主な役割でした。気づかれてはいけませんから、あやしまれない職業(虚無僧、商人、猿楽師など)に変装したり、水中や木の上に隠れたり。万が一見つかったときは、火薬を使って煙幕をはる「煙遁(えんとん)の術」や、まきびしをばらまく「ひしまき退(の)きの術」で逃げたそうです。手裏剣や苦無(くない)に限らず、鉄砲など火器の扱いにも慣れていました。動植物の知識が豊富で、薬草や毒薬、栄養を補給する丸薬をつくるなど、科学者としての顔も持っていたといいます。これだけ多彩な能力を持っていたのなら、家康が重宝したのもうなずけますね。

 現代では、スポーツの世界にも「忍者」が存在します。プロ野球広島の赤松真人選手は、2010年8月の横浜戦(マツダスタジアム)で、1.8メートルのフェンスを駆け上がってホームラン性の打球を背面キャッチ。海外では「スパイダーマンキャッチ」とも評されました。サッカー日本代表の背番号10番が定着してきた香川真司選手は、その素早い身のこなしで突如ペナルティーエリアに現れる姿が「忍者のよう」と言われます。所属する独1部リーグ・ドルトムントでは、今季も首位争いの原動力となっています。

 ロンドン五輪開幕まで、半年を切りました。たくさんの忍者や「くの一(女性の忍者)」が、世界をアッと驚かせる姿を今から心待ちにしています。

(画像には主な直しだけ朱を書き入れています。現在の朝日新聞の表記基準で認めていない漢字の音訓や、当時は入れていなかった句点を入れる等については、原則として記入を省いています)

【現代風の記事にすると…】

甲賀流の忍術公開 観客から驚きの声

 帝国ホテル演芸場で7日午後1時、甲賀流14代による忍術の公開があった。忍術と縁の深いガマが好きな渡辺千冬司法相や、貴族院の徳川家達議員、有馬頼寧議員、杉本博士のほか、舞台で忍術を見せる市村羽左衛門さん、尾上梅幸さん、市川猿之助さんら約300人が姿を消す術を期待し、かたずをのんで見守った。

 舞台ではまず、甲賀者の忍びの色を使った羽織はかまの藤田西湖さん(33)が「日本の忍術について」と題した講義をした。「忍術というと、よく印を結んで姿を消すといわれますが、冗談じゃありません。人間が消えてなくなってたまるもんですか」。忍術史から柔術、剣術などの武道や踊り、奇術、舌で音を出すなどの忍術者が心得るべきあらゆる極意についてひとしきり話した後、いよいよ実演に移る。

 「まず指や腕を逆にこうされた時には……」。指と手首の関節を外してブラブラと下げ、水車のようにグニャグニャと振り回す。鼻でたばこをスパスパと吸って煙を出さずに腹の中に消してみせる。最後には見事なおヘソを持った大きな腹を出して、まるでラグビーボールを入れて上下にしごくように胃袋の運動を見せる。

 観衆の中の老人や女性が、このままいよいよ消えでもするのではないかと本格的な双眼鏡を出して藤田さんを凝視しているうちにも、実演は進む。テーブルの上に置いてあるコップをつかんで、まるで氷砂糖でもかむようにコリコリとおいしそうな音を立てて食べた。「ヒャーッ」と驚きの声をあげる女性もいた。

 さらに犬の鳴き声を35種やったり、新聞紙を丸めた尺八で六段や追分節を吹いてみせたり。最後に上半身裸で舞台に大見得を切り、「ウント、ウント……」と言って30キロの鉄片を胸にたたきつけた。「何でも『観念』である。さすれば何でも出来る」と忍術の心得を披露し、午後5時に終了した。

(森本類)

当時の記事について

原文どおりに表記することを原則としますが、読みやすさの観点から

  • 漢字の旧字体は新字体に
  • 句点(。)を補った方がよいと思われる部分には1字分のスペース
  • 当時大文字の「ゃ」「ゅ」「っ」等の拗音(ようおん)、促音は小文字に

等の手を加えています。ご了承ください